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製造業に必要なのは「技術力」と「見積力」――東京都八王子市の精密機械部品の加工メーカー月井精密の代表取締役 名取磨一氏は、そう言い切る。20代を中心としたわずか15人の従業員が活躍する同社は、工場のデジタル化を徹底することで、熟練工がいなくても高難度の精密加工を可能にした。とりわけ、航空衛星、自動車、医療、光学計測機器をはじめとした多品種少量生産の部品加工で収益を上げている。彼らが業務改善を繰り返して辿り着いたのは、見積り業務の効率化だった。業界に“発想の転換”をもたらす、自社開発のSNS型見積りサービス「Terminal(ターミナル)Q 」の真価とは。

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熟練工の技術をデジタルの力で汎用化

――お祖父様が創業した会社を20歳という若さで引き継いだそうですね。そこから、どんな努力や工夫で事業を発展させてきたのですか。

名取: 私は都立高校を卒業後、熟練工である祖父から技術を学びたいと思い、18歳で祖父が経営する月井精密に入社しました。ところが、その2年後の2004年、祖父が脳梗塞で倒れ、それを機に事業を継ぐことになりました。

当時、工場も事務所もすべてがアナログでした。工作機械は汎用の手動式だし、電話は黒電話。ファクスも感熱紙。メールすらない。職人になるには、こつこつと10年修行して、ようやく1人前という世界でした。

これではいつまでたっても事業を拡大できない。それにこれからの時代、そのようなやり方に若い人たちがついてきてくれるとも思えませんでした。

そこで、自分と同じような若い人たちに、ものづくりにチャレンジしてもらうためにはどうすればいいかを考え抜き、出した結論が工場のデジタル化でした。ボタン1つですべてができるように、工場の自動化を目指したのです。

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名取磨一氏
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月井精密株式会社 代表取締役 名取磨一氏
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――具体的に、どんな改革に着手したのですか?

名取:まずは、コンピュータなどによる数値制御で自動運転する「NC工作機械」※1の導入を進めました。これならば、手動のハンドル操作を必要とする汎用工作機械と異なり、作業者の技量にかかわらず、誰が使っても同じような加工ができます。

また、NC工作機械の加工プログラムを自動作成してくれる「CAD」や「CAM」などのソフトも導入しました。すべての工程をデジタル化し、そこにデータとしてノウハウを蓄積していきました。

いま月井精密に熟練者は1人もいません。現場で活躍するのは20代が中心で、最年長の工場長でも34歳。従業員のほぼ半数が女性です。そのメンバーで加工から検査、出荷までのすべてを滞りなく行っています。

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月井精密の工場で従業員が働く様子
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工場で働くメンバーは20代が中心で男女比はほぼ1対1
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【用語解説】
NC工作機械

金属加工などをコンピュータによる数値制御で自動化する機械。あらかじめ設定した数値を基に高精度で切り込みなどの加工位置を制御できる。

CAD
製品の設計や作図をコンピュータ上で行うソフト。

CAM
CADで設計・製図した図面を基に、工作機械をどのように動かすかを決めるプログラムを作成するシステム。出力されたプログラムは、工作機械に送られて実際に加工が行われる。

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技術力を活かし「多品種少量・難加工」に注力

――多くの日本の部品メーカーは、安く大量生産する海外メーカーとの価格競争にさらされ、大打撃を受けました。この流れにどう対抗したのですか。

名取:むしろ安価に大量生産ができるような技術的に簡単な部品加工には、手を付けないようにしてきました。事業を継いでからは、海外に生産移管できないような特殊なもの、つまり「多品種少量・難加工の製品」に力を入れ、価格競争に巻き込まれないようにしています。

日本の製造業が生き残っていくためには、技術的に高度な特殊製品をつくる方向に向かうべきだと考えています。これまでは工場に一般的な工作機械があればビジネスになりましたが、そうした分野はアジアなどの海外勢が圧倒的に安く請け負っており、競争するのは現実的ではありません。

そのため、これからは特殊な機械を持っていないと生き残れない時代が訪れるでしょう。そうなれば、マーケティングベースで戦略的に設備投資を考える必要がある。その代わり、製造する商品・技術の希少性が高まり、単価も高くなっていくはずです。

弊社でも多品種少量・難加工に特化したことで仕事の幅が広がり、「H-2Aロケット」や「はやぶさ2」など宇宙関連の部品や、電気自動車(EV)や自動運転関連など自動車関連の部品、内視鏡レンズなど医療関係の部品の受注を多くいただけるようになりました。

もともと祖父の代から電子顕微鏡関連を得意としてきましたが、いまでは新製品などの試作用部品を中心に、難易度の高い技術が求められる開発がらみの仕事がほとんどを占めています。

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月井精密がこれまで製造してきた部品
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月井精密がこれまで製造してきた部品の数々。「H-2Aロケット」や「はやぶさ2」の部品など、同社でしか製造できない難加工の製品ばかり
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多品種少量・難加工の製品は、ミクロン(1000分の1ミリ)単位の非常に高い精度が求められます。たとえば、はやぶさ2に搭載された通信機器用ケースは、軽量化のために極限まで薄く削らなくてはならず、金属を歪ませないように加工する高度な技術が必要でした。そこに弊社の積み上げてきたノウハウがあります。

ただ、その加工に熟練工の技術が必須かというと、そうとは限りません。コンピュータ制御の高性能なNC工作機械や、CAD・CAMなどのソフトに加え、機械精度を引き出すための環境管理、さらにその製品を作るための特別な機械工具があれば、熟練者でなくても加工できます。環境管理とは、工場の温度や湿度、振動などを制御することで、加工の精度を上げるためのかなり重要な要素です。

また、工作機械に取り付ける工具は、すべてが弊社のノウハウに基づいた特注品で、これが複雑な加工を可能にします。そしてなによりも、弊社には完成するまで試行錯誤を続けるチャレンジ精神があります。難加工を要する多品種少量生産でも、デジタル技術をうまく駆使すれば、高い技術を実現しつつ採算もとれるのです。

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製品加工の様子
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製品加工の様子。工作機械に取り付けられる工具や治具などはすべて特注品
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見積り作業のデジタル化で利益を見える化

――多品種少量・難加工の製品で採算をとるために、事務所の仕事にもデジタル技術を導入したそうですね。

名取:SNS型見積りサービス「Terminal Q」は、事業のデジタル化の一環として開発しました。工場のデジタル化が落ち着いてくると、今度は事務所のアナログさが気になり始めたのです。特に見積り業務のデジタル化は急務だと感じました。

というのも、見積りを作るためには、一連の工程のなかで材料業者や工具業者、メッキ業者などいろいろな社外業者に見積り依頼をし、外注費として合算しなければなりません。これを手計算でやるととにかく手間がかかる。

さらに、製造業の見積りの場合、発注元から送られてきた図面を見て、必要な工程を考えた上で、それぞれの加工にかかる時間単価と作業時間を割り出さなくては値決めができません。この作業は、多くの経験を積んだベテランでないと対応できないのです。

弊社でも見積り作業は、私を含めて2人で当たっていましたが、工場のデジタル化が軌道に乗り、せっかく受注体制が整っても、見積り作業に手間がかかり、仕事の受注につなげることができませんでした。10倍の仕事を受けようと思っても、見積り作業がパンクしてしまう。

ボトルネックは、事務作業にあることに気が付いたのです。そこで、誰でも簡単に見積りが作成できる仕組みをつくろうと考えたわけです。

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名取社長
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製造業の見積り算出は人間の経験に頼ることが多く、属人化しやすい業務だったと語る名取氏
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業界ではよく、見積り算出は「KKD」、つまり「勘(K)」と「経験(K)」と「度胸(D)」だと言われています(笑)。しかし、製造業の場合、利益率が10%に満たない製品がほとんど。そこで見積りの算出を誤れば、あっという間に赤字です。1万円の仕事で500円でも見通しを誤れば、大きな痛手となってしまう。

製造現場では0.1%の利益を追求するために、多くの会社が日々改善を重ねていますが、いい加減な見積りで何パーセントもの誤差を出したら、その努力は1発で吹っ飛びます。製造業にとって「技術力」と「見積力」は両天秤なのです。

そんな大事な見積り算出を個人の勘や経験、度胸に任せるのではなく、明確な根拠に基づいた数値制御で作成できるツールが必要だと思いました。そして、青山学院大学の長谷川大助教の協力のもと、7年間の開発期間を経てTerminal Qを独自開発しました。

自社開発の見積りサービスでノウハウ蓄積&技術伝承

――具体的には、どんな機能を持ったツールなのですか。

名取:Terminal Qは、発注元からの見積り依頼に添付される図面の情報などを項目別に入力していくことで、自動で計算価格を割り出し、見積り額が算定されるソフトウェアで、自社工程の見積りに加え、スムーズに社外発注ができる機能もついています。受失注分析や工数(作業量)分析などの経営分析、さらには見積り履歴や図面が残るのでデータベースとしても使えます。

前述のように、自社工程の見積りは、どんな工程が必要なのかを考え、時間単価と作業時間とを掛け合わせることで算出されていました。従来、ベテランが経験に基づいて頭の中で行っていたそのノウハウをデータ化し、誰でも簡単に見積り算出できるようにしたのがこのソフトです。

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Terminal Qの使用画面
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Terminal Qの使用画面
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名取:マシニング(削る加工)や旋盤などの作業の順序、研磨機をいつ使うのかなど、難しい工程の組み立て手順もパッケージ化してデータ蓄積できるので、若い世代への技術伝承にも役立ちます。日本の製造業の最大の強みはこれまで培ってきたノウハウのはず。工程のデータ蓄積はTerminal Qの大きな価値の1つだといえます。

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Terminal Qのメリット
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根拠のある見積りを作成し自社の収益を見える化。さらにパートナーとつながるSNS機能や図面や見積りのデータベース化も実現
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名取:また、Terminal Qはソーシャルネットワーク(SNS)のような設計思想を持っています。つまり、部品製造にかかわるいろいろな企業がTerminal Qに登録することで、お互いにつながることができるのです。

たとえば、登録企業の中から外注先を検索してSNSでメッセージを送受信し、そのまま見積もり依頼ができます。さらに、過去の見積りデータがシステムに蓄積されるため、それぞれの企業の見積もり依頼の傾向など経営分析が容易で、新規顧客創出にも有益だと言えるでしょう。

Terminal Qは昨年春の正式リリースから、現在、会員数は中小製造企業を中心に約850社、海外にも広まってきました。このシステムの本質は、サービスを通じて業者同士がつながるフェイスブックのようなSNS型の見積りサービスなのです

Terminal Qで自社の強み活かす経営を実現

――実際にTerminal Qを導入すれば事業の効率化につながるのでしょうか。

名取:見積り作成の遅れは、受注機会の損失につながります。弊社では、見積り作成がスピーディーになったことで、2割程度だった受注率が5~6割程度まで上がりました。もちろんその分、売上も伸びました。

私は、製造業の経営にとって重要なのは、時間単価の設定を適切にできるかどうかだと考えています。時間単価は「感覚」ではなく、数値としてちゃんと管理する。日本の製造業の今後のためにも、この時間単価の見直しが必要です。

ドイツやフランスなど欧米の部品メーカーに比べて、日本は時間単価が低すぎます。いくら工場がフル稼働していても、時間単価が低くては十分な利益が上がりません。

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Terminal Qについて、白板に図を描きながら説明する名取氏
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名取:これまでの“どんぶり勘定”ではなく、Terminal Qのように合理的な見積り算出であれば、発注者との価格交渉もしやすくなるのではないでしょうか。そして、各工程の見積りを数値化することで、それぞれの会社が自社の強み弱みを把握し、自社の弱い部分は外注する。そうして各社がそれぞれのポジションを見つけてすみ分ける。それが、Terminal Qの目指す製造業の未来です。

――Terminal Qは、日本の中小製造業を変えていくかもしれませんね。

名取:いま、さらなる利便性向上のためにスマートフォンアプリの開発や、人工知能(AI)による見積りプロセスの自動化など、よりよいシステムになるよう改善を検討しています。Terminal Qとは「Quotation=見積り」の「Terminal=交差点・終着駅」という意味です。その名に恥じぬよう、多くの人に便利だと感じてもらえるソフトへと進化させていこうと思います。そして、私達のような中小企業がそれぞれの強みを活かせるように、業界全体を変えていきたいですね。

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製造業に必要なのは「技術力」と「見積力」――東京都八王子市の精密機械部品の加工メーカー月井精密の代表取締役 名取磨一氏は、そう言い切る。20代を中心としたわずか15人の従業員が活躍する同社は、工場のデジタル化を徹底することで、熟練工がいなくても高難度の精密加工を可能にした。とりわけ、航空衛星、自動車、医療、光学計測機器をはじめとした多品種少量生産の部品加工で収益を上げている。彼らが業務改善を繰り返して辿り着いたのは、見積り業務の効率化だった。業界に“発想の転換”をもたらす、自社開発のSNS型見積りサービス「Terminal(ターミナル)Q 」の真価とは。
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取材・文:大西由花(POWER NEWS)、写真:井上秀兵