希望的な観測や意気込みを排除して、人口動態をもとに日本の未来の姿を描き、ベストセラーとなっている『未来の年表』シリーズ。その著者であるジャーナリストの河合雅司氏は、経済社会の血脈となっているサプライチェーンの未来をどう予測しているのか。今後避けなられない人口減少や高齢化社会に備え、河合氏は「便利すぎる社会からの脱却」「大量生産から少量生産モデルへの変換」を提唱する。そのためにサプライチェーンは「戦略的に縮むべきだ」とも言う。未来の日本で、豊かな社会を維持していくために、サプライチェーンに求められる使命とは。
人口減少・高齢化でサプライチェーンの維持が困難になる日本
——日本で進む人口減少が、ゆっくりと、でも確実に生活をむしばんでいく。河合さんはその現象を「静かなる有事」と名付け、警鐘を鳴らされています。人口減少は止まらず、やはりこのまま進んでいくのでしょうか。
河合:止まるどころか、加速していくと予測されます。2015年の国勢調査では、調査開始以来、初めて日本の総人口の減少が確認されました。「国立社会保障・人口問題研究所」の「日本の将来推計人口」(2017年)によると、2015年に1億2700万人だった総人口が、40年後には9000万人を下回り、100年も経たないうちに半分以下の5000万人ほどにまで減る推計です。このような急激な人口減少は世界史上類がなく、我々は歴史上極めて特異な時代を生きていると言えるでしょう。
加えて、高齢化も急速に進みます。2024年には、日本の人口の実に3分の1が65歳以上の高齢者に、2042年には高齢者人口が約4000万人とピークに達する見込みです。
——急激な人口減少や高齢化の影響で、サプライチェーンに今後どのような変化や問題が起こると予測されますか。
河合:働き手、社会の支え手である供給者と、マーケットを作る消費者のいずれもが減り、いまの形のままではサプライチェーンの維持が難しくなると思われます。特に、労働力不足は深刻です。既に問題は起こり始めていて、代表的なのがトラックドライバー不足です。
ドライバー不足を補う策としては、AIやロボットなどテクノロジーの活用が期待されていて、政府も推進しています。間もなく自動運転車が開発され、無人のトラックが走る日も遠くないとされています。
それが実現すれば、物流拠点間の輸送に必要なドライバーの人数を減らせるなど、省人化は進むでしょう。ただし、トラックに積まれた荷物の山からお届け物をより分け、それを玄関先まで運ぶ作業までを自動で行えるようになるわけではない。荷物を運ぶだけでなく、受け渡しまですべてを機械が代替する時代は当面来そうにありません。つまり、自動運転が実現したとしても、ラストワンマイルは人手が必要になります。
河合:ですから、すべてのテクノロジーが同じというわけではないにせよ、いろいろなところで語られている「労働力不足のすべてをテクノロジーでカバーしよう」という話には、まるでリアリティが感じられません。テクノロジーというのは、研究室で技術が確立されてから実用化段階を経て、実際に多くの人たちが気軽に使えるレベルに達するまでにどうしてもタイムラグが生じるものなのです。自動運転技術の例だと、受け渡しまで全自動でできるようになるのを待っていたのでは、どんどん進むドライバー不足の問題を解決する策としては間に合いません。
過剰サービスの見直しや少量生産モデルへの転換で戦略的に縮む社会へ
――何か根本的な解決策はありますか。
河合:コンパクトで効率的なサプライチェーンを構築し直す。つまり「戦略的に縮む」選択をすべきだと思います。サプライチェーン全体が必要とする働き手の規模を減らして、労働力を不足させないようにするのです。頭の体操として考えれば、仮に労働力人口が1000万人減ったとしても、社会全体として1000万人分の仕事量が不要になれば、労働力不足の問題は発生しませんから。
戦略的に縮む1つ目の方法に、「便利すぎる社会からの脱却」があります。過剰サービスを見直して、サプライチェーン全体の仕事量、労働時間を圧縮し、必要とされる働き手を減らすのです。
河合:24時間365日営業するコンビニエンスストアやファーストフード店など、日本の利便性は先進国の中でも突出しています。この利便性が日本の経済成長を押し上げてきたのは事実ですが、現在のレベルのサービスを提供するためには膨大な労働力が求められます。労働人口が減り、働き手も高齢化していく以上、そのようなビジネスモデルを続けるわけにはいかないでしょう。昔の通り不便な形に戻せというつもりはありませんが、不要不急のサービスは見直すべきだと考えます。
実際に過剰サービスを見直す動きは出始めていて、コンビニ最大手セブン-イレブン・ジャパンでは、フランチャイズ加盟店が人手不足から営業時間を短縮したことをきっかけに、24時間営業の見直しに踏み出しました。コンビニ業界全体でそうした動きが見られるように、深夜や日曜日には小売店を閉めるなど、まずは「24時間社会」の構想を手放すところから始めればいいと思います。
もう1つ、「大量生産から少量生産モデルへの変換」も重要です。日本は極めて国産品が多い国です。生産性が上がらない製品分野でも、そこで働く人の生活を守るためといった理由から、保護されてきた歴史があります。
労働力が十分確保できる時代はそうしたやり方のほうがよかったのでしょうが、今後はそうはいきません。人が足らないのですから、これまでのように何もかもを生産するのは無理です。それに、人口減少とともに、働き手だけではなく国内のマーケット、販売先は減り、モノが売れなくなるので、大量生産・大量消費を続けるのは不可能です。
そこで今後目指すべきは、生産品を得意分野に絞り込み、限られた人材をそこに集中的に投入して、成長産業を伸ばしていくことです。社会の豊かさの維持という観点からすれば、匠の技を活用した高付加価値なものづくりに注力するのも手かもしれません。大量生産から少量生産へ、量から質へと価値観を転換し、少人数で上質な製品を作っていこうというわけです。
河合:モデルは、少量生産、少量販売に成功しているイタリアなどの産業構造です。ファッション製品を中心に、かなり小さい村でもそれぞれ、世界のシェアを占めるような独自のデザイン力や技術力を持ちます。各々の村に世界中から注文が入るので、それに対して、自分たちが作れるだけの量を受注し、生産しています。
日本の地方企業や伝統工芸には、世界に通用する匠の技がいくつも眠っています。それらを活かせば、ジャパン・オリジナルのブランド製品を作ることが可能です。そうして高付加価値なものづくりに徐々にでも重点を移していけたのなら、働き手が減っても豊かさを維持できるのではないでしょうか。
一方で、いま多くの経営者が、現状の売上を維持するために、従業員に生産性向上を求めています。しかし、人口が半数になればマーケットも半分に縮小するわけで、売上だって半分になるのは当たり前なのです。人口が減れば、売上も減る。その事実を受け止め、無理に頑張って現在の売り上げ数を維持しようとするのではなく、高付加価値なものづくりで高利益を得るビジネスモデルを目指すよう発想を転換してもらえるといいと思います。
「ドット型国家」形成の担い手になることをサプライチェーンに期待
――河合さんが提唱される「便利すぎる社会からの脱却」「大量生産から少量生産モデルへの変換」というようにサプライチェーンが変化していくためには、どのような心がけが大切ですか。
河合:業界全体で、戦略的に縮む選択をできるかどうかがポイントでしょう。1社、1業種だけでも、現状維持、あるいは経営規模の拡大を目指そうとすれば、サプライチェーンそのものが崩れていくと思っています。
モノが生産され消費者にわたるまでには、製造業者や物流業者、小売業者など多くの企業間の連携が不可欠です。そのためサプライチェーンにおいては、みなが同じ方向を見て、同じビジネスモデルを選択しない限り、なかなか新しい仕組みが構築されないのです。
河合:サプライチェーンを支えるテクノロジーについては、高齢者の使い勝手をよく意識したうえで開発を行ってもらいたいと思います。というのも、今後高齢化が進むわけですが、高齢者は若者のようには、うまくテクノロジーを使いこなせないからです。 例えば自動運転技術なら、トラック輸送を担うのは、若い運転手だけではなくなってきています。50代、60代のドライバーの運転をいかにテクノロジーでサポートしていくのか。そうしたことを真剣に考え、若者だけでなく年配者のニーズにも合う技術を開発する必要があると考えます。
――人口が減少する時代においてもなお豊かな社会を維持していくために、サプライチェーンに期待することはありますか。
河合:この先、1人暮らしの高齢者が点在する過疎地域が日本中に広がると見込まれます。2035年になると、人口が6500人に満たない自治体が453を数え、それらの地域では、銀行や介護事業所、病院ですら経営が厳しくなると国土交通省が予測しています。
物流に関しても、僻地にバラバラで暮らしている人たちにモノを運ぶとなると、相当大きな労力が必要になるため、過疎地域で物流サービスをどう維持していくかは、今後大きな課題となるでしょう。
このように将来、国民生活が極度の不自由に陥らないように、人口減少や高齢化が進む地方の社会システムを根本から作り直すことがいま求められています。そこで、私が提唱するのが「ドット型国家」への再編です。
ドット型国家というのは、少人数でも高い利益を上げられるビジネスが存在し、高齢者が歩ける範囲で日常生活を完結できる小さな「拠点」が各地に形成された国家です。拠点のイメージとしては、アメリカ映画の西部劇に出てくる宿場町が近いです。宿場とは、延々と続く荒野にポツリとあり、規模は小さいけれど、さまざまな商店や人々で賑わう街です。そのような拠点を地方各地に作り、住民が集まって住むようにすることで、医療や介護、物流サービスを維持させていこうとする発想です。
サプライチェーンに期待したいのは、ドット型国家の拠点形成の後押しです。ある場所までは荷物を運ぶから、そこまでは受取人各々に引き取りに来てもらうといった具合に配送エリアを区切れば、荷物の到着場所をエリアの玄関口として拠点が形成されていく可能性があります。
そのように、物流業を中心としたサプライチェーンが、拠点づくりをぜひリードしてほしい。サプライチェーンは社会の基盤となるものです。ビジネスの発展のみを考えるのではなく、各々が社会的責務を負い、新しい社会システムを形成する力になることを期待しています。
これから、人口減少・高齢化で厳しい社会が到来します。それを見越して、サプライチェーンはすぐにでも変化を始めるべきです。時代に合う効率的なサプライチェーンや、地方の社会システムを築き上げ、豊かさを維持してもらいたいと思います。
『未来の地図帳』では、「未来の日本人はどこに暮らしているのか」「その影響が各地にいつごろ、どのような形で降り注ぐのか」など、日本列島が今後どのように塗り替えられていくのかが詳細に描かれている。地域の未来や「ドット型国家」についての論評も興味深い。人口減少社会の実情を知り、そして、その時代をどう生き抜くべきなのか、考えさせられる1冊だ。