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世界の食料生産量の3分の1が廃棄されているという現実。食品ロスを減らすために、フードサプライチェーンでは何ができるのか。「コミュニケーションで良好な取引関係を築くことが削減の助けになる」。そう主張する小林富雄教授に話を聞き、日本の食品ロスの現状を見つめ、問題解決への糸口を探す。

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小林富雄

経済学者

1973年富山県生まれ。2003年名古屋大学大学院生命農学研究科博士後期課程修了。生鮮食品商社、民間シンクタンクを経て、2015年名古屋市立大学大学院経済学研究科博士後期課程(短期履修コース)修了。現在、愛知工業大学経営学部経営学科教授。食品ロスについて専門的に研究し、ドギーバッグ普及委員会理事長も務める。

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他の先進国に並ぶ日本の食品ロス発生量

――世界の食料生産量の3分の1にあたる約13億トンが毎年廃棄されていると、2011年FAO(国際連合食糧農業機関)が報告しています。サプライチェーン内でも大量の食品ロスが発生しているのでしょうか。

小林:まず食品ロスについて説明しますと、食品由来の廃棄物を「食品廃棄物」、そのうちの可食部、食べられる部分を「食品ロス」と日本では定義しています。“3分の1が廃棄”というのは食品廃棄物の量ことで、食品ロスの量ではありません。

では日本で食べられるのに捨てられてしまう食料、つまり食品ロスがどのくらい発生しているかというと、1年間に国内で消費に回された食料「食用仕向量」(不可食部含む)8,291万トンのうち、サプライチェーン内で発生する「事業系食品ロス」は357万トン、家庭で発生する「家庭系食品ロス」は289万トンと農林水産省が推計(2015年)しています。食品ロスの総量は646万トンで、日本の食用仕向量の約7.8%に上る計算です。

――それはかなりの量ですね。

小林:ただ、「日本の食品ロス発生量は世界トップクラス」なんて批判もありますが、私は日本が突出して多いとは思っていません。確かに、人口1人当たりの日本の食品ロス発生量は、中国などの途上国よりは多いです。しかし、先進国の中では決して多い方ではないと捉えています。「他の先進国並み」が正しい表現ではないでしょうか。

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小林富雄教授
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日本は食品リサイクル先進国

――日本で食品ロス発生が抑えられている理由として、どういったことが考えられますか。

小林:日本の食品衛生管理能力は非常に高いため、他国でよく見られるように、大雑把に放置して廃棄させるようなことが少ない。そのため食品ロスの発生はそれなりに抑えられていますし、その点は誇りに思っていいでしょう。あと、日本は歴史的に資源が乏しい国であり、「もったいない精神」が根付いています。「もったいないから」と食品のムダを避けようとする国民性は、間違いなく食品ロスの抑制にいい影響を与えています。

また事業系に限りますが、リサイクル率の高さも素晴らしいです。リサイクルとは、たとえば魚介類の魚や内臓などの食べられない部分の、養魚や畜産用飼料や魚油への再利用などです。「食品リサイクル法」のもと、食品廃棄物のリサイクルを中心に対策を進めてきた結果、日本の事業系食品廃棄物発生量に対するリサイクル実施率は85%(2015年)と高水準です。

食品事業者などを対象に、食品廃棄物の「Reduce(発生抑制)・Reuse(再使用)・Recycle(再生利用)」の推進を義務づけるこの法律は2001年に施行されましたが、当時食品に特化したリサイクル法は世界でも稀で、積極的な取り組みと評価できます。

――隣国である韓国のリサイクルシステムも進んでいると聞きますが。

小林:韓国のリサイクル実施率は93.2%(2015年)と日本をはるかに上回ります。韓国は日本以上に人口密度が高く、生ごみ焼却処理施設の建設が難しい。そのため、生ごみの処理方法としてリサイクルシステムを発達させてきたのです。一方、日本には早期から焼却設備が整っているため、生ごみの処理にそう困りません。食品リサイクルに対する関心は韓国ほどには強くなく、後手に回っています。

このように食品ロスの発生原因は、歴史的背景や国民性、地理の問題などが複雑に絡み合っているのです。

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小林富雄教授
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多くのロスを発生させている日本の悪しき慣習

――食品ロスの発生原因のうち、日本特有のものはありますか。

小林:「3分の1ルール」と「食べ残しの持ち帰り禁止」のせいで生じている食品ロスは、日本特有です。優れた食品衛生管理やもったいない精神で食品ロスを抑えられている反面、そうした日本ならではの慣習により発生するロスがあるため、結局、他の先進国並みに食品ロスが出ているのです。

3分の1ルールは、2000年ごろから日本のフードサプライチェーンで普及している商慣習で、製造日から賞味期限までの3分の1を過ぎた食品は、スーパーなどの小売が納品を認めず、3分の2を過ぎた食品は店頭に陳列されないという業界ルールです。

これに似たルールは諸外国にもありますが、米国では納品期限が2分の1、英国では4分の3、フランスでは3分の2で、他国と比べても日本の鮮度基準が厳しいことは明らかです。

さらに日本特有なのが、3分の1の納品期限、3分の2の販売期限を過ぎた食品は、小売から卸やメーカーへ返品され、そのほとんどが廃棄処分になる点です。

つまり賞味期間が6カ月の食品なら、製造してから2カ月以内に小売に納品しなければならず、次の2カ月のうちに消費者に売らなければならない。その期限を過ぎた食品は返品されて廃棄処分となり、そこで食品ロスが発生します。

流通経済研究所のデータによると、小売から卸(おろし)、卸からメーカーへの返品額の流通額全体に占める割合は1.35%(2011年)です。食品スーパーの営業利益率が3%をなかなか超えないことを考えると、決して小さい数字ではありません。

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3分の1ルールの概要
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フードロスが発生する原因となる、日本のフードサプライチェーンの仕組み / 出典:『食品ロスの経済学』(著・小林富雄)
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――なぜそのように返品が多くなってしまうのでしょうか。

小林:それは小売が品切れを恐れるためです。欠品すると店のイメージが悪くなり、客足が遠のく可能性があるので、それを防ぐために品揃えをよくしているのです。

日本のスーパーの棚には常に商品がいっぱい並んでいますよね。それに、什器に単一の商品がうずたかく積み上げられているのもよく見かけると思います。ああいったボリューム陳列も見栄えを気にしてのことですが、社会全体の販売量としては過剰です。

要するに、小売が「返品慣行」を前提として余るとわかっていながら過剰に商品を供給するため、売れ残って返品され、最終的に食品ロスになってしまうというわけです。

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小林富雄教授
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SNSやアプリなどITがサプライチェーンを変える

――日本の食品ロスは、サプライチェーンに起因するものなのですね。

小林:日本特有の返品慣行が供給過剰を助長させている面はあるでしょう。もし小売が完全に買取り、自分たちで売り切る商慣習が広まれば、サプライチェーン内での食品ロスは減ると思います。売れ残りを返品できないなら、そこまで過剰に仕入れたりしないはずです。

また日本の消費者の欠品に対する態度は厳しく、それも仇になっています。店側も在庫管理にシビアにならざるを得ないからです。もう少しその点において寛容な、消費者も納得できる形での欠品が許されるサプライチェーンをつくれるといいですね。

小売やメーカーが消費者とコミュニケーションを取り、最適な食生活についてともに考えられる機会が増えてくると、食品ロスに対する問題意識が高まり、ある程度の欠品はやむを得ないと消費者に理解されるようになると思います。

――具体的にどのようなコミュニケーションの手段が考えられますか。

小林:果物に少し傷がついていた場合、昔なら八百屋が「安くするから」と客にもちかけ、客も値引きに納得して果物を買っていくというやり取りがあったと思います。これは一種のコミュニケーションです。しかし時代は変わり、すべての小売を昔の八百屋のようなシステムに戻そうというのはさすがに無理があります。

そこで、コミュニケーションツールとして活躍を期待されるのがITです。欠品の問題にはまだタッチできていないようですが、ITは食品ロスの削減に広く役立ち始めています。特にSNSは有効です。キャベツが獲れすぎて困った農家がSNSでその情報を流したところ、大勢の人が産地を訪れ収穫を手伝い、キャベツを買って帰ったというニュースが最近ありました。

また「食のシェアリングエコノミー」つまり、インターネットを介して余った食料を活用するためのアプリの開発も進んでいます。たとえば、今年の1月から実証実験が行われたNTTドコモの「EcoBuy」は、賞味期限や消費期限が近くなった食品を購入した消費者にポイントを付与することで、食品ロスを減らすためのアプリです。消費者にとって得だから売れて、ロスが減るのはもちろん、こうしたアプリはコミュニケーションの機能も果たすため、小売と消費者との距離を縮めてくれます。

さらにアプリの開発が進み、消費者の「おいしい」の声が作り手に届くようになるのが理想です。そうすれば、作り手も一層いいものをつくろうと力が入ると思うので。いいものは大切に食べられ、捨てられづらくなり、結果ロスが減り……と好循環が生まれる可能性が大いにあります。

そうしたコミュニケーションを通して、サプライチェーン内で“良好な取引関係”を築くことが、食品ロス抑制への近道だというのが私の考えです。

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小林富雄教授
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“良好な取引関係”がサプライチェーンを最適化させる

――他に日本特有の食品ロスを減らす有効な手段はありますか?

小林:外食時に出た食べ残しの持ち帰りは、食品ロスの削減にとても効果的です。ところが、日本人は過度に衛生を気にする傾向があり、飲食店の多くは食中毒リスクを考慮し、食べ残しの持ち帰りを禁じています。食中毒の問題は無視できませんが、何もかもを持ち帰り禁止にしなくてもいいだろうというのが私の意見です。

そこで持ち帰り禁止を解消させようと、私も携わり推進しているのが「ドギーバッグ」の普及です。ドギーバッグとは、外食時の食べ残しを持ち帰るための容器や袋のことで、アメリカや中国ではごく一般的です。私たちドギーバッグ普及委員会は、外食時の食べ残しの持ち帰りに関するガイドラインをつくり、自己責任の上での持ち帰りを推奨しています。

食べ残しの持ち帰りについて飲食店に取材すると、「一見さんは断るけど、お得意さんには持ち帰ってもらっている」と答える店は少なくありませんでした。客が店とコミュニケーションを取り、自己責任で持ち帰ると伝えれば、店は持ち帰りを許すかもしれないということです。

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カードの写真
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ドギーバッグ普及委員会が発行する「自己責任カード」
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――ここでもコミュニケーションが鍵となるのですね。

小林:コミュニケーションが解決の糸口になるという点において、この問題は構造的に先述した返品慣行や欠品の問題に似ているといえます。結局のところ、サプライチェーンにとって大切なのは信頼関係であり、“良好な取引関係”がサプライチェーンを最適化させ、食品ロスを減らしていくのだと思います。

返品慣行はメーカー、卸、小売間での話し合いで。欠品は小売と消費者のコミュニケーションで。食べ残しの持ち帰りは客から店への意思表示で、問題は随分解消できるはずです。そうして“良好な取引関係”が築きあげられ、食品ロスが削減されることを期待しています。

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生産された食料のおよそ1/3が廃棄される「フードロス」に対して、フードサプライチェーンにおける「3分の1ルール」などの商慣習も原因の1つと考える、名古屋大学の小林富雄教授。教授が語る、いま、問題解決に向けて取るべきコミュニケーションとは。
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【小林富雄教授インタビュー】食品ロスを解決に導く、サプライチェーンの「コミュニケーション」とは
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【小林富雄教授インタビュー】食品ロスを解決に導く、サプライチェーンの「コミュニケーション」とは
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取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真:高橋枝里