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電力に頼らず、最長120時間一定の温度を保つ温度記憶保冷剤「アイスバッテリー」。この画期的な製品を開発し、低温物流に革命を起こそうとしているのが、アイ・ティー・イー株式会社CEO/代表取締役パンカジ・クマール・ガルグ氏だ。インドに生まれ、エンジニアとして来日、以降30年にわたって日本企業に身を置いてきた起業家の目に、現在の日本が抱える諸問題はどう映っているのか。ガルグ氏の経営ビジョンを伺った。

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パンカジ・クマール・ガルグ氏

アイ・ティー・イー株式会社/アイスバッテリー株式会社 CEO 代表取締役社長

インド出身。インド国立大学でコンピュータサイエンスを専攻。1988年に来日、神戸製鋼、安川電機、シーラスロジックでエンジニアとして勤務した後、1999年にインテル入社。グローバル戦略部長として、統合チップセットグラフィック製品の市場シェア80%を達成する。2007年、NASAから独立したVIASPACE取締役に。同年、アイ・ティー・イー社設立。2008年、アメリカ・フォックスビジネススクールにてMBA取得。2014年、アイスバッテリー社設立。

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※「アイスバッテリー」の低温物流ソリューションについてはこちらの記事を参照

起業のきっかけは半導体業界の頂点で感じた罪悪感

――来日されたのは大学卒業後の1988年ですね。なぜ日本を選ばれたのでしょう。

ガルグ:私はインドでコンピュータサイエンス、具体的にはAIとロボティクスを学びました。多くのインド人がアメリカを目指す中、私が日本に渡ったのは、当時の日本がロボティクスの最先端技術を持っていたからです。

同時に、数々の論文から、日本がアイデアを形にする力のある国だということもわかっていました。ものをつくる才能を自覚していた私にとって、「ものづくりの国」としての日本も魅力的だったのです。

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パンカジ・クマール・ガルグ氏
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アイ・ティー・イー株式会社/アイスバッテリー株式会社 CEO 代表取締役社長 パンカジ・クマール・ガルグ氏
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――株式会社神戸製鋼でエンジニアとして勤務した後、いくつかの会社に籍を置き、2007年に起業されていますね。起業のきっかけは何だったのでしょうか。

ガルグ:起業の考えはインドにいた頃から持っていました。もともと経営者の多い家系で育った影響もあるかもしれません。起業にあたっては利益の追求だけを目的にするのはやめようと考えていました。

当時、世界のパソコン業界の頂点にいたインテルのグローバル戦略部長として製品の世界的シェア拡大を担っていた私は、アジアの市場を見たときに罪悪感を抱いていました。アジアには、ワクチンや食料など人が生きていく上で必要なものでさえ満足に届かない場所がある。そこにパソコンを売ることが正しいことなのか、と。

人生は一度きり。すべきことは他にあると考え、「環境」「地域社会」「次世代」をキーワードに、アイスバッテリーという温度記憶保冷剤を開発し、低温物流を担う会社を立ち上げました。

――当時、物流業界に関する知識はあったのでしょうか。

ガルグ:起業時点でアイスバッテリーの基本技術は確立していましたが、物流に関する知識はゼロでした。デジタルの世界からアナログの世界へといってもいい大転換です。それ以前に、外国人である私にとって、日本のビジネス社会での言葉や文化の壁も小さくはありませんでした。

こうした中で見えたのが、日本の物流、特に低温物流のシステムの遅れです。100年前の技術であるドライアイスが今も使われ、膨大な電力を使う高価な冷蔵車や冷凍車が走り、CO2を排出し、石油に頼っている。この業界には変化が必要だと痛感しました。

日本の産業のボトルネックは非効率な物流にある

――日本の物流はどう変わるべきだとお考えですか?

ガルグ:現在の日本にとって最大の問題は人口です。人口減少に歯止めがかかっていない。この問題の根底に農業不振があります。そのために地方の人口が減り、都会にばかり人が集まる。土地の狭いところに人が集中し、土地のあるところから人が減るという、アンバランスな状態です。

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日本の課題
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ガルグ社長が考える日本の課題。人口と土地のアンバランスがさまざまな不具合を生んでいる(出典:アイスバッテリー株式会社の資料を元にGEMBA編集部にて作成)
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ガルグ:この状況をつくっている原因のひとつが物流です。現在、農作物の物流コストは農産物そのものの値段より高い。これでは地方の農家が東京に農産物を届けることはできません。まして海外になど運べません。TTP交渉が進まない原因も物流でしょう。他国の安い冷凍食品が大量に輸入されれば日本の未来はありません。

医薬品も同様です。 いくらいいワクチンを開発したところで、必要なところに届けられなければ意味はありません。日本の未来を変えるカギを握っているのが輸送手段の転換、モーダルシフトです。

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パンカジ・クマール・ガルグ氏
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――日本のモーダルシフトとは具体的にどのようなことでしょう。

ガルグ:最も重要なことは、低温物流の主流を、現在のトラックから鉄道と船にシフトすること。日本の鉄道網は各地に張り巡らされています。人間の身体でいえば血管が体中に行き渡っている状態といっていい。

ところが現在、ほとんどの低温物流を担うのは、冷蔵車や冷凍車のトラックです。鉄道が使われているケースはほとんどありません。こんなに素晴らしいインフラがあるのになぜ使わないのでしょう。

村や町から集積地までの短距離はトラックが運び、地方の集積地から東京など都市部への長距離輸送を船や鉄道が担えば、必要な人手は100人から3人程度に減り、全体の8割の荷物が船と鉄道に振り替えられます。

現在1日100万台のトラックが全国を走っていますが、モーダルシフトによってドライバー不足の問題も解消し、道路の渋滞や交通事故も減るでしょう。

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日本の課題と解決法 by JR貨物
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物流業界が抱える課題とその解決方法(出典:アイスバッテリー株式会社の資料を元にGEMBA編集部にて作成)
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ガルグ:日本は今、人間の体で考えれば、血流が止まって脳梗塞になっている状態。日本の各省庁は協力し合って、今すぐにでも手をつけるべきではないでしょうか。

日本ほど美味しい農作物を作る国はありません。かつての日本のように農業が再生すれば、地方に人が戻り、女性も安心して子供を産めるようになります。なぜ人口が増えないのかを真剣に考えれば、物流の問題に行き着くはずです。モーダルシフトはCO2の削減にもつながります。いずれ枯渇する石油のことを考えれば、脱炭素社会を目指すのは当然のことでしょう。

もう一度「ものづくりの国の自信」を日本に取り戻したい

――長年、日本を見てきて、日本のビジネス界全体に対して思うことはありますか?

ガルグ:新しいものを生み出すのは、日本人のDNAだと思います。これまで日本のメーカーは新しいものを世界に送り出してきました。少なくとも、私が来日した頃の日本は世界最高峰の技術を持ってものづくりに励んでいた。

残念なことに、現在の日本は変わってしまいました。日本人から自信が消えてしまったように思います。ソニーのラジオが世界で認められていた時代、すでに日本はグローバルでした。海外にも目を向け、成長をしてきたのです。

今はどうでしょう。日本には外国人に投資をする投資家がいません。環境問題に興味を持つ投資家もいません。そのことも危惧しています。

日本は戦後、素晴らしい復興を遂げ、経済大国となりました。私は長年日本に住み、日本の素晴らしさをよく理解しています。その日本に貢献したい。日本が元気になれば、アジアは発展し、世界は平和になる。そう思っています。

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パンカジ・クマール・ガルグ氏
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電力に頼らず、最長120時間一定の温度を保つ温度記憶保冷剤「アイスバッテリー」。この画期的な製品を開発し、低温物流に革命を起こそうとしているのが、アイ・ティー・イー株式会社CEO/代表取締役パンカジ・クマール・ガルグ氏だ。インドに生まれ、エンジニアとして来日、以降30年にわたって日本企業に身を置いてきた起業家の目に、現在の日本が抱える諸問題はどう映っているのか。ガルグ氏の経営ビジョンを伺った。
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物流のモーダルシフトで「ものづくりの国」の自信を取り戻す——インド人社長 パンカジ・クマール・ガルグ
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物流のモーダルシフトで「ものづくりの国」の自信を取り戻す——インド人社長 パンカジ・クマール・ガルグ
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取材・文:佐藤淳子、写真:井上秀兵