流通の仕組みを変えることで生産者のやりがいを高め、農業構造に変革をもたらそうとしているスタートアップがある。菊池紳代表率いる、プラネット・テーブルだ。従業員数わずか20名のこの企業が、自社開発の流通・物流支援プラットフォーム「SEND」で、農家の収入を大幅に引き上げ、フードロスをわずか0.8%に抑えるなど、従来では考えられなかった好結果を生んでいる。その秘訣はITを駆使した受注予測の仕組みにあるというが、プラネット・テーブルが思い描く農業の未来像とはどんなものなのか。
農業構造に疑問を抱き、プラネット・テーブルを起業
――御社は「SEND」の活用で、10~15%が一般的な農作物の流通段階での食品ロスを0.8%まで抑え、農家の収入を2倍以上に引き上げたそうですね。驚異的な数字ですが、SENDはどのようなシステムですか。
菊池:SENDは生産者支援のための仕組みで、東京のレストランと、全国の生産者を繋ぐプラットフォームです。生産者から農作物や水産物を主とした食材を買い取り、レストランに届けているので、卸売りにも近いのですが、あくまで物流システムや流通システムの提供がサービスの根幹となっています。
――なぜSENDを開発しようと考えたのですか。また、どのようにしてロスを削減し、生産者の収入を向上させたのでしょうか 。
菊池:山形県で農業を営む祖母から後継ぎを頼まれ、20代後半に1年半ほど農業に携わったのがきっかけです。平日は金融機関で働き、週末に山形に通って農業の勉強をしました。そこで、食べ物を生産するのは刺激的で、ものすごく楽しいと思う一方、生産者を取り巻く今の環境はモチベーションを奪うものだとも感じました。仕組みの老朽化が原因です。
私が山形に通うようになって、ビギナーズラックでおいしいトマトが採れました。それで、意気揚々と直売所に持っていくと、「つぶれてクレームになるから、完熟した赤いのは持って来ないでくれ」と言われてしまいました。熟してから収穫した方がおいしいのに、それではいけないということなのです。
また、集荷場に青いトマトを持っていくと、その場で、別の生産者が作ったトマトとごちゃ混ぜに。これでは自分の収穫物が誰に届くのかもわかりません。それに、誰が作ろうが関係ないという扱いに悲しくなりました。さらに作物を出荷した後、祖母の口座に振り込まれた金額を聞いてビックリ。東京で売られている野菜の金額の3分の1以下だったのです。
この仕組みのなかでは、“食べ物を一生懸命作りたい”というモチベーションは保てないと思いました。農業はしたいけれど、生産者になってもいずれ苦しくなってしまうのではないか。それならいっそ、将来生産者になるために、まずは自分が良いと思う仕組み作りをしてしまおうと考えて、起業へと至りました。
農作物の流通システムが供給過多を起こしている
――仕組みの老朽化とはどういうことでしょう。
菊池:現在の農業の流通システムは、戦後間もない時期からあるものです。国は戦後復興の際、職を求めて都市部に集中した人々に食べ物を供給するため、開墾や農地解放をしました。そして、米やジャガイモなど指定の農作物を大量に生産させ、それを農協が一括で流通させるよう仕組みを築き上げたのです。この流通システムは、戦後から日本の食糧供給の安定を支えてきた、極めて優れた仕組みだといえます。しかし、現代は人口が減り、特定の作物単位でみると供給過多の状態のものが多い。そして既存の流通システムは、この需給のミスマッチを解消する機能が足りないのです。
というのも、市場には、「受託拒否禁止の原則」といって、農産物の出荷があればそれを流通に乗せなければいけない、というルールがあります。そのため、たとえ供給過剰でも、JAや生産者から出荷があれば断れないし、売りさばかざるを得ないので、値段が暴落する。JAや生産者も「市場に出せば、(安くなりはするけれど)取り扱ってくれる、お金に換えてくれる」と思って、出してしまいます。
そうして安値が付いたところから、市場やJAの手数料や物流費などが差し引かれます。さらに、市場で農産物を買った卸は小売へ、小売は消費者へ、それぞれ利益を乗せて売る。それぞれの手数料や利益が不合理な水準ではないものの、生産者の手元に残るのが小売価格の3割や4割になるのは当然です。
そもそも、生産者と消費者の間に複数の業者がいるため、需要の情報が生産者にほとんど届かないことが問題です。需要のあるなしに関わらず、全国各地で同じようなものが一斉に作られ、結果として需要過多で価格暴落、という悪循環を起こしているのです。
現代は、食の多様化により、ニンジン、タマネギ、ジャガイモなど、いわゆる常備野菜のように大量に必要とされる農作物がある一方、ちょっと変わった野菜、色に特徴がある野菜など、小さな需要もたくさん存在します。そうした細かく、高付加価値な需要に対して、農協の仕組みだけでは対応しきれなくなっているとも思います。市場や農協の仕組みは“決まった作物を、みんなで分担して作り、まとめて送る”ため最適化されてきたものだからです。
農業は、流通の構造においてこうした問題を抱えています。そして、それを解消しようと考え出した仕組みが、SENDというわけです。
生産者と消費者を効率的につなぐプラットフォーム
――SENDの仕組みについて具体的に教えてください。
菊池:細かな需要を持っている人と、その需要に応える生産者を直接繋いでいます。特にプロのシェフは、食材についてのアンテナが高く、まだ世間にあまり流通していない食材など、高付加価値な農作物を、少量ですが欲しています。今は小さな需要ですが、レストラン業界にターゲットを絞りました。
生産者の方は、中小零細の農家さんが中心です。例えば山形県の山間農地では、耕地面積が小さいので、量では勝負できません。付加価値が高いもの、その土地らしいものを作らないと生き残れません。全国に点在する、そうした意識を持つ生産者さんの食材を取り扱うようにしています。特に、使い手に喜んでもらいフィードバックを得たいという貪欲さを持ち、かつ品質に対する意識が高い生産者がユーザーの中心です。
そして、この両者を橋渡しするのが弊社です。レストラン側は、頼んだ当日・翌日に多品種・少量の食材が同時にそろう必要があります。しかし、求める全種類の食材を作っている生産者はいないため、数名の生産者に電話やメールで連絡して、食材の到着を数日待つしかありません。すると、各生産者さんから食材がバラバラと届き、いつまでたっても作りたい料理が作れません。
一方の生産者は、もしレストランから依頼があったとしても、毎日、少しずつの量を箱詰めして送っていたのでは、手間や送料がかかりすぎて割に合いません。ですから、例えば、まとめて100㎏を受け取って1㎏ずつ100軒に配ってくれる人を必要としています。
そこで私たちは、レストランが注文した翌日には、採れたてのものをそろえて届けられるよう、仕組みを築きました。日本全国の生産者から農作物をまとめて東京・品川のセンターに集め、農作物が到着したら即時に全量検品、小分けして、当日か翌日の便で配送します。注文が入ってから生産者に発注するのでは間に合わないので、レストランからの受注を予測し、必要と見込まれる日から10日ほど前に生産者に発注します。
2014年の起業から4年半経ちますが、現在では、東京を中心とした6500軒のレストランと、全国各地5000軒の生産者にご利用いただいています。
IT活用による受注予測で流通を最適化
――レストランからの受注を予測した農家への発注とは、どのようなものですか。
菊池:SEND独自の受注予測システムを活用しています。受注予測は、レストランからの過去の注文データや、注文日の天気予報や気温、曜日、店舗の所在地、客層などのデータを解析して行われます。実際の注文データは、シェフ自身が、予約状況や客足を見ながら、食材の無駄を生じさせないように判断されています。自社の予測だけでなく、そうして蓄積されたシェフの判断データを検証することで、高い予測精度が実現できるようになっています。1年先ぐらいまで予測でき、90%以上の的中率です。
また、この受注予測システムを使い、特定の生産者に対して3カ月から6カ月前に、「この農作物をこの量、この金額で」と、作付け依頼も行っています。将来の買い取りを約束しているので、生産者は安心でき、品質の向上に集中できます。
作付け依頼だけでなく、日々生産者に発注している農作物についても、委託販売ではなくすべて買い取り、販売しています。売れた分だけ支払うのでは、生産者ばかりがリスクを負うこととなり、最初にお話した生産者のモチベーション維持の問題を解消できないと考えているからです。在庫リスクは弊社がとり、ロスが出ないように工夫しています。
生産者のモチベーションのデザインこそが農業活性化のカギ
――ロス削減に対する工夫は、受注予測以外にもありますか。
菊池:私たちは、新鮮でおいしい農作物を、無駄なく消費者に届けたいと考えています。ですから、一般的な卸や小売りが欠品を恐れて一定の在庫を持つのに対し、弊社は安全のための在庫を持ちません。農作物を鮮度が良いうちに、早くすべて届けようという意識が、ロスの発生を抑制させているのだと思います。
また、ロスが少ないのは、物流を自社でまかなっているからです。食材を届けるためにスタッフが車でレストランを回った際、予測が外れて余った農作物も販売しています。インターネットからの注文では量や種類を抑えて買うレストランなどが多いため、対面販売でお勧めする余地があるのです。
いまのフードサプライチェーンは、わがままな買い手のために最適化され過ぎていて、ずいぶんと作り手にリスペクトがない世界だと思います。作る人と使う人がもっと対等であっていいはずです。例えば、台風で農作物が被害に遭ってしまうと生産者は当然苦しいのですが、供給できなかった責任を生産者に負わせようとする小売企業もいます。何かがなければ、他の食材を代替的に使うなど、流通業界、外食業界、さらには消費者の柔軟性や対応力も重要になります。「いつも、欲しいものがなければいけない」ではなく「その時に、あるものを活かす」といった消費スタイルになれば、流通上の過剰な安定在庫も不用になりますし、フードロスも減るものと思われます。
SENDは、生産者に無理を強いるのではなく、その土地、その時期、その生産者に合った特徴ある食材と、それを欲しいと言ってくれる方たちを繋ぐことで、生産側がモチベーションを高く持てるよう構造をデザインし直しています。結果として、フードサプライチェーンは自ずと最適化されていくだろうと期待しています。
目標は生産者になりたくなる社会作り
――ITだけではなく、やはり人の力も必要なのですね。
菊池:人にしかできない仕事の代表は、SENDのような仕組みを作ること、です。また、コミュニケーションも、機械ではなく人がやるべきことだと思います。
「たくさん売れた」という結果がメールだけで届くのと、担当者が会って「ありがとうございます、売れています!」と伝えるのとでは、どちらが生産者のモチベーションを上げるかという話です。シェフだって、配送業者が荷物をただ単に届けるよりも、弊社のスタッフが届けて、「昨日の食材は、いかがでしたか」と聞く方が、要望を細かく伝えやすいでしょう。
――今後の目標について教えてください。
菊池:今は農作物を送る際にどうしても物流上の制約があるのですが、それがもっと安く、気楽に、大きさやサイズ、重量を問わずに送れる仕組みを作れないかと思案しています。物流のリデザインですね。
また、農業とお金の問題も解決したいですね。生産者は、収穫期には、収穫や梱包のパートさんの報酬を週払いにしていたり、資材を掛け買いしたりします。ですから、その支払いのため、出荷したらすぐにお金が入ってくる方が安心です。しかし、通常の商慣習での支払サイクルは月末締め翌月末払いなので、長いと60日間近くも入金を待つことになります。そのギャップを埋めるために構築したのが、早期支払いサービス「FarmPay」です。弊社から生産者への入金のタイミングを早める仕組みで、このサービスをより拡充させていきたい。
さらに今後、着手したいのが、生産者不足の解消に向けた取り組みです。生産者不足はだいぶ前からかなり深刻で、先日も熊本の生産者から「隣の土地が空いた。いい土地なので借りたいが、人手が足りないからやりきれない。誰か、送り込んでくれないか」と相談を受けました。
農業はやりがいがある、とても楽しい仕事です。私だって「プラネット・テーブルの代表を後進に譲って、いよいよ生産者になります」と早く宣言したい(笑)。そのためにも農業でしっかり稼げる仕組みをつくり、生産者の困りごとをなくしたい。そうして農業を魅力あるものに変えて、多くの人を巻き込み、活性化させていきたいと思います。