国連の開発目標である「SDGs」の採択で、いよいよ日本政府も食品ロス削減に向け本格的に動き始めた。食品ロスはサプライチェーンの問題と指摘する小林富雄教授は前編、「フードサプライチェーンにおいて、ITがコミュニケーションツールとなり、食品ロスの問題に役立ち始めている」と語った。今回は、変化し始めたフードサプライチェーン、そしてデジタル化とその影響について小林教授に話を聞いた。
小林富雄
経済学者
1973年富山県生まれ。2003年名古屋大学大学院生命農学研究科博士後期課程修了。生鮮食品商社、民間シンクタンクを経て、2015年名古屋市立大学大学院経済学研究科博士後期課程(短期履修コース)修了。現在、愛知工業大学経営学部経営学科教授。食品ロスについて専門的に研究し、ドギーバッグ普及委員会理事長も務める。
国際目標でも食料廃棄はサプライチェーンの問題という扱い
――2015年、国連サミットで採択された2016年から2030年までの国際目標「SDGs(持続可能な開発目標)」には、食品廃棄物に関する項目も盛り込まれています。
小林:SDGsは大きく17の項目からなり、そのうちの1つ、“持続可能な消費と生産のパターンを確保する“という項目の中に、“2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食品廃棄物を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品の損失を減少させる”と明記されています。
SDGsに食品廃棄物に関する目標が盛り込まれた背景には、2011年に公開された「世界の食料生産量の3分の1にあたる約13億トンが毎年廃棄されている」とのFAO(国際連合食糧農業機関)の調査報告が大きく影響しています。これは驚くべき数字ですから。
興味深いのは、SDGsにおいて食料廃棄物に関する目標が、「環境」の項目ではなく「消費と生産」の項目に置かれている点です。食品ロスを含む食品廃棄物の問題は、SDGsでの取り扱いと同じく、サプライチェーンの問題だと私も認識しています。
時代の雰囲気が社会を大きく動かす
――SDGsは日本の食品ロス問題にも影響を及ぼしそうですか。
小林:今年の6月、政府は「第四次循環型社会形成推進基本計画」を閣議決定しましたが、これはSDGsの採択を受けてのことです。その中で、事業系食品ロスの削減目標を、今後「食品リサイクル法」の基本方針の改定時に設定することが決まりました。事業系の目標値についてもSDGsの影響を受けるのは確実です。
これまでは、業種ごとに食品廃棄物の発生抑制の目標値が定められていただけでした。これから設定される削減目標は、事業系全体の削減目標であり、国としての指針を世界に示すものになり得ます。
前編の話にも通じますが、どの企業や飲食店も食品ロスを出したくて出しているわけではありません。返品慣習や欠品の問題などの取引上の都合で、やむなく廃棄している。ですから事業系食品ロスの削減目標を設定する場合にも、いいサプライチェーンや食文化をつくるための手段となり得る、現場の立場に立った制度が求められます。
そして、SDGsの影響に関してもう一つ。イタリアのファッションブランド「GUCCI」が2017年、リアルファー(動物の毛皮)の使用廃止を宣言した際、CEOが「少し時代遅れだと思う」とコメントしました。そうした時代の雰囲気は、社会を大きく動かします。報道によるとサンフランシスコでは、リアルファーの販売禁止が決定しました。ファーは天然資源で、食料問題と決して無関係ではありません。SDGsもきっかけになり海外では「食べ物を捨てるなんて時代遅れ」という風潮が広まりつつあると思っています。
食品ロス発生抑制に向けた官民の動きは活発
――サプライチェーン内でされている食品ロスの発生抑制への取り組みは、前回お話しいただいたアプリなどのほかにもありますか。
小林:日本気象協会の「商品需要予測」があります。これは、気象予測データやPOSデータ(販売データ)を、AIなどの最新技術で解析し、未来に必要な物の量を予測するサービスです。たとえば、春ごろに次の夏は熱くなるとわかれば、飲料やアイスの増産を決め、それに合わせて原料や人の手配などの生産調整ができます。
簡単に説明すると、商品需要予測とは気象データを活かしてサプライチェーンの効率化を図り、食品ロスを削減するための仕組みです。サービスの利用で適正在庫を実現させたという報告もすでに出てきています。
――発生抑制については、政府も動いていますか?
小林:はい。「3分の1ルール」(製造日から賞味期限までの3分の1を過ぎた食品は、スーパーなどの小売が納品を認めず、3分の2を過ぎた食品は店頭に陳列されないという業界ルール)を見直すため、2013年以降農林水産省を中心に実証実験を行っています。
飲料と菓子を対象に、納品期限を3分の1から2分の1に緩め、食品ロス削減を目指すものです。実証実験と検証を経て、業界全体で、飲料と菓子の納品期限が緩和されるようになりました。対象品目をどう増やしていくかは今後の課題ですが、これは大きな一歩です。
また、飲料や缶詰など賞味期限が長い食品の期限表示について、「年月日表示」から「年月表示」へ切り替えも進められていて最近では年月表示の商品も多くなりました。年月日表示だと、日々の需要の上振れに備え、食品の多めの生産が必要になりますが、年月表示なら月単位で在庫を調整できるため、つくりすぎを防げます。
さらに年月表示だと、メーカーや卸の倉庫の管理がシンプルになるなど、サプライチェーンが効率化されます。これはある意味「大事件」ですね。食品ロス削減の確かな実感をもっています。農林水産省や経済産業省が音頭を取り、業界に広めた事例です。
デジタル化は食品ロスの発生量にどう影響するのか
――Amazonが食品市場に参入し、話題になっています。ITはサプライチェーンを変えると思われますか。
小林:Amazonの生鮮食品配送サービス「Amazonフレッシュ」は、2017年に日本でもサービスが開始されています。さらに同年、Amazonは米国の食品スーパー「Whole Foods Market」を137億ドル(約1兆5000億円)という巨額で買収しました。自社サイトでWhole Foods商品の販売を始めていて、将来的にはレジなしの実店舗を開店する狙いがあるのではと噂されています。
Amazonが食品サプライチェーンのデジタル化を大きく進める力をもつことは確かですし、買収はその一歩かもしれない。ただし、デジタル化により食品ロスの発生量がどう変化するかについては、現段階ではわかりません。増える可能性も減る可能性もありそうです。
というのもEC(電子商取引)では、実店舗のように見栄えを気にして必要以上に棚に商品を積んでおく必要がなく、それは食品ロス削減にとってはプラスに働きます。一方、店舗販売以上に品揃えは重要ですし、受注から発注までのリードタイムを短くするためにさまざまな拠点で過剰に在庫を抱えれば、廃棄になる食品が出てくるため、食品ロスは増えると考えられるからです。いずれにせよ、Amazonの今後の動きから目を離せませんね。
“持続可能な消費と生産のパターン”の実現を目指す
――食品ロス問題はどうすれば解消に近づくと考えますか。
小林:先述した日本気象協会の「商品需要予測」や、前編でお話したSNSの活用、NTTドコモの「EcoBuy」などの新しいデジタル技術は、食品ロス削減に好ましい効果をもたらすでしょう。
しかし、本質的には食品がもっと大切にされるような社会を作らなければ、大幅なロス削減は難しいかもしれません。それには、「廃棄にさせたくない」とみんなに思われるような、質が高くおいしい食品がつくられることが第一だと思います。
わかりやすい例だと、食品は安いものほど捨てられる傾向にあります。懐が痛まないからですが、これは自身の研究でも証明できました。原価率が低く売り手からみたコストパフォーマンスが良い食品ほど、一層その傾向は強まります。
議論も重要でしょう。たとえば、食品ロスに含まれる「刺身のツマ」は、海鮮系の居酒屋だと、食べ残しの7、8割をツマが占めるといわれています。料理の見栄えのために生じるそうした食品ロスをどう捉えるか。食文化の問題として日本社会全体で議論し、削減できるロスは削減すべきでしょう。
とはいえ、すべての食品ロスをなくすことは困難なので、SDGsにもあるように“持続可能な消費と生産のパターン”の実現を目指すのがちょうどいいと思います。今後もいい食文化を築いていくために、食品ロス問題とどう向き合うべきか、どういうロスなら削減できるかを、生産者から消費者まで、サプライチェーン全体で考えていけるといいのではないでしょうか。
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