トラックドライバー不足や宅配クライシスによる荷受量の総量規制、送料値上げなど、国内物流における課題は山積みだ。そんな中、国はどのような政策を立て、物流崩壊の危機を乗り越えようと戦略を練っているのか。サプライチェーン全体をつないで情報を連携することで危機を乗り越えようと試みる、物流分野の課題解決の専門部署である経済産業省商務・サービスグループ物流企画室の三藤慧介室長補佐に話を聞いた。
物流事業者だけでは解決できない課題
――経済産業省内で物流政策室が担う役割は何ですか。
三藤:物流企画室は経済産業省の中で唯一“物流”が名前に付く部署です。物流政策は、国土交通省の取り組みだと思われているかもしれませんが、実は経済産業省も推進しています。
三藤:経済産業省の所管は産業全体で、物流事業者やメーカー、卸、小売など、サプライチェーン全体の効率化、高度化という視点から物流の課題を扱っています。
――物流といえば、宅配便のサービス維持が難しくなった「宅配クライシス」が社会問題となっていますが、なぜこのような事態になったのでしょうか。
三藤:EC(電子商取引)の利用拡大が大きな原因として挙げられるでしょう。2016年にはEC 市場は15.1兆円に上り、それに伴い、宅配便の年間取扱件数は、2011年の34億個から2016年には40億個まで急増しました。また、日本の人口は2011年を境に減少に転じていて、生産年齢人口は2012年に8017万人だったのが、2017年には7596万人まで減少する中で、トラックドライバーも高齢化や人手不足の問題が深刻化しています。
このように宅配便急増とドライバー不足とのギャップが拡大して起こったのが、いわゆる宅配クライシスです。それを受け、宅配会社の荷受量の総量規制や送料値上げが相次ぎました。さらに、BtoB領域の物流においても、BtoCの宅配便と同じようにドライバー不足や高齢化に加え、物流業界を取り巻く力関係によって積載率が約40%にまで落ち込んでいることが大きな問題になっています。
それらの課題を解決するためには、物流を効率化、高付加価値化することが不可欠ですが、物流事業者単独の取り組みだけでは限界があるのです。
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物流の課題解決にはサプライチェーン全関係者の連携が不可欠
――物流事業者だけで課題を解決するのが困難なのはなぜですか。
三藤:物流は生産と消費の間に必ずと言っていいほど関わっており、そもそも分けて考えられるものではありません。そのため、物流を真に効率化、高付加価値化させるためには、運送事業者や倉庫事業者などの物流事業者だけでなく、メーカーや小売、消費者などの荷主、つまり、サプライチェーン全関係者の連携が必要になります。
ところが、情報を共有しようと思っても、そもそも情報が共有可能なデータの形式になっていないケースもあります。例えば、位置情報がリアルタイムで取得できているトラックは全体のごく一部です。また、物流事業者や荷主それぞれのデータの形式が異なるため、情報が円滑に受け渡しされていない状況です。具体的には、物が生産されると、生産拠点から一度倉庫に運ばれ、そこから小売店や消費者のもとに運ばれますが、そうした物流の各段階で検品や在庫管理が繰り返され、さまざまな情報が発生します。その情報を連携させるためには、物流事業者のみならず、業界の垣根を越えた協力が必要になります。物流事業者だけが汗をかいてもダメですし、荷主だけが汗をかいてもダメです。業界の垣根を超えた協力を実現させるためには、経済合理性に基づいた新たなビジネスモデルや商慣習の創出が重要なのです。
解決策の一例としては、荷主が「そろそろ商品がなくなるから送ってほしい」と、荷物の物量や発生タイミングを早い段階で物流事業者と情報共有できれば、物流事業者は無駄のない作業計画の作成が可能になります。また、こうして情報を共有することによって荷主の要望に対応できないといった事態も避けられるでしょう。
もう1つ、冒頭で申し上げた積載率の課題も物流事業者だけで解決するのは難しいのです。物流業界では、物の購入者であり荷物を受け取る着荷主の発言力が強く、物の販売者であり荷物を出す発荷主が次に続き、物を運ぶ物流事業者は最も立場が弱い。そんな関係性から、物流事業者は、発荷主と着荷主の要望に従って動かなくてはならず、着荷主に「明日までに荷物を持って来てほしい」と言われれば、たとえトラックの積載率が低かろうが、荷物を運ばざるを得ないのが現状です。
積載率の低さは物流分野の課題の1つですが、物流事業者のみの取り組みで積載率をコントロールすることは難しく、テクノロジーを活用しつつ、発荷主、着荷主の積載率向上に対する理解や協力を得ながら、経済合理性のある新しい商慣習を創造していくことが重要になります。
経済産業省が描く物流の課題解決のシナリオ
――物流企画室はそうした課題にどう向き合っているのですか。
三藤:情報連携や積載率の課題ように、関係者が多様だったり、利害関係が対立したりする場合には、関係者をいかにつなぎ合わせ、メリットやコストをどう配分するか、調整が必要になります。そうした調整は、サプライチェーン全体の最適化を考えられる中立的な立場にある者が主導するのが望ましく、我々も話し合いに加わらせてもらっています。
具体的には、情報取得・連携の課題に対しては、物流事業者のIT化促進やRFID (radio frequency identifier)の利用を拡大させる施策で改善を図り、積載率の課題解決に向けては、共同輸配送の推進などに取り組んでいます。
我々は、物流は製造や販売と同じように消費者に製品を届けるために欠かせない要素であり、本来分断すべきものではないという考え方に基づき、政策に取り組んでいます。例えば、物流と製造や販売が融合した企業のイメージは、ニトリやAmazon、アリババなどのビジネスモデルです。彼らは独自の物流網を築き上げ、製造から物流、小売までを自社で一貫して行っています。これをニトリは“製造物流小売業”と呼んでいますが、家具を販売するだけでなく、設置場所まで運び、組み立てて引き渡すところまでをサービスとしている。つまり、物流がサービスに組み込まれているビジネスモデルです。
日本の物流を取り巻く現状を考えるとすぐに実現することは難しいでしょうが、物流がサービスに組み込まれるのが当たり前になる社会の実現をゴールとして、物流の課題解決に向け、一歩一歩取り組んでいきたいと考えています。
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サプライチェーン全体をつなげることで物流を効率化・高付加価値化
――物流をサービスに組み込むビジネスモデルは、なぜこれまであまり広まらなかったのでしょうか。また、あえていま、それを経済産業省が広めようとしているのはなぜですか。
三藤:かつては、メーカーが物流子会社を持つなど、物流を内製化していました。しかし、物流費をいかに安くするかに主眼が置かれるようになり、物流はコストセンター化してしまいました。すると、物流を内製化していた企業も、物流子会社を売却するなど自社のビジネスから物流を切り離していったというような歴史があります。
しかし昨今、消費活動に大きな変化が起こりつつあります。“モノからコトへ”と言われるように、製品やサービスの機能的価値の消費だけでなく、一連の体験の享受が求められるようになりました。そうした中で、物流は単なるコストセンターとしてではなく、優れた体験を与えるためのサービスの一部として考えられるようになり、その重要度が増してきました。ただ単に届けばいいのではなく、ベストなタイミングで望む場所に届けてほしいとうように、物流サービスを消費者が重視するようになったのです。
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また、「人手不足でこのままではものが運べなくなる」と危機感を持つ荷主や物流事業者が一定数出てきていて、物流を効率化、高付加価値化するために、投資してでもIoTやデータなどを活用しようという動きが活発になってきました。物流の現場の情報化が進めばサプライチェーンは結びつきやすくなり、物流のサービスへの組み込みもしやすくなります。
つまり、我々が物流のサービスへの組み込みをゴールとして目指したいと考えるようになったのは、それを可能にする環境が整いつつあるからです。
――物流クライシスといった言葉も耳にしますが、お話しいただいた政策により回避できそうですか。
三藤: GDPの約5%を物流業界が占めていることからも明らかなように、物流は経済成長や国民生活を支える重要なインフラです。そんな物流を維持していくためにも、我々は危機感を持って物流の課題解決に取り組む構えです。
国内物流のうち、特に物流企画室が担うのは、物流を含めたサプライチェーン全体をつなげる役割です。旗振り役となることで、関係者間の連携を促し、物流の効率化と高付加価値化を実現させたいと考えています。そのためにできる支援は惜しまないので、民間の方々にも我々をどんどん使ってもらいたいと思います。