6年間赤字続きで破綻寸前だった金型メーカー「安田製作所」(山形県河北町)が、製造業向けコンサルティング「O2」による買収を契機にみるみる業績を伸ばし、注目を集めている。安田製作所は2014年に買収された後、「IBUKI」へと社名を変更。大胆な組織改革が功を奏し、1年足らずで黒字へと転じ、2018年には「第7回ものづくり日本大賞」で経済産業大臣賞を受賞。まさに“息吹”を取り戻したのである。長年蓄積してきた金型の優れた技術を根絶やしにするわけにはいかない――。その切実な思いから改革を牽引したのは、O2およびIBUKIの代表である松本晋一氏だ。デジタル化とオープンイノベーションを中心とした組織改革はいかに進められたのか。
金型
金属製の型。プラスチックや金属、ガラス、ゴムなどを溶かして金型に流し込み、凝固させることで所定の形にする。同型品を多量に作れるのが特徴。
デジタル化がIBUKI経営再建のカギに
――初めに安田製作所(現IBUKI)を買収した投資ファンドは、うまく再建できず、早々に撤退しました。ところがO2は、買収後たった1年で見事に経営を立て直しました。どのような方法で組織改革を行い、黒字化、高収入化を実現させたのですか。
松本:オープンイノベーションとクローズドイノベーションの両輪で競争力を高めていきました。そしてその方法で、特に力を入れて推進したのがデジタル化でした。
オープンイノベーション
企業内部だけではなく、他社など異業種・異分野のもつ技術やアイディアなどを組み合わせ、革新的なビジネスモデルにつなげるイノベーションの方法。
クローズドイノベーション
企業内部の経営資源だけを活用して価値を創造するイノベーションの方法。
かつて計算にそろばんを使っていたのが、電卓、エクセルへとツールが進化し、ミスなく短時間で計算できるようになりましたよね。それと、工場のデジタル化を進めることとは同義です。デジタル技術を使って人の作業の無駄を省き、創造やコミュニケーションなど人にしかできない仕事にもっと注力できるようにしないと、これからの時代、企業の発展は望めないでしょう。
松本:また、テクノロジーを活用しないと、ものづくりの技術伝承が難しそうだと感じたことも、デジタル化推進のきっかけでした。職人から加工などの技術を学ぶのには、一般的に10年も20年もかかるため、今の若い人たちではなかなか続きません。一人前に育つ前に、音を上げて辞めてしまう。なによりも、時代の変化が激しいので、技術伝承に以前ほど時間を割けなくなりました。それなら、技術伝承を人から人にではなく、人からAIに行えばいいのではないかと思いました。AIに技術を蓄えることで、後世につないでいこうと考えたわけです。
職人の知見や技術を“教師データ”としたAIを独自に開発
松本:匠の技を形式知化した「ブレインモデル」というネットワーク図を作り、それとAIとを連携して技術伝承を行いました。このAIソリューション「ORGENIUS」は、O2のグループ会社「LIGHTz」が開発しました。
ブレインモデルとは、簡単に言えば、ベテラン技術者の思考をネットワーク図として表現し、誰もが知見や技術を活用できるようにしたものです。ブレインモデルは、ある加工の不具合に関して、考え得る複数の原因や、原因特定のためにはどういう情報が必要かなどについて、職人に細かくヒアリングして、引き出した知見の複数の要素について、繋がりを図にするといった具合で可視化して作られます。ちなみにAIには、人間が使う言語をそのままコンピューターに処理させる言語解析型と工学系の辞書をハイブリッドさせたLIGHTz独自のアルゴリズムを採用しています。職人の持つ暗黙知、つまり感覚的な部分までもAIに組み込むためです。
松本:ORGENIUSは、社内だと、見積り算出のための情報探索において活用されています。見積りは、過去の金型製造実績から類似した実績を探し出し、その見積りを参考にすれば簡単に作成できます。しかし、見積り作成を1人のベテランに依存し、かつ、データとして残せていなかったため、過去実績の探索が若手技術者にはかなり難しい。その理由は、例えば顧客から送付された見積り図面に特異形状(通常の金型にはないその金型特有の部品)があった場合、その特異形状のみをキーワードとして過去実績データをパソコンで検索しても、合致する情報がなかなか得られないからです。
そこで役立つのがORGENIUSです。ORGENIUSを使って情報探索すれば、ベテラン技術者の知見ネットワークに基づき、周辺の情報にも目を配った検索が行われるため、類似した実績を簡単に見つけ出せるのです。ORGENIUSの導入から約1年が経ちますが、半日がかりだった実績情報の収集が、30分程度にまで短縮する例もあるなど、一部の見積り作業は大幅に効率化されました。現在は、AIの計算結果と実績データの乖離を学習させて精度を上げている段階です。
松本:ほかに、「IoT金型」にもORGENIUSが搭載されています。IoT金型は「村田機械」が開発したもので、金型に位置センサーや温度センサー、圧力センサーほか8種のセンサーが埋め込まれています。
金型は、できあがった型に樹脂を流し込んで成形トライをしてみて、不具合があれば金型修正をしていくというのを数回繰り返して、ようやく納品に至ります。不具合は、成形品のソリや、ヒケ、ウエルドなどさまざまですが、職人は経験に基づく勘で金型に修正を加えていきます。
ヒケ
工業製品において材料が起こす成形収縮によって生じるへこみ、くぼみ。
ウエルド
金型内で溶融樹脂が合流する部分で脆弱になりやすい箇所。
松本:勘での判断になるのは、成型中、金型の内部が見えないからです。ベテランは、見えずとも樹脂の動きなど金型内部の様子がわかるといいます。そして、その感覚を頼りに不具合の原因を探って、金型に修正を加えます。
これは優れたノウハウである一方、勘や経験のない若手には到底真似できず、技術伝承も極めて難しい。また、勘に頼るこの方法だと、修正が一度で完了しない場合が多く、修正回数がかさんでしまう点も問題です。
松本:それらの課題を解消するために作ったのがIoT金型です。複数のセンサーを金型に埋め込み、成型中に金型内部で起こっている現象を数値化し、事細かに把握できるようにしました。さらに、ORGENIUSが搭載してあるので、成形の不具合に関する分析をAIで行えます。改良を重ねたIoT金型がようやく完成し、外販も検討中です。
数々のオープンイノベーションで組織を変える
――御社のオープンイノベーションの取り組みについて教えてください。
松本:技術提携などは多数行ってきましたが、いま力を入れている研究開発に、金型チューニングに関する熟達者知見のAI化による 「機差・環境差推定アルゴリズム開発」があります。これは山形大学や三菱自動車などと協力して進めていて、「戦略的基盤技術高度化支援事業(サポートインダストリー事業)」として国から支援もされています。
松本:というのも、金型による射出成形は、プラスチックを充填する射出成形機の個体差と、成形する場所の温度や湿度、取り付け方法などの環境差により、成形条件を変える必要があります。つまり、成形機のシリンダーの温度や金型の温度、射出速度など複数の条件を微調整しなくてはならない。このチューニングに関するベテラン技術者の知見をAI化し、機差、環境差を推定するAIを構築しようと試みているのです。
松本:この研究は、グローバルで製造を行う企業にとっては大変うれしいシステム開発になります。というのも、自動車会社は、日本のみならず、アジア、アメリカ、アフリカなどさまざまな土地で生産されます。生産には日本や中国で作った金型が使われますが、移管の際に現地の環境に合わせチューニングが必要です。しかし、チューニングは現地の技術者では対応できず、日本から技術者を派遣していました。環境差が出荷段階で推定できていれば、それを参考に現地のスタッフでもチューニングができるようになります。そうすると、わざわざ日本の技術者を海外に派遣しないでもすむようになるのです。
中小製造業を盛り上げていくためにもIBUKIを成功モデルに
――買収から組織のマインドを変えていくなかで苦労したことはありましたか。
松本:企業を、経済を盛り上げていくためには、やはりデジタル化と同じぐらい人の力を活かすことも重要です。
私がIBUKIに初めて来たころは、会社全体の雰囲気が暗く、ネガティブな発言をする社員も多かった。例えば、「できます」と引き受けた仕事ができなかった場合には、取引先に怒られるので、保身のためはっきり約束するのを避ける傾向にありました。「できないと言うと言いわけが出る。できると言うと知恵が出る」と社員一人ひとりに繰り返し伝え、意識改革を図りました。できない言いわけを探すよりも、「できます」と明言して、どう約束を果たすかを一生懸命考える方が断然建設的です。
松本:そうするうちに、社員は明るく前向きになり、それとともに売上も飛躍的に伸びました。ポジティブな雰囲気に魅力を感じて、当社を選んでくれる取引先も増えました。意識改革だけで、恐らく1.5倍ほどにまでに売上を押し上げたのではないでしょうか。また、生産性も目に見えて高まりました。
――今後の目標についてお聞かせください。
松本:私たちO2がIBUKIの前身である安田製作所を買収したのは、日本のものづくりの優れた技術を失いたくないという思いからでした。安田製作所は、1933年創業の歴史ある金型メーカーで、長年培ってきた独自の加飾技術を持っていました。会社が倒産して、その技術がなくなってしまうのはとても惜しいと思ったのです。
日本には安田製作所と同じように、優れた技術やノウハウを持ちながらも、経営に苦しむ中小企業がたくさんあると思います。きれいごとを言うようですが、IBUKIを再建することで、中小製造業の勝てる経営モデルを示したい。まずはIBUKI を1つの成功モデルにすべく、デジタル化とオープンイノベーションで事業をより発展させていきたいと思っています。