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日本の海事業界における新たな取り組み「IoS(Internet of Ships)オープンプラットフォーム」(以下、IoS-OP)が始動し、世界から注目されている。IoS-OPは船舶の運航に関するデータを一元化して共有するための共通基盤だ。日本郵船、商船三井、川崎汽船などの海運大手をはじめ、造船所、機器メーカーなど55社がすでに会員企業としてこの取り組みに参画している。船舶の国際的な検査機関「日本海事協会」の子会社で、IoS-OPを推進する株式会社シップデータセンターの森谷明 企画・営業部部長に、海運業界の潮流を変える可能性を秘めたIoS-OPについて聞いた。

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日本の海事業界の世界における存在感と、船舶のデジタル化への課題

――日本の海事産業の世界におけるポジションや役割を教えていただけますか。

森谷:海事産業とは、海運や造船、そして船舶機器の製造と供給を行う舶用工業といった、海に関わる産業全般を指します。日本は貿易国として発展してきた歴史を持つことから、さまざまな海事関連企業が国内に集積しており、世界的に見ても特殊な地域なのです。

日本の造船は世界シェア3位で、舶用工業の分野でも世界トップクラスの競争力を持っています。加えて、第三者機関として船舶の検査やISOの認証事業を行う「日本海事協会」は、全世界の主要な港や海事都市に計130カ所以上の検査事務所を有しており、世界シェア2位の位置にいます。

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株式会社シップデータセンター 森谷明 企画・営業部部長
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株式会社シップデータセンター 森谷明 企画・営業部部長
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――「IoS-OP」の設立に至るまでの経緯として、日本の海事業界にはどういった動向があったのでしょうか。

森谷:海事業界のデジタル化は陸上に比べて遅れていました。この主な要因は、船は海上を航行するため衛星通信に頼らざるを得ず、通信コストが高くなってしまうことです。また、一度出港したら海の上で孤立状態になるため、万が一機器の故障が起こっても海上で船員が修理できるものでなくてはならず、耐久性も重要な要素です。現在は高い安全性を求められるタンカーなどのエネルギー輸送船や、定時運航を求められるコンテナ船などにおいて、徐々にデジタル機器の導入が始まっている状況です。

技術革新にはデータの標準化など基礎的な対応が必要不可欠

――デジタル化の中で、費用面の他に挙げられる課題は何ですか。

森谷:船上から取得されるモニタリングデータの収集と分析です。デジタル機器の性能を高めていくためには、機器を使用した船舶の運航状態を造船所やメーカーが観測して、得られたデータを分析していかなければなりません。船のスピードや方向、位置、メインエンジンの回転数、発電機の動きといったさまざまな運航データが存在します。

機器メーカーなどにとってデータは財産です。自分たちが製造した機器がどのような稼働状況にあるのか把握できれば、故障する前に部品を提案するなどのアフターサービスが行えます。実際の使われ方を見て製品にフィードバックし、さらには新製品の開発に役立てることも可能です。

しかし同時に、それらの情報は機器を使用する海運会社にとっては重要なノウハウでもある。外部にデータを共有することで、競合他社に情報がもれて自社の損失となる可能性があるのであれば、データの共有は行われません。イノベーションの可能性があるにもかかわらず、そのための材料となるデータを造船所や機器メーカーなどが収集することに大きな壁があります。

森谷:また、陸上にある会社が船上のデータを利用するのは容易ではありません。理由は複数あり、一番の原因は船舶に搭載されている機器やセンサーから発生するデータ名称の標準化がなされていないこと。例えば自動車業界ですと、車種によって搭載されている機器の仕様が明確であるかと思います。しかし船は大量生産品ではなく受注生産なので、一品一様です。例えば同じ造船所が製造した船であっても、エンジンや発電機はそれぞれ別のメーカー製のものが使われるケースが多い。機器メーカーが異なると、例えば温度計測器のデータ名称が「temperature」と「temp.」でブレが出てくるといったことが起こるため、コンピューターが数値を正しく読み解くことができません。やっとデータを取ってきたとしても標準化するのに労力がかかり、非常に効率が悪いのです。

日本発信の国際規格の登場で、データ利活用の可能性が広がる

――そういった背景があって、モニタリングデータを収集するための環境整備へのニーズが生まれたのですね。

森谷:デジタル化による技術革新への期待から、データの価値が認識されるようになりました。まず動いたのは、機器メーカーの集合組織である「日本舶用工業会」です。2010年に「スマートナビゲーションシステム研究会」を立ち上げてデータ活用のためのルールの策定に乗り出し、2018年10月には、「ISO19847」「ISO19848」という2つの国際規格が認められました。ISO19847は船上サーバーの機能や性能要件を規定し、ISO19848はソフトウェアの部分、機器間・システム間でやりとりされる各種データ名称の構造や定義を規定し、さらにデータ名称に必要となる辞書を標準化しました。

これらの規格により、船のデータ活用の分野における新規事業の参入障壁は格段に下がりました。今後はデータ収集のための機器を製造する専業メーカーや、そのデータを利用したアプリケーションソフトを提供するソフトウェア会社などの参入が予想されます。こうして日本からの発信により国際標準が生まれ、日本の海事業界が世界におけるデジタル化をリードしていくなかで、日本海事協会は2015年にシップデータセンターを設立し、データ利活用のプラットフォーム「IoS-OP」の構築を始めたのです。

データのアクセス権をコントロールして秩序ある共有を

――IoS-OPとはどのような仕組みなのでしょうか。

森谷:船舶の運航データを、秩序を持って会員企業に共有していく共通基盤です。秩序とは、データ保有者が安心してデータを提供できるようにするために、データ提供によるデメリットが起こらない環境を明確にすることです。そのために、データ提供元の競合他社には情報を流さないといったルール作りや、契約書類の整備を行います。また、例えば新規参入した小さな企業が大企業に対してデータ提供の交渉を試みたとしても、信用を得られず話すら聞いてもらえないケースが多い。しかし共通基盤として関係者間で合意された契約書を用意しておけば、お互いの契約書文面に関する交渉をスキップできます。あらかじめデータ利用者属性と利用目的を設定し、会員企業の間で合意をとることで、安心してデータを提供できる状況となります。

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株式会社シップデータセンター 森谷明 企画・営業部部長
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――会員企業とは何ですか。

森谷:IoS-OPのサービスを利用するためには、私たちの会員企業として共にルール作りを一緒に行っていただく必要があります。実際に船舶IoTデータの利用や流通過程に関わる事業者には、当社の審査を経て登録を行うという仕組みです。IoS-OPは収益事業というよりも、会員と共同で運営する、データ流通を目的とした組合的組織だと言えます。

会員企業の枠組みについては、経済産業省が策定した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を元に、データオーナーシップや契約にかかる事項を整理しました。その上で、データ流通に関わるユーザーをそれぞれの役割によって分類しています。まずはモニタリングシステムを導入した船舶の所有者などが「プラットフォームユーザー」で、データのオーナーシップを有する立場にあります。続いて、当該船舶にてデータを収集するサーバーを提供するのが「プラットフォームプロバイダー」。そして衛星通信を通じてサーバーから得たデータを保管して、利用者に対して提供を行うのが私たちシップデータセンターです。異なる名称のデータが集まった場合はISO19848をベースにした名称に変換したり、データ収集時の船の位置にひもづいた気象情報を日本気象会から受けとって付加したりといった、データを利活用しやすい状態へと整備する活動も行っています。

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情報流通のイメージ
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IoS-OPでは、データ収集、活用に関わるステークホルダーを整理し、それぞれの役割を定義することで、目的、責任、義務を明確にし、合意されたデータ流通ルールを策定
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森谷:収集したデータを利用する事業者には3種類あります。すでに製造した自社製品へのフィードバックのためなどにデータの利用権を購入するのが「データバイヤー」。データ分析・解析などのアプリケーションソフトといった、データに付加価値をつける事業を行うのが「ソリューションプロバイダー」。彼らが解析したデータを利用するのが「ソリューションユーザー」です。利用者はデータの権利を持つプラットフォームユーザーからの合意を得た場合にのみ、利用料金を支払ってデータ利用権を購入します。私たちシップデータセンターは彼らの契約の代行者となり、事務費用を差し引いた金額をプラットフォームユーザーに渡します。これが一連のデータ流通のプロセスです。

――厳格なルールのもと、安心してデータをやりとりできる環境を整えられたのですね。実際の運用はシップデータセンターによって行われているのでしょうか。

森谷:企業をまたいだ共通基盤においては、公平性・信頼性・独立性が不可欠です。2018年5月、会員企業によるコンソーシアムを立ち上げて、現在はこの組織がIoS-OPの運営を担っています。各企業の役職者が運営方針を決定するほか、3つのワーキンググループが存在します。利用規約などのルールの検討と策定、新技術の実証試験に使用できるテストベッドの提供、ルールを普及させるための広報活動というように、それぞれのグループで役割を分担して、協議の中で会員企業の意見を反映させながら意思決定をしていきます。企業間の連携を基軸にして活動するのはIoS-OPが世界唯一です。経済産業省が推進するConnected Industriesのコンセプトを実現させる取り組みだといえます。

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仕組みづくりと人材育成の両輪で、海事産業の発展を目指す

――企業連携の理想的なモデルですね。課題としては何がありますか。

森谷:人材の育成です。データを利用するにはまずデータの分析が必要ですが、分析者となる人材が圧倒的に不足しています。現在私たちが積極的に取り組んでいるのは、「海事データサイエンティスト」を育成するための社会人向けの講座や、海事関係大学院の学生に向けたインターンシッププログラムです。従来の育成講座とは異なり、実例や実データに基づいた具体的で実践的な教育を行い、現場で活かせるスキルやノウハウを継承していくことを目的としています。

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株式会社シップデータセンター 森谷明 企画・営業部部長
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――今後の海事業界はどのように進化していくとお考えですか。

森谷:現在は共通基盤の普及段階にありますので、まずはこれを定着させるのが目標です。国内企業だけでなく海外の企業の参画も促して、世界で通用するものにしていくこと。さらにそこで活躍できる人材を育成するという、まさしく業界の土台づくりです。

デジタル化とICT化によって、知恵の勝負が始まりました。陸上で起こったイノベーションをいかにして船の世界に当てはめていくか。期待される技術の1つに、船舶運航の自律化があります。自律運航システムによって船員をサポートするシステムで、国土交通省が施策を進めています。また日本海事協会では、船の検査における国際条約のデータ検証・承認に活用できるアプリケーションの提供が議論されています。今後はデータを活用して新たな付加価値を生み出す活動が次々と生まれていくでしょう。

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日本の海事業界における新たな取り組み「IoSオープンプラットフォーム」が始動し、世界から注目されている。IoS-OPは船舶の運航に関するデータを一元化して共有するための共通基盤だ。株式会社シップデータセンターの森谷明氏に、IoS-OPについて聞いた。
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シップデータセンターが推進する世界初の取り組みとは?――日本の船舶IoTの共通基盤を
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