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野生鳥獣の食肉である「ジビエ」は、ここ数年で注目を集めるようになった新たな食文化だ。食肉としての法整備が行われて間もないジビエの業界では、流通の中でルールを統一し、食の安全を守ることにまだ課題があるという。そこで、行政と連携してジビエの利活用を促進する活動を行う一般社団法人「日本ジビエ振興協会」では、ブロックチェーン技術を使ってジビエのトレーサビリティを管理するシステムの稼働を開始した。同協会の石毛俊治(いしげとしはる)常務理事と事務局の林由季(はやしゆき)氏に、ジビエのサプライチェーン構築を目指す取り組みについて語ってもらった。

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年間200億円近い農作物被害を起こす「害獣」を、ジビエの活用で「資産」に変える

――まずは野生鳥獣による被害の現状について教えてください。

石毛:野生鳥獣が農地や農作物を荒らしたり、家畜に害を与えたりする「鳥獣被害」のうち、7割がシカ、イノシシ、サルによるものです。農林水産省によると、調査を始めた1999年からの年間被害額は毎年200億円前後で推移しており、2017年度には164億円と減少傾向にあるものの、これは必ずしも鳥獣被害が減ったことを示しているわけではありません。

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一般社団法人日本ジビエ振興協会 石毛俊治 常務理事
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一般社団法人日本ジビエ振興協会 石毛俊治 常務理事
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石毛:付随する問題として、鳥獣被害によって農業が立ち行かなくなり、農業者が農地の管理を止めてしまうという「耕作放棄地」が全国各地で増え続けています。耕作放棄地は被害額にカウントされないため、数字以上に現場に深刻な影響を及ぼしているのです。

――こうした被害が年々深刻化しているのはなぜでしょうか。

林:シカやイノシシの数が増えていることが要因の1つです。戦後に野生鳥獣の保護政策が強化された影響で、1970年代から徐々に個体数が増加しました。1989年からの25年間で、シカの推定個体数は約10倍のおよそ304万頭に、イノシシの推定個体数は約3倍のおよそ94万頭になったとされています。

あわせて、野生鳥獣の生息域も拡大しています。温暖化などの影響を受けて、それまで山奥で暮らしていたシカやイノシシが北上し、移動する中で人の住む里山などに下りてきて畑を荒らすケースが増えています。

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一般社団法人 日本ジビエ振興協会 事務局 林由季氏
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一般社団法人 日本ジビエ振興協会 事務局 林由季氏
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石毛:被害を防ぐためには、野生鳥獣を駆除する「狩猟」によって個体数を調整しなければなりません。しかし、猟師の数は年々減り続けています。1975年には約51.8万人いた狩猟免許所持者は、2015年には約19万人まで減少し、そのうち6割以上は60歳を超える高齢者です。担い手が圧倒的に不足しています。

それは狩猟が「仕事」として成り立たないからです。捕獲した野生鳥獣は猟師の手によって、または地域の処理施設などでさばいて肉にしています。地元の旅館などで提供することもありますが、多くは消費しきれず、猟師が知り合いに無料で配ったりしている状況です。

この肉を「ジビエ」として流通に乗せることができれば、鳥獣駆除で利益を生み出すサイクルが実現します。つまり、単なる「害獣」であった野生鳥獣が「地域の資産」に変わるのです。

ジビエへの「危険」なイメージが食肉への利用を阻む

――ジビエを「流通に乗せる」とはどういうことでしょうか。

石毛:「流通に乗せる」とは、国産のジビエを外食や小売などの業界に安定供給することであり、「サプライチェーン」が成立した状態です。しかしつい最近まで、国産ジビエには「流通」という概念がありませんでした。

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一般社団法人日本ジビエ振興協会 石毛俊治 常務理事
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石毛:もともとジビエとは、ヨーロッパで貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化です。日本国内でジビエを提供するフレンチレストランなどは、そのほとんどがニュージ-ランドやオーストラリアからの輸入品を使用しています。

もちろん日本でも、古くは縄文時代からシカやイノシシを食べる文化がありました。しかし近年ではあくまで「猟師が狩って食べる」という身内の中での地場消費が中心であり、国として「食肉」だとは認識されていなかったのです。

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捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況
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鳥獣被害が深刻化する中、鳥獣被害対策やICTを活用した捕獲装置などの発展で捕獲頭数が増加し、食肉への利用が求められている。 (農林水産省「捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況」(H31.2)をもとにGEMBA編集部で作成)
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――その傾向はいつ頃から変わったのですか。

石毛:転換点となったのは2014年、厚生労働省が「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」を策定したことです。野生鳥獣の捕獲、運搬、食肉処理、加工、調理および販売、消費の各段階における適切な衛生管理法を示しました。続く2016年に「鳥獣被害防止措置法」を一部改正し、捕獲した鳥獣の食品としての利用について明記しました。ここでようやく、国産ジビエが食肉として認められるようになります。

林:食肉として世の中に受け入れられるために必要不可欠なのが「安全性」の担保です。天然の肉であるジビエには「ウイルスや寄生虫がいて危険なのでは?」という負のイメージが付きまといます。また、それはある意味では事実です。

例えば、シカ肉を刺身などで食べてしまうとE型肝炎ウイルスに感染するリスクがあり、さらに食べてから半年間は、献血や輸血などで二次感染を起こす可能性もあります。シカ肉を食べる際は、肉の中心までしっかりと火を通さなければなりません。

石毛:ただし、これはジビエに限ったことではありません。動物の肉である限り、家畜として管理されている牛や豚や鶏の肉であっても必ず菌やウイルスは存在します。大切なのは、提供する側が「正しい扱い方」を学び、守っていくことです。ジビエだから危ないのではなく、扱う側の知識が追いついていないことが問題なのです。

例えば、猟師との個人的なやりとりで直接肉を仕入れるなど、保健所の認可を受けていない施設から買い付けた肉はいわゆる「闇肉」と呼ばれ、第三者に提供するのはとても危険です。しかし残念ながら現状では、闇肉を出す飲食店も少なからず存在しているのです。こうしたルートは一刻も早く排除しなければなりません。

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ジビエの流通ルールと飲食店での取り扱いの留意点
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獣種によって生産から加工販売までの各プロセスのルールを定める法律が異なる。ジビエの場合は食肉処理の厳密な検査を義務づける「と畜場法」や「食鳥検査法」がなく、また厚労省のガイドラインには強制力がないため、自己流の衛生管理を行う業者も存在する (ジビエ協会資料をもとにGEMBA編集部で作成)
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認証システムとIT技術でインフラを整え、安全な利活用を促す

――安全性の担保のために、具体的にどういった取り組みが行われているのでしょうか。

林:昨年2018年5月、農林水産省は「国産ジビエ認証制度」の運用を始めました。これは厚生労働省のガイドラインの項目を元に、食肉処理施設の品質管理の基準をチェックするシステムです。例えば捕獲した際の個体の温度や健康状態、肉をさばく際のナイフの向きなど、これまで業者によってバラバラだったやり方を明確に定めています。

この認証を受けた施設で加工されたジビエは「認証マーク」を付けて販売または提供することが可能であり、消費者にとっては安全性を見分ける1つの指標となります。2019年8月現在では、全国7カ所の食肉処理施設が認証を受けています。

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一般社団法人 日本ジビエ振興協会 事務局 林由季氏
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石毛:この認証制度にあわせて、私たち日本ジビエ振興協会が2017年から実証試験を進めていた「ジビエ個体管理システム」の正式な稼働を開始しました。食肉処理施設の担当者は、獣種や捕獲地、加工者、加工日、内容量、保存方法などをWebベースのシステムに入力します。すべて入力すると登録が完了して、個体番号とQRコードが発行されます。そのQRコードを商品ラベルなどに印字すれば、後工程の卸売業者や消費者が情報を確認でき、トレーサビリティの管理が可能になります。実証では7カ所、実用化した現在は2カ所の施設において利用が始まっている状況です。

林:ジビエの場合、狩猟は個人単位で行われ、解体処理はプレハブ小屋のような小規模な加工施設でされることが多い。そのため作業が属人的になってしまいがちで、保存や解体の過程で肉が汚染されてしまう危険性があります。トレーサビリティを管理することで、いつ誰がどのように作業をしたのかが記録として残り、取扱者の標準化につながります。

石毛:システム構築にはブロックチェーン技術を活用しました。ブロックチェーンは改ざんがしにくいためデータの信頼性が確保できることはもちろん、個別のテーマごとに別々にデータを管理できることも大きな特徴です。今回のトレーサビリティ管理機能はあくまで、ジビエのサプライチェーン全体を管理するシステムの第一歩です。今後はこれを基盤にして、新たなデータベース管理などの機能拡張が進み、より強固なチェーンが作られていくでしょう。

デジタルとリアルの両面からサプライチェーン構築を目指す

――これらの取り組みによって、国産ジビエは今後どのように受け入れられていくでしょうか。将来の展望をお聞かせください。

林:システム開発と同時進行で、国産ジビエ普及のための啓蒙活動を推進しています。国内には約600カ所の食肉処理施設がありますが、レストランやデパートなどの安定した販路を持っている施設はそのうちのごくわずかです。まずは消費者の方々が「国産ジビエを食べたい」と思ってくれないことには、サプライチェーンの構築はありえません。

需要を生み出すために最も効果的なのは、外食産業からのアプローチです。この取り組みに最初に賛同いただいたのがJR東日本で、駅ナカのハンバーガーチェーン「ベッカーズ」にて、毎年秋に長野県産ジビエを使用した「信州ジビエ ザ★鹿肉バーガー」を販売しています。店舗でのパティの焼き方に至るまでマニュアルがあり、細やかな品質管理がなされています。

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信州ジビエ ザ★鹿肉バーガー
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信州ジビエ ザ★鹿肉バーガー。2018年秋に販売していた限定商品
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他にも、消費者に向けて「全国ジビエフェア」を開催して、ジビエのレシピやジビエメニューのある店舗を紹介したり、ジビエを取り扱う業者に向けて「日本ジビエサミット」を開催して正しい利活用を支援したりと、需要側と供給側の両方に働きかけを行っています。

石毛:今はまだジビエのサプライチェーン構築の下準備ができた状態です。第一段階として、需要と供給をつなぐインフラをIT技術によって整え、同時にリアルでの草の根活動によってジビエに関わる人を育てて、安定的な流通を目指していきます。

豚肉や鳥肉のように、安全に処理されたジビエがスーパーに並ぶには、これから物流や流通の手段を整えなくてはなりません。今後どのような企業が参入してくるのか、どういった形で流通が展開されていくのか、まだまだ未知数です。

ジビエはきちんと調理すれば、滋味があって栄養価が高く、とても優れた食材です。ほんの数年前まで食べ物だとすら考えられていなかった国産ジビエを、安全に消費者に届けられるようにする。サプライチェーンをゼロから構築するには、魔法のような近道はありません。これからも地道な活動を続けて、目の前の課題をひとつずつクリアしていくことで、最適な仕組みを作っていければと考えています。

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法整備が行われて間もないジビエの業界では、食肉の安全性をいかに保証するかが課題となっている。その解決のために、日本ジビエ振興協会では、ブロックチェーン技術を用いてトレーサビリティを担保するシステムの稼働を開始した。同協会の担当者にジビエのサプライチェーン構築を目指す取り組みを語ってもらった。
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日本ジビエ振興協会がゼロから挑む、安全なジビエ食のサプライチェーン構築――ブロックチェーンの活用で「害獣」を地域の資産へ
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日本ジビエ振興協会がゼロから挑む、安全なジビエ食のサプライチェーン構築――ブロックチェーンの活用で「害獣」を地域の資産へ
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取材・文:小村トリコ(POWER NEWS)、写真:井上秀兵