Content bands
Body

簡単なプログラムさえ入力すれば、機械が加工データ通りに自動で作業し、朝には製品が出来上がる。そんな夢のような工場を持つのが、アルミ切削加工メーカーの「HILLTOP」(京都府宇治市)だ。多品種単品生産、超短納期を特徴とするビジネスモデルは、国内のみならずアメリカでも高い評価を受け、2014年にオープンしたアメリカの現地法人には、ディズニーやNASAからも仕事が舞い込んでくるという。その成功の鍵である“単なる生産性追求ではない合理化”とはどういったものなのか。また、工場の完全自動化はどのように進められていったのか。同社で工場のデジタル化を推進してきた山本昌作副社長に話を聞いた。

Style selector
grey_background
Body

人の働き方を変えるために志したデジタル化

――HILLTOPは、鉄工所でありながら「量産ものはやらない」「ルーティン作業はやらない」「職人はつくらない」といった型破りな発想でものづくりをされていると聞きます。実際、24時間無人稼働の工場に人はまばら、ほとんどの社員がデスク作業をしているような状況で、一般的な製造企業との違いに驚かされます。なぜこのような鉄工所をつくろうと思ったのですか。

山本:私が入社した当時、両親が営む山本精工(HILLTOPの前身)は社員が5、6人程度の零細企業で、自動車部品を大量生産していました。

山本精工は、耳の不自由な兄、正範(現社長)が将来働ける場所をつくろうと両親が始めた鉄工所です。自分の会社のことをこんな風に言うのも何ですが、高い技術力を持つわけでもなく、商才もなかった。そのため以前は孫請けとして、社員は朝から晩まで油まみれで単純作業を繰り返すだけでした。小さいころからそんな鉄工所の様子を見てきた私は、鉄工所に就職するつもりはありませんでした。

Style selector
no_background
Style selector
one_col
Media Item
Media
インタビューを受ける山本氏
Caption
HILLTOP株式会社 代表取締役副社長の山本昌作氏
Body

ところが、大学に進学して商社に内定が決まると、母がものすごい剣幕で怒って。私と下の弟の2人で、兄を支えてほしいというわけです。ついには泣き出してしまうので、仕方なく内定を辞退して、1977年から山本精工で働くことにしました。

しかし、やっている仕事はというと来る日も来る日も同じ単純作業。そこにはなんの楽しみもなく、嫌で仕方ありませんでした。こんなの人間がする仕事じゃないとまで思いました。だって、機械の前に8時間じっといて、そこから動いたらいけないのですよ。これでは機械を使っているのではなく、まるで機械に使われているようだと感じました。おまけに先輩からは「考えたらいけない、頭を真っ白にして体を動かせ」と注意される始末。

私は、人がなすべきはデザインや設計、企画など創造力が必要な知的作業だと思っています。何も考えなくてもできる単純作業は、機械に任せられる仕事だからです。しかし私が入社した当時は、自動化のための設備が高く、イニシャルコストを機械に割くより人に作業させるほうが、割りが良かった。つまり、機械による単純作業の自動化は不可能だったのではなく、費用面で不利だから、人にやらせていただけのことなのです。

パナソニックとマクドナルドから学びを得て自動化に着手

――鉄工所での働き方を変えたいという強い思いから自動化を始められたのですね。

山本:人の技術やノウハウをデータベース化して、単純作業を機械に任せる仕組みをつくろうと考えました。これが、いま私たちが「HILLTOP System」と呼んでいる生産管理システムの原型です。30年ぐらい前から開発に取り組んでいますが、当時はまだ「インダストリー4.0」(ドイツの産業デジタル化政策)のようなコンセプトもなく、周りに自動化を進めている会社もなかったので、先を見越した動きだったと思います。

HILLTOP Systemの基本的な考え方はとても単純で、「人の頭の中にある情報をデジタル化して整理する」という、ただそれだけですが、これが完璧にできれば自動化を実現できます。

Style selector
no_background
Style selector
one_col
Media Item
Media
インタビューを受ける山本氏
Body

しかし、そう考えて実際に工場内を見回すと、何から手を付ければいいのかまったくわからない。どうしようかと、毎日頭を悩ませました。そんなある日、パナソニックの炊飯器開発の講演を聞く機会がありました。

かまどでご飯を炊いていた時代の口承に「はじめチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いてもフタとるな」というのがあります。おいしく炊くための火加減の極意です。これをパナソニックの炊飯器開発チームは科学的に分析したというわけです。

20人の社員が2台のお釜を使い、1日4回、合計160台分のご飯を炊く。この作業を半年間繰り返し、甘味や粘り、色つやといった主観的なデータを取り、分析して、“おいしいご飯”を数値化し、炊飯器の開発に役立てました。かまどで炊くと感覚頼りになり、またずっと火加減を気にしていなくてはいけませんが、炊飯器の開発で、スイッチ1つで誰もがおいしいご飯を炊けるようになる。これは主婦を毎日の単純作業から解放したイノベーションだと思いました。

また、別の機会にマクドナルドの話を聴いて衝撃を受けました。なぜ入ったばかりのアルバイトが、おいしくパティを焼けるのかと。そんなすごいことができてしまうのは、マクドナルドが素晴らしいオペレーションマニュアルを持っているからです。聞くところによると「ビックマック」のパティは、マイナス20℃で冷凍保存されたものを、38秒間グリルで両面を加熱し、塩コショウで味付け、85℃のキャビネットで15分間保温した後に提供されるといいます。

このマクドナルドのマニュアルを参考に、工場の作業をマニュアル化できれば、自動化は必ず実現すると確信しました。そこで、加工環境を再現すべく、1983年ごろから工場内の全データの保存に着手しました。最初に機械や刃物、ボルトまで、工場内のあらゆる物に番号を付け、管理しました。同種の機械でも年代やスペックが違うと、加工にばらつきが出るからです。次に始めたのが職人の技のデータベース化なのですが、これには非常に苦労しました。もう毎日職人たちとの大げんかで(笑)。

職人の経験や勘がノウハウのデータ化の「妨げ」に

――職人とどのような衝突があったのですか。

山本:職人に加工の方法を聞いても、ノウハウを隠そうとして話してくれないのです。それをなんとか説得して聞き出しても、同じ製品の加工なのに、職人によって答えがバラバラ。経験や勘を頼りに加工するため、それぞれやり方が違うのですね。

けれど、加工法に正解がないなんてあり得ないと私は考えました。おそらく、行き当たりばったりでもたまたま成功したやり方を正しいと思い込んでいる人もいたのだと思います。何の加工にしても最適な方法というのがあるはずなので、職人を集めてバラバラな意見をすり合わせて標準的な方法を導き出し、それをデータ化するようにしました。

つまり「この加工の際には、この機械を使い、刃物をこの位置から当て、この回転数とスピードで加工する」といった感じで、事細かに加工の方法を定め、データ化していくわけです。各加工でその手順を踏んで、しらみつぶしにデータ化を進めていきました。

具体的な方法としては、加工ごとに、使用した機械や刃物、道具、加工の際の原点からの距離と高さ、回転数、送り、突き出しの長さ、刃長、ホルダのデータを取ります。これは現在も続けている作業で、いまでは自動でデータが取れるようになっていますが、当時は人の手でメモしてデータを残していました。また最近は加工精度をより上げるために、機械温度、環境温度、振動解析、油温、切削油の汚れのデータも取得しようと、デバイスを開発中です。

Style selector
no_background
Style selector
one_col
Media Item
Media
HILLTOP Systemの製造フロー
Caption
データ化された職人技を結集した「HILLTOP System」を使った製造フロー
Body

熱い思いがあったからこそ継続できたシステム開発

――貴社工場の「24時間無人稼働」はいつごろ実現しましたか。

山本:データ化を始めて10年ほど経った1991年ごろです。プログラムをつくり、機械に作業させる段階に入ってからも失敗の繰り返しでした。

初期のシステムは、プログラミングを間違えた場合、途中で停止するように組まれていなかったため、プログラムにミスがあると、機械の刃物が折れたり、機械が破損したりといったトラブルが頻繁に起こりました。機械が大破し、修理費に400万円ほどかかったこともありましたね……。

それでも自動化をあきらめなかったのは、それしか勝ち目がないと思っていたからです。孫請けをやっていた弊社は大した技術力も持てず、世の中の底辺にいました。けれど自動化が成功すれば、一気に上に行けると信じていたのです。

――とはいえ、普通なら心が折れそうな改革プロセスだと感じます。

山本:ちょっと恥ずかしい話ですが、私は小さいころ『鉄腕アトム』のお茶の水博士に憧れていて、夢は科学者になることでした。アニメのワンシーンに、お茶の水博士がロボットの部品の絵を描いてそれを機械に通すと、ボタン1つで部品ができあがるというのがあります。私が思い描くものづくりはそれです。いつかきっとその世界は実現すると信じていたのです。

あと、私は昔、工場の火災で大やけどをして一度死にかけたことがあります。危篤状態で約1カ月間意識を失い、その後もしばらくは生き地獄のような毎日でした。それ以来、人生残りわずかと思っていて、アディショナルタイムの中を生きているような心地です。だから何をするにも、もう怖いことはないのです。

このような私自身のマインドもあり、部品を加工するのではなく、何をつくるかを発想するのが人のやるべき仕事であると考え、地道な改革を続けています。プログラムの修正を幾度となく重ね、改善を繰り返して精度を高めた結果、HILLTOP Systemは誕生しました。そして、同じ部品を加工し続けるのではなくもっと創造的な仕事をしたいと考え、大量生産の孫請けをやめて、製作数1〜2個の多品種単品生産に切り替えました。

いまでは24時間無人稼働で月に3000種類を生産、新規受注で5日、リピートで3日の短納期も実現しています。業務の合理化により利益率は20%を超えるようになりましたが、鉄工所の利益率は一般的に3%から8%程度なので、約30年前から行ってきた自動化、データ化に一定の成果が生まれたと考えています。

Style selector
no_background
Style selector
one_col
Media Item
Media
工場内の写真
Caption
自動化された機械が並ぶ工場内には、そのメンテナンス要員として数人の工員がいる以外、ほとんど人の姿はなかった
Body

得意分野の仕事だけを続けていてはいけない

――中小製造業のデジタル化がうまく進んでいないと言われています。貴社はデジタル化に成功していますが、ポイントは何だと思われますか。

山本:私たちもかつてそうでしたが、1社依存から脱却し、自立すればいいと思います。自立するためには、新規顧客の獲得が必要になりますが、経営学者のピーター・ドラッカーも言っている通り、顧客創造のためにはマーケティングが必要です。マーケティングを行うと、お客さんが何を望んでいるかが次第に見えてきます。すると、お客さんの要望に合うよう、会社を変えざるを得なくなるでしょう。その際のイノベーションにはデジタル化も含まれるはずです。

狭いストライクゾーン、得意分野の仕事だけを続けていたのでは、井の中の蛙になってしまう。ストライクゾーンの少し脇にあるボール球にも、もしおもしろそうと感じたのなら手を出してみるべきです。すると、新しい展開が見え始めます。思いもしなかった顧客が自社に目を向けてくれることは結構あるものです。弊社もアメリカ現地法人のオープンをきっかけに、NASAやディズニーから仕事が来るようになりました。

デジタル化もそれと同じです。デジタル化は人の仕事を機械に置き換えるだけではなく、新しい市場を生み出すチャンスなのです。弊社は今後も、デジタル化を含めた新しいことに挑戦して、チャンスを待つのではなく取りに行く姿勢で、さらに事業を拡大していきたいと思います。

関連記事

遊ぶ鉄工所「HILLTOP」の働き方改革と教育プログラム

Style selector
no_background
Meta description
簡単なプログラムさえ入力すれば、機械が加工データ通りに自動で作業し、朝には製品が出来上がる。そんな夢のような工場を持つのが、アルミ切削加工メーカーの「HILLTOP」(京都府宇治市)だ。その成功の鍵である“単なる生産性追求ではない合理化”とはどういったものなのか。また、工場の完全自動化はどのように進められていったのか。
Display title
高利益率のIT鉄工所「HILLTOP」の常識を覆すデジタルものづくり
URL alias
/00180388
Header Type
standard_image
Metatag thumbnail image
高利益率のIT鉄工所「HILLTOP」の常識を覆すデジタルものづくり
Author Information
取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真:澤田耕一(KARAFT)