いま注目の「ホールガーメント」という技術をご存じだろうか。和歌山県に本社があるニット編み機の大手メーカー、島精機製作所が開発した独自の先端技術で、ユニクロが2018年9月に販売開始した「3Dニット」もこの仕組みによって生み出された。全自動で1本の編み糸から1着のニット服を丸ごと編み上げる技術は、まさに日本が生んだイノベーションだ。テクノロジーの力でものづくりの可能性を広げる同社の取り組みは、メイド・イン・ジャパンの製品にどんな付加価値を与えていくのか。島 三博社長に聞いた。
縫い合わせ不要の技術で無数50万通りの編み方が可能に
――1962年に創業した御社は、手袋の編み機から始まり、現在はコンピューター制御のニット編み機で世界のトップシェアを誇ります。手袋からニット服へ、どのように発展していったのでしょうか。
島:手袋編み機の自動化が私たちの事業のスタートです。昔の手袋というのは、指の1本1本や手の甲などのパーツを別々に編み、それらを職人が手作業でつなぎ合わせていました。そこで弊社の創業者であり現会長の島正博が1964年に開発したのが、糸1本から継ぎ目なく自動で編み上げる「全自動手袋編み機」でした。さらに、その技術を応用して、当時、技術的に困難だったポロシャツなどの衿の自動編み機を1967年に開発したことを入り口に、ニット製品の生産に用いる横編み機メーカーとしての土台を築いていったのです。
島:そして、その延長線上に1995年に発表した世界初の無縫製の全自動ニット編み機、「完全無縫製型(ホールガーメント)コンピューター横編み機(※1)」があります。これも、きっかけは原点の手袋でした。手袋を上下さかさまにして、親指と小指を両袖に、中の3本をまとめて胴体に見立てるとタートルネックセーターのような形になります。そこに目をつけた島会長が、手袋でできるんだったらセーターでもできるはず、と開発に取り組んだのです。
(※1)機械が横方向に動作し、型どおりにニットを編む機械
――「ホールガーメント」の優れている点はなんですか。
島:ホールガーメントは、糸とデザインプログラムをセットすれば、編み機からデザインどおりのニット服が一着丸ごと、ほぼ完成品に近い状態で出てきます。1本の糸が一筆書きの要領で編み上がるのです。最新のホールガーメント横編み機はシンプルなセーターであれば、1枚30分ほどで編み上がります。
そのメリットの一つは省力化です。従来のニット製品は基本的に、前身ごろ、後身ごろ、袖、襟といった個別のパーツを別々に編んだ後、それらを縫い合わせて完成させます。ニット特有の縫い合わせの手法は「リンキング」と呼ばれ、生地を重ね合わせてニットのループを一つずつつないでいく緻密な作業です。無縫製のホールガーメントではリンキングがいらない分、製造コストは大幅に下がり、工程のリードタイムが短縮されて生産量が上がるのです。
島:加えて、環境面やデザイン性でもアドバンテージがあります。従来の製造方法では30%程度のカットロスがありましたが、ホールガーメントではそれがない。さらに、パーツを縫い合わせる必要がないので、縫いしろも発生しない。この縫いしろだけで、セーター1着につきA4サイズ程度のロスが出ます。これがなくなった分だけ軽く、縫い目のゴワつきもなくなり、ニット特有の自然な伸縮性が生かされて格段に着心地が良くなるのです。また、フレアスカートやワンピースなどの三次元の形状も一気に縫わずに仕上げることができるので、デザインの自由度が極めて高いという特徴もあります。
ユニクロからグッチまで多種多様なブランドから支持
――まさに夢の機械ですね。
島:ホールガーメントを発表した当時は、海外からも驚きを持って受け止められ、「東洋のマジック」だと高く評価されました。でも、実は、初号機はそれほど売れなかったんです。機械が高価なうえに、編み上げる時間もかかり、1着当たりのコストが合わなかったようです。それに手袋編み機の仕組みをベースにしていたため、Tシャツのような表面も裏面も同じ型紙を合わせただけの単純なニット製品しか作ることができませんでした。これでは店頭価格が安くなり、なおさらコストに合いません。
島:そこで生産性とデザイン性を向上させるために、さまざまな改良を加えていきました。そして、いまのホールガーメントの地位を確立したのが、2015年に発表した最新モデル「マッハ2XS」です。このモデルでは「可動式シンカー装置」を搭載しました。可動式シンカーというのは編み目を押さえる装置で、これによって立体的なスタイルなど複雑な編み方が容易となり、生産性が飛躍的に上がったのです。出荷台数は2014年度に397台だったのが、2017年度は1081台とどんどん伸びています。
島:ホールガーメントは、いまも進化を続けています。これまでに取得した特許は累計2000件を超え、現在も年間100件程度を新しく申請しています。
――現在ホールガーメントは、ユニクロをはじめとしたファストファッションで採用される一方、ルイ・ヴィトンやグッチなど海外のハイブランドでも採用されています。同じ機械でまったく方向性の違うニット製品が作れるのは驚きです。
島:機械は同じでも、使用する素材、デザイン性、編み方などの組み合わせは無限大です。私たちのデータベースには50万通り以上の編み方があり、それを顧客に提供しています。さらにハイブランドでは、彼ら自身が独自の編み方を開発して、非常にマニアックな使い方で、誰も見たことがないような製品を生み出しています。ハイブランドは、素材や編み方など一つひとつに莫大なコストをかけて研究し、高いデザイン性やクオリティを生み出しているのです。
オンデマンド量産にも対応可能なホールガーメント
――ファストファッションでは、ユニクロを展開するファーストリテイリングが2018年7月、島精機と戦略的パートナーシップを強化すると発表した際に、「オンデマンドの量産システムも視野に入れる」と言及されました。
島:日本のファッション業界が今後進んでいく方向性の一つとして、オンデマンド販売があります。2018年9月にパリで開かれたニットの展覧会でファーストリテイリング会長兼社長の柳井 正さんは、オンデマンドについて「将来的には、お客さまの注文に応じて一つずつの商品を作れるようになる。極論すれば、工場から個々の人々に商品を送ることができる」と、その展望を語りました。
島:ユニクロだけでなくファストファッション業界は少しずつ、「消費者が買いたいものを買いたい時にすぐに届ける」というオンデマンドの世界をつくっていきたいと考えています。それは人件費の安い地域での大量生産では対応できないし、輸送コストも時間もかかる。だから、消費地でものづくりをするという“地産地消”の方向に向かいつつあるのです。そのとき、ホールガーメントの出番があるのかなと思っています。
――島精機は「トータルファッションシステム」というコンセプトを打ち出しています。これも、オンデマンドの方向性と関連するのですか?
島:これはニット服のデザインから生産まで、一貫したシステムの中で完結させるというコンセプトで、オンデマンドの方向性とも合致しています。
弊社では横編み機を開発する一方で、時代はだんだんとファッションの多様化・個性化の方向に進んでいくと感じていました。そこで横編み機で生産するニット服を効率よくデザインするために、コンピューターグラフィックシステムの開発を進めて誕生したのが、1981年に発表した「SDS-1000」というデザインシステムです。
デザインシステムはその後も進化を続けていますが、いまでは柄作成だけでなく、配色や生地の素材選びをすべてシステム上で行い、それを画面上のリアルな3Dシミュレーションで確認することができます。さらに現在、そこで完成したデザインデータをホールガーメントとリンクさせて、生産まで自動的に直結させるシステムの開発を進めています。
今後、あらゆるモノがインターネットでつながるIoT化が進めば、たとえば、店頭の売れ行きからシステムが自動的に工場でいつ何をどれくらい作るのか判断するような時代がくるでしょう。そのとき、デザインから生産まで一貫して管理できる弊社のシステムは大きな強みになるといえます。
日本のものづくりは「個対応」で生き残る
――ホールガーメントは、すでにいろいろな分野で使われているそうですね。
島:最近ではアパレル業界以外で、スニーカーのアッパー(ソール以外の部分)素材にも使われています。それまでのシューズアッパーは、いくつかのパーツを縫い合わせて作っていましたが、ホールガーメントならば一体的に作ることができる。1グラムでも軽いシューズが欲しいというスポーツ選手はもちろん、靴下感覚で履くことができるので、一般ユーザーにもニーズが広がっています。
またユニークなところでは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究によって宇宙船内の日常服にも採用されました。縫い目のないホールガーメントのニット製品は、機能性はもちろんのこと、環境変化に対応可能なシルエットや運動性、素材の安全性、低負荷性などを兼ね備えているのです。
将来的には、もっと意外な分野でもこの技術を活用できるのではないかと考えています。たとえば、グラスファイバーやカーボンファイバーなどのハイテク素材も糸状にすれば編み機で使用できます。これを自動車のパーツなどに使えば、軽量化につながり、燃費改善による二酸化炭素(CO2)の削減など新たな社会貢献につながるのでは、と構想しているところです。
――今後、日本を拠点として、ホールガーメントやデザインシステムなどの技術革新を活性化するためのポイントをお聞かせください。
島:ホールガーメントを世の中に出したのは、ニット服の生産工程でいちばんコストがかかる“縫う”という作業をなくし、人件費の高い日本でも生産活動を続けることができる環境をつくりたいという思いからです。日本のものづくりは、ずっと守り続けていかなければなりません。私たちの顧客にも、生産コストの安い海外に出て行かずに日本でものづくりをしていきたい、というメーカーが少なからずあります。
現在、売上高の85%以上が海外ですが、ここ1~2年で国内での売り上げも伸びてきています。ただ、先進国は普通のセーターを作っているだけでは無理でしょう。そこでは、より付加価値の高い製品を作る必要があります。たとえば、服にセンサーを縫い込んだ「スマートウェア」などです。センサーは肌にピタリとついていないと正確に動作しないので、オンデマンドと同様に細かな個対応が求められます。
日本のアパレルメーカーのものづくりが、究極的には個対応に向かうべきなのは間違いありません。尖ったアイデアを積極的に取り入れ、ほかにはない製品を作るところだけが生き残っていくのだと思います。