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産業を支える大動脈である物流に、変化の波が押し寄せている。ネット通販拡大による宅配クライシスや、長距離トラックドライバー不足による幹線輸送崩壊の危機――。そして、それらに起因する総量規制や物流コストの上昇などが、物流会社のみならず、荷主企業にも甚大な影響を及ぼしているのだ。そうした現実を前に、物流を重視する企業は増える傾向にあるが、物流を経営資源として、利益をもたらす方法が存在すると言う。イー・ロジット代表取締役兼チーフコンサルタントの角井亮一氏が提唱する「戦略物流」がそれだ。

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【語句解説】物流センター
各地の消費者に発送する商品を集荷して、仕分けや在庫保管、包装、流通加工などを行う物流の拠点。

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角井亮一

1968年大阪生まれ。上智大学経済学部経済学科の単位取得を3年で終了し、渡米。ゴールデンゲート大学でMBAを取得。帰国後、1993年船井総合研究所に入社し、小売業へのコンサルティングを行う。その後、不動産会社や光輝物流への転職を経て、2000年イー・ロジット設立。代表取締役に就任し、チーフコンサルタントを務める。「物流革命」(日本経済新聞出版社)、「すごい物流戦略」(PHP新書)、「アマゾンと物流大戦争」(NHK出版)など著書多数。

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物流はコストではなく利益を獲得するための資源

――角井さんが提唱する「戦略物流」とはどういったものですか。

角井:戦略物流とは、物流をプロフィットセンター、つまり利益を生み出す部門として捉え、物流コストをかけることで、販売量を増やしたり商品単価を上げたりして、売上の向上を目指すものです。要するに、経営戦略の一部として、物流に関する方針や計画を立てようとする考え方です。

以前から“物流は産業を支える大動脈”と言われてきたように、経済は物流があってこそ成り立っています。工場でいくら商品を作っても、店に商品が届かなければ買ってもらえず、当然売り上げにはなりませんよね。ところが、そのように大事な役割を果たす物流を、単なる“コスト”と考える日本企業が実に多いのです。物流会社をまるで下請けのように扱い、相見積もりを取って安くたたけばいいとする慣習が、未だに残っているのはそのためです。

1962年に経営学者のピーター・ドラッカーがロジスティクスを“経済の暗黒大陸”と表現してその重要性を示唆した通り、これからの時代、「物流を制する者が市場を制す」と言っても過言ではないでしょう。 というのも、ドラッカーの言う通り、ビジネスとしておろそかにされがちな物流を経営資源として改めて見直すことこそが、企業成長のカギになるからです。裏返せば、物流コストの削減ばかりを狙うのではなく、むしろコストをかけてでも、新たな価値を生み出すよう戦略的に考えなければ、競争に勝てなくなっていくということです。

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インタビューに応じる角井氏
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イー・ロジット設立代表取締役の角井亮一氏
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Amazonは優れた戦略で世界一に上り詰めた

――具体的にはどういうことでしょうか。

角井:わかりやすい例がAmazonです。Amazonは自社のことを「ロジスティクスカンパニー」と呼ぶぐらい物流に力を入れている企業で、その戦略が功を奏して世界最大のEC企業になりました。

Amazonがロジスティクスカンパニーだということを如実に示すのが、利益率です。売上高が右肩上がりで伸びているのに対し、利益率は毎年低水準で抑えられている。これは、物流や配送に毎年2兆円近く費やすなど、利益の多くを物流関連の投資に回しているからです。そうすることにより、配送コストを下げて商品の低価格化を実現し、また、顧客に利便性の高い配送サービスを提供しています。

実店舗に比べて価格の比較が容易なネット通販において、商品の低価格化は特別大きな武器となり、来客数はみるみるうちに増えました。また、スピード配送サービスなど、他社ではできないサービスを提供し、他社から顧客を奪うことに成功しました。それで売上高は膨らみ、投資によってさらに物流が効率化され、また来客数が増え……と良い循環が築かれ、Amazonは急成長を遂げたのです。

具体的にAmazonがどういう戦略を取ったかというと、物流センターを増やし、しかも、それらをできるだけ消費者の近くに置くことで配送の距離や手間を省き、配送費を抑えました。ちなみに現在、日本国内にAmazonの物流センターは16カ所あります。

また、できるだけ商品を早く届けるために、独自の配送網の構築も進めています。ヤマト運輸や佐川急便のような宅配大手ではなく、小さな宅配会社「デリバリープロバイダ」に一定エリアの宅配を任せ、専用物流を構築してもらう。つまり、宅配大手のように、いくつかのターミナルを中継させてから個人宅に届けるのではなく、デリバリープロバイダの営業所にAmazonが倉庫から商品を運び、そこから直接個人宅に届けて、スピーディーに配達しているのです。

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Amazon物流センターの写真
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本国のAmazon物流センターエントランス(写真提供:角井亮一氏)
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宅配クライシスが日本企業の物流に対する意識を変えた

――日本にも物流重視の企業はありますか。

角井:アスクルは“明日来る”から転じてこの社名になったことからも、物流重視の姿勢が明確です。商品を翌日に届けるため、物流の効率化を磨き上げてきました。物流センターを8カ所、配送トラックを1,000台以上持ち、アスクルの荷物の約6割を子会社の「ASKUL LOGIST」が請け負うなど、独自の配送網を持っています。

また、人手不足対策として、自動で荷物をピッキングするロボットを物流センターに導入するなど、庫内作業の自動化にも取り組んでいます。とりわけ注目を集めているのが、2018年、大阪府吹田市に開所した「ASKUL Value Center 関西」です。最新鋭の設備を整え、24時間365日フル稼働する物流センターの実現を予定しているそうです。

ニトリの物流戦略もすばらしいです。製造から販売までを一貫して行うSPA(製造小売業)といえば、ユニクロや無印良品も有名ですが、ニトリは製造、販売に加え、物流まで自前で行っています。倉庫業務を担う9つの物流センターに加え、ラストワンマイル配送を担う78の配送センター(組み立て・設置)と7つの発送センター(宅配便)を国内に配置し、全国どこでも、スピーディーに商品を供給できるよう物流網を構築しています。

最先端テクノロジーの導入にも積極的です。2016年には、神奈川県川崎市内にあるネット通販向けの自社倉庫の一部を、ロボット倉庫「オートストア」に切り替えました(参考記事)。ここでは、ロボットにより商品の出し入れが自動で行われています。さらに2017年、大阪府茨木市の西日本通販発送センターに、無人搬送ロボット「バトラー」を79台導入。商品保管用の箱が、作業者の手元まで自動で運ばれるようになりました。

ニトリのように大型家具やインテリアを販売する場合、売って終わりではなく、お客さまの希望する場所まで届け、使える状態に整えて引き渡さなくてはいけません。要するに、物流なくしては成り立たないビジネスなので、ニトリが物流を重視するのは当然ともいえます。

そのほか、日本の企業は全体的に、宅配クライシスをきっかけに物流重視に傾きつつあるように見受けられます。ネット通販の急増による宅配ドライバーの負担増に、人手不足が追い打ちをかけ、サービスの維持が困難になった。それを受けて、宅配会社は2017年、配送運賃の値上げや総量規制に踏み切りました。この宅配クライシスによって痛い目に遭ったのは荷主企業です。その経験が多くの物流軽視だった企業に、物流の大切さを気づかせたのでしょう。

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インタビューに応じる角井氏
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ドライバーの人手不足にも、最適な物流戦略を

――やはり宅配クライシスが物流業界にとって最大の問題なのでしょうか。

角井:宅配クライシスは大々的に報じられ、社会にインパクトを与えました。これももちろん問題ですが、物流業界にとってより深刻なのは、長距離トラックドライバー不足の問題です。

宅配クライシスは、一般消費者を対象とした小口の配送サービスである宅配便の問題です。一方、長距離ドライバーが不足すると、物流拠点間を結び大量に輸送する幹線輸送が崩壊してしまいます。BtoCの宅配便は物流業界の一部分にすぎず、幹線輸送の輸送量の方が実は圧倒的に多い。問題が深刻というのはそのためです。

長時間労働のうえに賃金が安いイメージのある長距離ドライバーは、若い人に人気がない職業で、少子化のせいもあって思うように採用が進んでいません。そのためドライバーは年々減り続け、高齢化も進んでいるのです。

そしてその影響は既に出始めていて、特に繁忙期の12月は、幹線輸送会社から荷物を運べないと断られたり、納期が遅れたり、料金が値上げされたりしたケースもあったようです。この長距離トラックドライバー不足の問題は、まだ抜本的には解決に向かっていないのが現状です。

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幹線道路を走行するトラック
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――国は、長距離輸送トラックの自動運転化を目指し、トラック隊列走行の実証実験を進めています。トラックドライバー不足を解消する手段として期待されていますが、問題解決の切り札となりそうですか。

角井:技術面、制度面それぞれに課題があり、実用化にはまだ時間がかかるでしょう。ですから、当面のために、別の解決策を考えなければいけないと思います。

解決策のひとつは、長距離ドライバーの労働環境を改善し、悪いイメージを払拭して、若い人に仕事に就いてもらうよう促すこと。あるいは、いろいろ課題はあるでしょうが、英語での免許試験などを導入して外国人労働者をトラックドライバーとして受け入れるのも手でしょう。

また、拠点の分散も重要です。工場や倉庫を各地に新設して分散させ、輸送量そのものを減らすという発想です。工場を新設する費用が大幅に下がってきていることもあり、実際に拠点を分ける企業も増えてきました。

拠点の分散もその一例ですが、物流会社だけでなく、荷主側も物流の課題解決に向けて取り組むべきです。実際、配送運賃の値上げや総量規制など、自社の経営に影響が出ていて、もはや無視できない状況でしょうし、それぞれが力を合わせないと解決できない大きな課題だと思うのです。

そのためには、物流の重要性を知り、みなが真剣に考えることです。そう思い、ボランティア精神で物流に関する書籍を27冊書いてきました。物流に関する知識を身につけて各社が最適な物流戦略を取り、利益の増大や、物流の課題解決に役立ててもらえればと願っています。

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イー・ロジット代表取締役兼チーフコンサルタントの角井亮一氏が提唱する「戦略物流」とは、宅配クライシス、ドライバー不足、物流コスト上昇などの諸問題を解決するため、物流を単なるコストではなく経営資源と見なして利益をもたらす方法だ。本記事では、現状を打破する「戦略物流」の必要性について角井氏に伺う。
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コンサルタント・角井亮一氏が提唱する、ECや人手不足で激動する業界における「戦略物流」の必要性
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コンサルタント・角井亮一氏が提唱する、ECや人手不足で激動する業界における「戦略物流」の必要性
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取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真:中村宗徳