わずか9名の社員で、ドローン業界に技術革新をもたらす「エアロネクスト」。重心制御技術「4D Gravity®」を発明した同社が目指すのは、ドローン業界全体の技術を底上げし、そこに新たな産業を成立させることだ。どんなビジネスにおいても、市場のないフィールドで自社の利益を確保しながら、それまでなかった産業を育てていくために重要なのが、知的財産(IP)に対する戦略だという。田路圭輔(とうじ けいすけ)代表取締役CEOは「優れた技術をただ持っているだけではだめ。エアロネクストの特徴は、無形資産である知的財産の価値向上を経営の要にしている点です」と話す。同社が展開するビジネスモデルと、社会に対して働きかける取り組みとはどのようなものなのか。
特許ポートフォリオこそが経営戦略の要
――「ドローン・アーキテクチャー研究所」である御社が、他のドローンメーカーと異なる点はどこでしょうか。
田路:私たちの事業の中心は技術の研究開発です。ドローンを製造・販売するのではなく、ドローンを作る際に必要な技術そのものが弊社の「プロダクト」であるという考え方です。
具体的には、物流、警備、測量といった産業セグメントごとにパートナー企業と提携し、機体のプロトタイプとユースケースを組み上げる。そしてそれぞれの産業でのリーディングカンパニーとなる企業と契約を結び、技術を浸透させていきます。なぜこの方法を取っているかというと、特に国内においては産業用ドローンのマーケットがまだ存在しないからです。すでに複数の企業と話が進んでいます。
私たちは技術を売り出すためのコア戦略として、「知的財産」を重要視しています。つまりは特許です。エアロネクストは設立からまだ1年半程度ですが、その期間に百数十件を超える数の特許を出願しています。それはほとんどが、重心制御技術「4D Gravity®」に関するものです。
――なぜ百数十件もの特許が必要なのですか。
田路:特許というのはとにかく数を持たないと意味がありません。企業が「新技術の特許を登録しました」と発表したとして、それがたった1件だけでは何も持っていないのと同じことです。なぜならば、その気になれば他の企業がいくらでもその特許を「迂回」したり、無効化したりが可能だからです。ある特定の技術を「製品」として外部に流通させるためには、その周辺の技術を丸ごと特許として保有しなければなりません。目安としては100件以上持ってはじめて、特許の価値が市場での競争力として現れてきます。この特許群を「ポートフォリオ」と呼び、私たちの経営戦略の要としています。
メーカーの場合はなかなかこの発想に至らない。自分たちの技術を自社のみで使うことを前提としているため、自社製品に関わる技術にしか目が行かないからです。加えて、費用面において現実的にこのような出願が難しいという問題もあります。特許というのは通常、弁理士に代理出願を依頼して、煩雑なプロセスを経てようやく登録の手続きに進みます。そして1件の登録につき100万円程度のコストがかかってしまう。特にベンチャーでは、そこまでの投資ができる企業は少ないでしょう。
そこで私たちが採用したスタイルは、マネジメントチームに特許の専門家である「CIPO」(Chief Intellectual Property Officer/最高知財責任者)を置くこと。これは特許ポートフォリオを作成するプロフェッショナルとしての役職です。
仕事の流れとして、まずは機体のコア技術の発明があります。するとCIPOがそれに付随する特許を設計して、一度に大量の特許出願を行うのです。1つの技術につきおよそ50から100程度の周辺特許が生まれ、集まった特許を技術と合わせてパッケージングして、4D Gravity®のブランドとして市場化するという仕組みです。
こういったライセンスビジネスの考え方は、コンピュータ業界では常識とされており、半導体メーカーのインテルなどがマーケティングモデルとして採用しています。それをドローン業界でやろうというのが私たちの試みです。
「電子番組ガイド(EPG)」から学んだ知的財産ビジネス
――CIPOという役職は日本では聞き慣れませんが、どのような経緯でこの発想にたどり着いたのでしょうか。
田路:私の前職での経験が大きいですね。もともと私は電通で仕事をしており、メディアエンタテインメント分野でビジネス開発をしてきました。その後、会社を設立して始めたのが、番組表をテレビの画面に表示する「電子番組ガイド(EPG)」のシステムです。今となってはどんなテレビにも必ず搭載されている機能ですが、デジタル放送の黎明期には、新聞のテレビ欄をチェックしながら録画したり、リモコンでチャンネルを変えていた時代がありました。
電子番組ガイドはまさに特許の塊であり、知的財産ビジネスです。この技術が爆発的に普及したきっかけは、テレビの録画装置がVHSからハードディスクレコーダーに移ったことでした。デジタル放送によって番組数が激増した上に、レコーダーに録画できる容量も格段に大きくなったので、番組情報をデジタル化して効率的に管理するためのシステムが求められました。テレビのリモコンに付いている「番組表」のボタンを生み出したのも私の会社です。
そうして18年続けた社長職を退いて、たまたま出会ったのがドローン業界でした。ドローン関連の企業を数多く見ていく中で、エアロネクストの4D Gravity®の技術は群を抜いて優れており、これをうまく世に広めていくことができれば社会を変えられると確信し、経営に参画しました。テレビとドローンは一見すると全く市場は違いますが、知的財産という領域においてやることは共通しています。過去のノウハウを活かして取り入れたのが、特許手続きを内製化するCIPOの仕組みです。社内にCIPOを置くことで、私たちの会社は知的財産という領域を重視し、専門性を持って取り組んでいるという姿勢を外部に見せることもできます。
――田路社長がエアロネクストの代表取締役CEOに就任されたのは2017年11月ですが、かなりハイスピードで4D Gravity®の認知が進んでいる印象を受けます。世に広めて新しい流れを作るという点では、具体的にどのようなことをされているのですか。
田路:ビジネスのセオリーとして、自分たちが「すばらしい技術なのでどうか使ってください」と売り込んでいるうちは何も始まりません。周りの誰もが4D Gravity®のメリットを理解し、「今の社会には絶対にこの技術が必要である」という世の中の空気を作り出せば、チャンスは向こうから自然と訪れます。電子番組ガイドのシステムがテレビの標準機能になったのと同じことです。
今はそのための第一段階として、国内外でのピッチコンテストに多数出場し、次々と賞を勝ち取っています。ピッチコンテストは、スタートアップ企業が投資家に向けて新しいアイデアや技術をプレゼンテーションするための大会です。そこではこれまで、ソフトウェアの開発会社が賞を獲得することが多かったのですが、私たちのようなハードウェアのものづくりが脚光を浴びたという点において、2018年はドローン産業にとって意義の大きい年だったと考えています。
昨年10月に幕張メッセで開催された見本市「CEATEC JAPAN 2018」では、いくつもの大手電機メーカーが出展する中で、ベンチャー企業として初めて「CEATEC AWARD 2018 経済産業大臣賞」を受賞しました。同年11月には、“ドローンの聖地”と呼ばれる中国の深セン市のピッチコンテストで第3位入賞と知的財産賞のダブル受賞を果たしました。さらに今年の1月には、米国ラスベガスで開催される世界最大級の見本市「CES 2019」に出展を果たし、海外展開に向けての動きを加速していきます。
社会インフラを整え、新しい産業の種を育てる
――ライセンスビジネスに特化した企業として、御社には今後どのようなビジョンがありますか。
田路:4D Gravity®の独自技術は、新しい産業が生まれるための「種」となるものです。この種を元に産業を育てるのが私たちの責務なので、そこに最大限のリソースを投じます。社内のスタッフはわずか9名で、開発やファイナンス、特許など、それぞれの分野におけるプロフェッショナルしか抱えていません。「自分より優秀な人しか採用しない」というのが私のポリシーです。
エアロネクストはものづくり企業であると思われがちですが、実際はものづくりとは最も遠いところに業務の軸があります。製造、販売、メンテナンスなどは一切行いません。それらはライセンスアウトして各分野のプロフェッショナルに任せるというのが私たちの基本的なスタンスで、そのためにパートナー企業と組むのです。ドローンにおけるサプライチェーンの上流を整備して、下流にある顧客に面した企業のイノベーションを呼び起こすというイメージです。
――実際にはどういった企業とのパートナーシップを考えられているのですか。
田路:現状での方針として、特定の企業に集中して製品開発に取り組むのではなく、「社会全体に作用する社会インフラをつくる」というコンセプトで進めています。例えば、24時間宅配可能なドローンを社会実装するにあたっては、そのドローンが安全に離発着するための場所が必要です。マンションの屋上に場所を設置するのか、それとも新しい何かを建設するのか。そういったサービスプラットフォームを整えることができる企業との提携を優先的に考えています。
並行して必要なのは、ドローンに対する既成概念を捨てて新しい機体開発に取り組んでもらえる、ものづくり企業の協力です。一例として、東京都墨田区のインキュベーション施設である「ガレージスミダ」との提携が挙げられます。こういった施設でドローンの機体製造を行い、技術やノウハウを醸成して、ゆくゆくは量産に向けての体制を整えていくことが理想です。
エアロネクストが行っている手法は「わらしべ長者」のようなものです。ビジネスとは自分たちが持つバリューをどんどん大きくしていくこと。4D Gravity®の確かな技術をベースに、パートナーと提携してそれが活かせる環境をつくり、社会の向きを少しずつ転換していくことで、1本のわらを1頭の馬に、ゆくゆくは立派な城に変えていくのです。今は目の前に大きな道筋が見えたところで、今後はこの道を着実に進んでいくだけですね。