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中小企業の工場をフランチャイズ化させないためにも、独自の発展を支える低コストのIoT機器の開発が必要――。東京工業大学情報理工学院の出口弘教授はそう説く。そのための仕組みとして、出口教授率いる「リアルワールドOSコンソーシアム」が研究開発を進めているのが、IoTプラットフォーム「リアルワールドOS」だ。ロット単位のマイクロマネジメントを可能とする多品種少量生産向けIoTシステムは中小製造業の救世主となるのか。

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出口弘

東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 教授

1955年生まれ、東京都出身。東京工業大学大学院総合理工学研究科システム専攻博士後期課程修了。福島大学経済学部助手、国際大学グローバルコミュニケーションセンター助教授、中央大学商学部助教授、京都大学大学院経済学研究科助教授を経て、現在は東京工業大学情報理工学院情報工学系教授。専攻は社会シミュレーション、エージェントベースモデリング、進化経済学など文理融合型の学際分野。

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中小製造業をフランチャイズ化から守るための研究開発

――「リアルワールドOSコンソーシアム」の活動について教えてください。

出口:リアルワールドOSコンソーシアムは、ネットワークの末端(エッジ)でのIoT技術を束ねるIoTプラットフォーム「リアルワールドOS」の研究開発を行う組織です。2017年秋に設立され、私が代表を務めています。

我々が開発しているIoTプラットフォームは、広い分野で利用される半導体のような、ロボットやAIによる効率化が進む大量生産のものづくりを対象とするものではなく、多品種小ロットのものづくりやサービスづくりに向けられた仕組みです。

小さなビジネス向けの仕組みを開発する理由は、産業や社会の発展のためには、自立分散的に多様な価値が次々と生み出されることが望ましく、それを支援する性質を持つIoTプラットフォームが必要だと考えるからです。中小企業の工場をフランチャイズ化してしまうような中央集権的で巨大なIoTプラットフォームが築かれてしまっては、製造業の先は暗い。

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出口弘氏
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東京工業大学 情報理工学院 情報工学系 教授・出口弘氏
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IoTでロット単位のマイクロマネジメントが可能に

――リアルワールドOSとは、どのような機能を持つシステムですか。

出口:端的にいえば、現実世界の分散化されたタスクからなるワークフロー(マイクロプロジェクト)を、IoT機器を用いて一括で管理するための、現実世界のタスク管理のためのオペレーティングシステムです。IoTによるデータ取得で、ものづくりの原価や進捗をロット単位で把握し、マネジメントできるようにします。マネジメントの本質は、マネジメント対象に対して計画を策定し、計画に基づいた実行の結果(実際)と計画を比較し、その差異を把握し、差異を修正する管理プロセスにあります。

伝統的なものづくりでは、ロット単位でなく、工場単位で主に生産マネジメントが行われてきました。しかしその方法だと、ロット単位・タスク単位での問題の所在が明らかにならないため、ロット単位でのスキルや原価、品質などの改善活動がなかなかうまく進まないのです。

例えば、原価の目標値「計画原価」は、見積もり算出のために、ロット単位で計画されていること多いのです。ところが、実際に発生した「実際原価」となると、工場全体で月単位での把握にとどまり、ロット単位で把握されていない場合がほとんど。しかしそれでは、どのロットで利益が出ていて、どのロットで損失が出ているのかがわからず、どこをどう見直せばいいかがはっきりしません。

一方、IoTベースのマネジメントにリアルワールドOSを使えば、利益や損失をロット単位で把握できるようになります。具体的には、オペレーターが0.2時間切削加工の段取り替え(プログラムのテストなど)を行い、その後、量産加工のために加工装置を1時間利用したなど、ロットの進捗とそこでの人的資本サービス、物的資本サービスの投入時間のデータをIoTシステムで取ります。

データは、“切削加工の段取り替えに0.2時間”というようにIoTで取ったデータのまま、つまりモノの単位で記録していきます。通常の簿記のようにお金を単位として管理するのではなく、モノの単位で記録して管理する「実物簿記」の考え方に基づいたデータ処理を行うのが特徴です。

最後にそれぞれの時間単価から金額を割り出し、実際原価を計算します。オペレーターの時間単価が2000円だったとすると、0.2時間の作業ですから5分の1で人的資本サービスを400円投入した計算になります。

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計算シミュレーションの表
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「モノ」の単位で記録したデータを最後にお金に換算することで効果を計算できる(出口弘氏提供の図を元にGEMBA編集部にて作成)
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そのようにして明らかにしたデータを基に、ロット単位で計画と実際の原価を比較して、差異を分析。最終的にロット毎に対策を打ち、適切な改善を行ってもらいます。

システムのもう1つの特徴として、データを取得するためのIoTコンポーネント(特定の機能を果たすIoT装置)を、MQTT(Message Queue Telemetry Transport)ブローカを介在して自在に組み変えできる点が挙げられます。プラットフォーム上でIoTコンポーネントのユニットを組み合わせることで、それぞれの現場に最適なものが簡単に作れるようになっています。

これは、現場の工程は月単位で頻繁に変化するのが一般的で、変化に合わせて素早く管理システムを組み変えられるようでなくては不便だからです。

それに、マネジメントの課題には、原価の管理や進捗状況の管理のほか、データ収集や解析、タスクの着手状況の見える化などさまざまありますが、多品種少量生産の場合、現場によって課題が異なるため、必要なデータのみを取れる最小限のシステムを導入すれば十分なのです。その方がコストも抑えられ、資金不足に悩む中小企業の工場でも利用してもらいやすくなります。

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MQTT
シンプルかつ軽量な通信プロトコル。多数のデバイスの間で、短いメッセージを頻繁に送受信することを想定して作られているため、IoT (Internet of Things) を実現するのに適していると言われている。

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生産の課題を見える化し、個人の能力を伸ばすためのIoT

――ロット単位でマネジメントができるようになる、低価格のIoTシステムなのですね。しかし、それが多様な価値を生み出す支えになるのはなぜですか。

出口:例えば、フランチャイズのチェーン店では、トップが最適化したオペレーションに従い、現場はただただマニュアルを実行します。そのため、マニュアル実行能力以上の従業員の能力開発は不要であり、行われず、製品もサービスもトップダウンで与えられたものをマニュアルに従って処理するだけです。

一方、昔からある蕎麦屋や和菓子屋では、職人は能力開発に力を注ぎ、やがてのれん分けをして、製品やサービスは伝統を引き継ぎつつ新たな工夫を足されることで、多様化されていきます。この例からもわかるように、能力開発こそが、多様な価値を生み出すカギになるのです。

多くの製造業の現場では、動作の無駄を省き、工程作業時間を短縮するためにIoTが使われてきました。私には、その無駄の省き方がまるで雑巾の水を一滴残らず絞るかのように思えてしまうのですが、リアルワールドOSが目指すのは、そうした世界ではありません。

結果的に無駄が省かれることはあるにせよ、あくまで現場の工夫で、加工技術などの能力を各々が伸ばし、新たな価値が多様に生み出されるようサポートします。つまり、リアルワールドOSは、マイクロプロジェクトとそれを構成するタスク単位でのデータ取得や、その利活用を支援するシステムだというわけです。

特に、製造業における組み立てや、工程が変わる際の部材の取り換えや加工プログラムのセットアップなどの段取り替えは、人が関与するため遂行時間にゆらぎが出やすく能力差も反映されやすいのですが、そうしたデータも取れます。リアルワールドOSは、プロジェクトのさまざまなデータをロットという小さい単位で取り、生産の根本的な課題を可視化します。なぜそのような問題がある状況になっているのか、改善点はどこなのか、データに基づいて考え、各人の能力を高めるのに利用してもらいます。

現在は中小製造業での実証実験を進めていますが、将来的には活用の場をものづくりだけでなく、さまざまなサービスプロジェクトでのタスク管理にまで広げていきたいです。そもそも、IoTの価値はマイクロマネジメントの低コスト化にこそあると考えているからです。

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出口弘氏
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産業の発展に寄与するIoTプラットフォームこそが必要

――プラットフォームの活用事例について、さらに具体的に教えてください。

出口:ブレーキを製造する協和精工(長野県高森町)の協力を得て、2年ほど前からリアルワールドOSの実証実験を行い、一定の成果を上げています。

ある部品の加工工程において、ファナック株式会社の「ロボドリル」と呼ばれるNC工作機械の稼動状況のみを見るシステムを第1段階として導入、第2段階で工作機械の稼動状態の詳細な変化を遠隔で把握するシステムを入れました。その結果、加工のタイムラインに加え、稼働時間のうちの量産加工、段取り替え、トラブルの時間比率などがわかるようになりました。

そうして各ロットの作業工程や、各工程における機械の状態変化が見える化し、人による作業にいくつかの課題があることが明らかになったので、原因を振り返り、改善を実施。従業員の能力構築につなげることが可能となりました。

ちなみに、この実証実験では、最終的にロボドリル8台分からデータを取りましたが費用は全部で100万円を超えません。というのも、特定の管理プラットフォームの利用料金などがかからず、マネジメントに必要なモジュールをオープンイノベーションで提供する「エッジ」でのIoT技術だから価格が抑えられるのです。他のIoTシステムなどよりも、各段に安いと思います。

そもそも、多くの新しいIoTシステムは、古い機械や他社の機械からは情報を収集できません。新旧、さまざまなメーカーの機械が入り交じる一般的な工場では、プロジェクト全体の情報が把握できず、不便なのです。

――ロット単位のマネジメント、エッジでの安価なIoT、あらゆる機械や、人が関与する工程のデータが取れるなど、他にはないコンセプトを持つ仕組みなのですね。今後どのように展開させていく予定ですか。

出口:リアルワールドOSコンソーシアムは2017年秋に設立しましたが、研究開発は順調に進み、今年3月には、成果を発表する場として、3回目となる「リアルワールドOSシンポジウム」を開催しました。

リアルワールドOSコンソーシアムは、IoTベースのマイクロマネジメントを実現するというコンセプトの基、実現に向けスタートラインに立ちました。IoTの活用で、ロット単位にダウンサイジングしたマネジメントを、安いコストで行えるようになれば、多品種小ロット生産はきっと活性化します。今後は、製造業だけでなく、さなざまな小規模なサービス業やノンプロフィットの活動など、多様で小規模なプロジェクトでのマネジメントにも活用の場を広げていきたいと考えています。

そのためにも、リアルワールドOSや、関連するソフトウェアをオープンソースで公開するだけでなく、システムの開発や実装を行う協力メンバーを広げつつ、オープン化に向け開発を進めていくつもりです。産業の発展のためにはこのような思想に基づいたIoTのオープンイノベーション・プラットフォームが必要だと強く感じでいます。

将来的にエッジのIoT技術で同じようなコンセプトを持つ優れたシステムが他に作られた場合、我々のサービスは駆逐されるかもしれません。しかしいまのところ、多様なサービスをIoTベースでマネジメントするためのマネジメントそのものの仕組みは、リアルワールドOSが唯一のものです。これからも、産業の発展に寄与するIoTプラットフォームの必要性を世の中に訴えていかなければと思っています。

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東京工業大学情報理工学院の出口弘教授は「小企業の工場をフランチャイズ化させないためには、人やモノのマイクロマネジメントを可能とする低コストのIoT機器の開発が必要」だと説く。出口教授が開発するIoTシステムは中小製造業の救世主となるのか。
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自立分散型IoTプラットフォーム「リアルワールドOS 」とは?ーー個人の能力を伸ばすことこそがIoTの真価
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自立分散型IoTプラットフォーム「リアルワールドOS 」とは?ーー個人の能力を伸ばすことこそがIoTの真価
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取材・文:杉原由花(POWER NEWS)、写真:篠田勇