ブロックチェーンを、製品の製造・物流・流通といったプロセスに応用することで、製品の価値を今まで以上に引き出せる可能性がある。サプライチェーンの専門家であるEYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社の梶浦英亮氏は、製品の持つストーリーや正しい食べ方の情報をブロックチェーンで生活者に届けることで、製品の価値をさらに高めることができるという。ブロックチェーンの応用範囲はどこまで拡がっていくのか。株式会社インフォバーンCVOの小林弘人が聞いた。
梶浦 英亮
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社 パートナー
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(EAYCC)パートナー テクノロジー担当。大阪大学・大学院卒。東京および上海に拠点を持つ複数のコンサルティングファームで業務とテクノロジーのコンサルティングを数多く経験する。現在はブロックチェーンをはじめとした先端テクノロジーを活用した、企業間連携についての様々なプロジェクトを手掛ける。
小林 弘人
インフォバーン株式会社 代表取締役CVO
『WIRED』日本語版、『GIZMODO JAPAN』など、紙とウェブの両分野で多くの媒体を創刊。1998年に株式会社インフォバーンを創立。企業メディアの立ち上げから運営とコンテンツ・マーケティング、オープン・イノベーションを支援。『BUSINESS INSIDER JAPAN』発行人、ビジネス・ブレークスルー大学・大学院教授、ベルリンのテクノロジーカンファレンスTOAの日本パートナーを務める。
ブロックチェーンでものづくりのストーリーを伝える
小林 EYが取り組まれているワインブロックチェーンでは、生産から流通までの工程をしっかりと管理していることが証明できれば、値段が高くても買う人が多いということがわかりました。つまり流通にも新しい価値が生まれるということですね。
梶浦 はい、そうです。私は以前、北海道で農作物関連のサプライチェーンのコンサルティングをしていました。そのときに実感したのですが、よりよい品質の作物を作るために、生産者の方は本当に、手間を厭わず管理や作業を行っている。
しかし、その品質はそのあとの物流、流通の工程がうまく管理できないと、せっかくの品質が損なわれてしまう。消費者の手にわたるまでをしっかり管理することが大切で、その過程に大きな価値があると思います。
小林 食品は流通もそうですが、調理の仕方や食べ方によっても大きく味が変わりますね。
梶浦 2013年にユネスコの無形文化遺産に和食が登録されましたが、その登録内容は食材ではなく食文化全体が対象となっています。食材を活かす調理技術や調理道具を含めて正しい価値を海外に伝えていかないといけない。
特に日本食は素材のおいしさを生かしたものですから、調理次第で大きく味が変わってしまいます。だからこそ、正しい調理の仕方や食べ方を伝えていかなければいけません。海外でちょっと変わった和食に出会った方も多いでしょう。正しくておいしい食べ方を伝える。そのプラットフォームとして、ブロックチェーンには可能性があると思います。
小林 生産から調理、食べ方までの食品の持つストーリー・テリングですね。以前、インドネシアの島で放し飼いの鶏の卵料理が出てきて、ものすごくおいしかった。「小屋で飼育されたものとこんなに違うのか!」と思いました。そういったストーリー、生産からの経緯がわかると実感できる価値が全然違います。
梶浦 そうですね。ものづくりにはストーリーがあって、そのストーリーを聞くと「なるほど」と思い、印象に残る。特に輸出を考えるときには、商品だけでなくその価値をストーリーとともに伝えていくことが大切です。
「おいしい食べ方」を伝えるプラットフォームとして
小林 日本からの輸出では、日本酒や高級な果物などいろいろなものに応用できそうです。
梶浦 生産者に「日本酒や果物を、どうして海外で販売しないんですか」と聞くと、おいしい状態で食べてもらえるか心配で輸出をためらっているという答えが返ってきます。
高級フルーツや高原野菜などは、物流網が整備されているので、台湾や香港までなら翌日に鮮度を保ったまま輸送ができる。日本のおいしいものを輸出できるプラットフォームは整備されているのに、それがあまり進んでいない理由の1つが、おいしく消費されるかどうかがわからないというものです。
せっかくいいものを作っても、知らない国で違う食べ方をして「おいしくないじゃないか」という話をされる。それが、結果としてブランドの毀損につながることが心配みたいです。
小林 最後の食べ方の部分でダメだったら台無しですね。鮮度だけではなく食べ方の情報も必要です。
梶浦 ブロックチェーンなら、おいしい食べ方の情報まで伝えることができます。私は生産者と消費者をつなぐ、農業、食品加工業、物流のコンサルティングを長らくやってきました。グローバルで見ると食品のトレーサビリティー向上のためのブロックチェーンの取り組みはPOC(概念実証)から商用化の段階まできていますが、日本では進んでいません。
POC(Proof Of Concept 概念実証)
POCとは、新しい概念や理論、原理などが実現可能であることを示すための簡易な試行。一通り全体を作り上げる試作(プロトタイプ)の前段階で、要となる新しいアイデアなどの実現可能性のみを示すために行われる、不完全あるいは部分的なデモンストレーションなどを意味する。
梶浦 やはりブロックチェーンでは業界ごとにフォーマット、約束事が必要になってきます。これがなかなかまとまらない。みんな、「誰かが作ってくれれば使いますよ」というがなかなか作らない。産みの苦しみですね。
小林 プラットフォームを作れば大きなビジネスになりそうです。EYで開発しないのですか。
梶浦 私たちはコンサルティング会社なので事業主体にはなりません。あくまでそれをやる企業を支援するという立場です。関心を持っている企業は多いのですが。
小林 エグゼクティブ層がブロックチェーンをどの程度理解しているかにもよりますね。
梶浦 「ブロックチェーンにそういう使い方があるとは思わなかった」という反応も多いです。もっといろんな可能性を知っていただきたいですね。
ブロックチェーンは食品ロスの削減にも有効?
小林 ブロックチェーンを生産や流通の現場に応用するにあたって、コストの問題はありますか。
梶浦 コストはかかります。日本において様々なビジネスケースを試算していますが、1本1000円のワインに適用するのはなかなか難しい。ただ、決して高級食品だけのものではありません。欧州では10ユーロ程度(約1300円)のワインにもブロックチェーンが使われています。日々食べている、お米、牛乳といった食品が安心安全になるような社会的な基盤作りにブロックチェーンは応用できると思います。
コストという点でいうと、食品ロスの問題にも有効だと考えています。流通工程をうまくコントロールしていくことで食品ロスが減らせるのではないか。ロスを少なくしていくことと品質をよくすることは別ではありません。正しい量を正しい方法で管理していくこと。そういう面でもブロックチェーンは活用できると思います。食品のトレーサビリティーの向上にはぜひ取り組みたいです。
小林 食品以外の分野での応用についてはいかがですか。
梶浦 保険の分野では進んでいます。例えば、貿易保険です。貿易は商社、物流会社、保険会社、購入者など多くのプレーヤーが絡んできます。その間で、これまでは紙ベースで情報をやり取りしていました。「この荷物は今どうなっていますか」ということを個別に電話で聞いていたのです。
現在、EYがコンソーシアムに参加し、海運会社、保険料率を決める会社などと一緒になって貿易保険をブロックチェーン上で運用しています。ブロックチェーンの特徴である分散台帳を使って貿易情報を共通化して、スマートコントラクトで代金の決済を自動化するのです。
スマートコントラクト
支払いや契約のスムーズな検証、執行、実行、交渉を意図したコンピュータプロトコル。スマートコントラクトには第三者を介さずに信用が担保されたトランザクションを処理できるという特徴がある。ブロックチェーンおよび暗号通貨の主要な用途の1つでもある。
小林 著作権に関する分野でも応用が進んでいると聞きます。
梶浦 デジタルコンテンツの著作権管理が複雑になってきているので、著作権情報をデータベースで管理しましょう、支払い情報をスマートコントラクトで管理しましょうという取り組みはいろいろなところで始まっています。
また、ブロックチェーンのコンセプトを生かすという点ではシェアエコノミーでの活用があります。例えば、車に投資して、その車を誰かが使ってくれれば収益が得られます。誰かと1台の車に6対4の割合で出資するとか、0.75台の車に出資するとかも簡単にできる。
ある人はドライバーとして参加するかもしれません。労働力として参加してもいいし、お金で投資してもいいし、車という資産で参加してもいい。
小林 その管理もブロックチェーンを使えば簡単にできますね。
ブロックチェーンは価値を伝える手段
梶浦 将来的には世の中の全ての価値をブロックチェーン上に乗せて交換していきましょうということが議論されています。技術的には本当におもしろい。それをうまく発展させて行きたいという気持ちはあります。
小林 物流や小売(流通)など、生産以外の現場でもストーリーを付加価値として、活性化するかもしれませんね。
梶浦 生産、物流、小売、それぞれの現場が非常に大きな価値を持っています。それを消費者、市場に伝えないといけません。せっかく価値を持っているのですから。ではどうやって伝えるかという問いに対する1つの答えがブロックチェーンだったのです。
梶浦 コンサルタントの仕事を通して、日本の生産や物流、小売現場の方が日々行っている努力の結果である価値が、市場や消費者にうまく伝わっていないという問題意識は常々持っていました。ブロックチェーンですべて解決できるわけではありませんが、必要な情報は伝えられる。
ブロックチェーンを通してサプライチェーンの情報を正しく伝えるだけで、新しい価値を付け加えられるのではないか、と思います。それが、サプライチェーンに関わる事業者それぞれの価値の向上にも繋がるのではないでしょうか。