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2019年3月、国土交通省、経済産業省、農林水産省の3省は、物流関係者の労働環境の改善や物流そのもののあり方の見直しを目指す「ホワイト物流」推進運動をスタートさせた。その背景には、トラックドライバー不足の深刻化によって、このままでは日本経済全体が縮小してしまうという強い危機感があった。現在、行政起点と企業起点の両輪で「ホワイト物流」推進運動に取り組むことで、サプライチェーン全体の合理化を進めているという。国土交通省自動車局総務課企画室 星明彦室長が語る、その方策とビジョンとは。

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官と民が一緒に物流業の働き方改善を推進

――「ホワイト物流」推進運動の概要、また、始めたきっかけを教えてください。

星: 「ホワイト物流」推進運動は、トラックドライバーの不足に対応し、国民生活や産業活動に必要な物流機能を安定的に確保するとともに、日本経済のさらなる成長に寄与するため、「トラック輸送の生産性の向上・物流の効率化」「女性や高年齢層を含む多様な人材が活躍できる働きやすい労働環境の実現」に取り組むキャンペーンです。

そもそものきっかけは、2019年4月に施行された「働き方改革関連法」です。これは、働く人々が多様で柔軟な働き方を選択できるよう、労働環境を大きく見直すための法律です。労働人口の不足という大問題に直面しているなかで、労働力を補うために時間当たりや1人当たりの生産性を上げていく必要があるのです。

トラックをはじめとした自動車運送業でも、もちろん「働き方改革」を進めていく必要があります。ですが、物流業の仕事というのは、物が作られて消費者に届くという一連の流れのなかに存在するため、1企業や1業種だけが対策を講じても、すぐには改善できません。そこで特に自動車運送業については、関係省庁、関係業界が一緒になって重点的な議論を行い、分野横断的に対策を講じ、具体的な政策を定めていくということになりました。

こうしてスタートしたのが「ホワイト物流」推進運動です。総理官邸の主導の下、主に、自動車運送業を所管する国土交通省、物流と商流を所管する経済産業省、食品業界を所管する農林水産省の、3省で取り組んでいます。

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国土交通省自動車局総務課企画室 星明彦室長
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国土交通省自動車局総務課企画室 星明彦室長
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――物流業界には、どういった課題があるのでしょうか。

星:前述のように、日本社会全体で労働力不足が進んでいますが、特に深刻化しているのがトラックドライバーの不足です。トラックドライバーの有効求人倍率は、全職業平均と比較して2倍ほどの水準で、一段と人が足りない状況が続いています。また、トラックドライバーの平均労働時間も、全産業平均より2割ほど長くなっています。長時間労働の理由として、ドライバーが運転していない時間、荷物を待っていたり、積んでいたりといった時間が非常に長いことが挙げられます。待遇が改善できず、求職者も増えないという悪循環に陥っているので、まずはそういった生産性の低い時間をできるだけ減らし、合理化していくべきです。

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国土交通省「ホワイト物流」推進運動のパンフレットを元に作成
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国土交通省「ホワイト物流」推進運動のパンフレットを元に作成
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国土交通省「ホワイト物流」推進運動のパンフレットを元に作成
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国土交通省「ホワイト物流」推進運動のパンフレットを元に作成
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星:人手が足りず、必要なときに必要なモノを「運べない」という問題は、実際にもう起こり始めています。運送業者から荷主に対して、取引を断ったり、配送頻度を下げたりといったことです。この夏も、急に暑くなったので飲料をもっと運んでほしいと頼まれても運べず、欠品せざるを得なくなったという事例がありました。物流費も上昇しており、それが物価にも反映されつつあります。消費者に身近なところでも、宅配便の配達時間をせばめるなどの変化が出てきています。

これ以上この状況を放置しておくと、さらに深刻な影響が、経済や生活全体に出始めます。民間のシンクタンクの調査 では、あと10年しないうちに輸送力が25~30%落ちるといわれています。およそ4分の1のモノが運べなくなるということは、そのぶん経済が滞るということです。単純に計算すれば、日本経済全体が4分の3程度に縮小するかもしれません。製造業や小売業など日本の経済を支える産業の企業活動が、それだけ落ち込むことになれば、経営、ひいては日本経済全体の大きなリスクが目前に迫っているということでもあります。それは同時に、私たちの雇用や生活に大きな影響が出る、非常に深刻な問題なのです。

そのため、早くから国がこの問題に介在し、ドライバーの確保、労働環境改善、物流全体の合理化・最適化、といった取り組みを進めています。生活・経済に大きな影響が出てからでは、手遅れになってしまうのです。

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国土交通省自動車局総務課企画室 星明彦室長
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過剰サービスをやめて物流の合理化を

――「ホワイト物流」推進運動は、省庁が先頭に立って旗降り役をしている、ということでしょうか。それとも、民間企業から自発的に起きている部分もありますか。

星:両方の側面があります。日本の経済社会が変化して、人手不足が深刻化するなかで、既に現場において物流の課題が顕在化しています。また、その結果、製造業を中心に従来ではなかったような同業種・異業種の企業間連携のアクションが既に始まっています。そういった状況を背景に政策ができていますので、官民で同時に動いているといえます。我々から関係企業に「『ホワイト物流』を推進しましょう」とお願いする一方で、関係企業側からも、「本当に困っているので、国はもっとスピード感をもって取り組んでほしい」というお願いも来ます。

現在は企業の方でも、営業が受注を取ってきても運べないという現場の状況があり、それが企業のトップに経営問題として認識されつつあります。いくつかの大手企業ではすでに対策を進めており、従来競合だった同業他社が物流領域で協業したり、荷物を載せるパレットを共通化したりといった取り組みが加速しています。その流れは、中小や地方の企業にも伝わっており、問題意識の共有や、実際の企業間の商取引を変えていくための環境は整いつつある、と感じています。

――省庁が「ホワイト物流」推進運動に取り組む意義はなんでしょうか。

星:物流問題は1企業や1業種だけでは改善が難しいケースが多いからこそ、我々省庁が関係企業や消費者に向けて呼びかけたり、時には法整備などルールを作ったりといった対策が必要です。現在は、関係企業と消費者の方々との双方に向けて、「過剰サービスをやめて物流の合理化を進めることは、自社、顧客、社会にとっていいことなんです」と理解を求めている段階です。

というのも、物流の様々な課題の根本には、これまでの成長経済のなかで作り上げられてきた「過剰なサービス」があるからです。「送料無料」や「翌日配達」は消費者にとって便利なサービスですが、それによって日本の物流網が破綻しては、消費者自身も困ります。

一方で関係企業のみなさんにとってこの「過剰サービス」には、消費者により良いサービスを提供しようと、企業間で競い合いながら作り上げてきたという側面もあります。企業サイドから見ると、やめることへの不安もあるでしょう。だからこそ国の進める「ホワイト物流」推進運動を通じて、もう過剰サービスという我慢はやめていい、みんなで不合理なことはやめよう、と理解し安心していただきたいのです。

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過剰サービスをやめて物流の合理化を
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「ホワイト物流」に550社を超える企業が賛同

――「ホワイト物流」推進運動の具体的な取り組み内容を教えてください。

星:施策のフレームとしては、メーカー・卸・小売り・運送業など、サプライチェーンに関わる企業のトップの方々に、物流業界が抱える課題について自主的なコミットメントをしていただく、ということが中心となります。

一方で消費者のみなさんにも、物流業界の現状を知っていただきたいです。たとえば、宅配便を1回で受け取る、サービスの頻度や商品の梱包方法が変わることなど、生活スタイルを少しだけ変える必要性をご理解していただきたいと思います。先ほど申し上げた通り、企業と消費者、双方へ情報発信し、それぞれが主体的に生活や経済を持続可能なものに変えていくよう働き掛けるからこそ、意味がある運動なのです。

――現在、どのくらいの企業が「ホワイト物流」推進運動に賛同し、具体的にどのようなコミットメントが出てきているのでしょうか。

星:2019年9月末時点で、550社を超える企業に賛同をいただき、自社の取り組みをコミットメントとしてご提出いただいています。内容は、企業や業態によって様々です。

例えば、荷待ちの問題に対する取り組みです。トラックが荷物を受け取りに行っても、載せる荷物がまだできていない、あるいは荷物を運んだ時に荷下ろし口が混みあっているなど、荷待ちが頻繁に発生してしまいます。この荷待ちをなくすため、ある運送業者からは、荷主企業の協力のもと、予約制にして計画的に配車ができるようにするという宣言をいただきました。

他にも、トラックの積載率を高めるための取り組みもあります。発注から納品までのリードタイムを、今までより1日繰り延べるだけで、1台のトラックで複数の荷主企業の要望にお応えできる場合があります。トラック輸送の積載率が低いこの現状では、ドライバー不足の課題は解決できません。積載率を高め、1人のドライバーで今までよりも多くの荷物を運べば、ドライバーが4分の3に減っても従来の経済規模や活動が維持できます。

それぞれの業態に応じて、まずは企業ごとにやれることから自主行動計画として具体的なアクションを起こしていただくことで、物流業界全体の改善につながると考えています。

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「ホワイト物流」に550社を超える企業が賛同
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――「ホワイト物流」推進運動には、目標や罰則などはあるのでしょうか。

星:「ホワイト物流」は“キャンペーン”ですので、それ自体に目標や罰則があるわけではありません。ただ今後については、様々な規制も予定されています。

「働き方改革関連法」では、2019年度から時間外労働の上限規制が導入されていますが、自動車運送業については他業種より5年遅れて2024年度から、960時間の上限が適用されます。違反の場合には行政処分が課されます。また「貨物自動車運送事業法」も改正され、荷主に運送事業者の法令遵守について配慮義務が新たに設けられ、荷主が不合理な要請をした場合に、国が法律上の行政措置を取れるようになりました。こうした法律にもとづいて、過剰サービスの是正を進めていきます。

安心して暮らせる「モノが届く世界」を守っていく

――「ホワイト物流」推進運動の現状の課題と、それに対する今後の展望をお聞かせください。

星:消費者の方々への認知や理解の促進は、まだまだ途上です。2019年春には「引っ越し難民」の問題が顕在化し、物流業界の課題が広く伝わった面もありますが、もっと物流の合理化の必要性を理解していただき、各社の取り組みにご協力いただかなければいけません。例えば、宅配便の再配達を減らすために、消費者に対して、政府と各運送業者の広報が連動して取り組む必要があります。

企業の方については、問題意識の共有は進みつつあるものの、まだ課題も多く、ルールの決定や標準的な考え方の策定など、具体的に取り組んでいかなければいけないことがたくさんあります。

2019年10月からは、荷主企業・トラック運送事業者に向けて「ホワイト物流」推進運動セミナーを全国10カ所で開催しています。セミナーでは、具体的な取組事例や、物流改善の取り組みを進めるためのノウハウの提供、適正な取引の実施に係る周知などを行っています。

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安心して暮らせる「モノが届く世界」を守っていく
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――今後の物流業界、自動車運送業に対するビジョンや思いをお聞かせください。

星:消費者の方々がこれからも安心して暮らせるように、「モノが届く世界」を守っていきたい。あと10年しないうちに輸送力が25~30%落ちる、という予想が現実になると、製造業や物流業が破綻し、経済が縮小し、雇用や生活に大きな影響が出ます。バランスの取れた、持続可能な生活や経済活動が送れるよう、計画的に取り組みを進め、ドライバー不足などの課題を解決していきます。 その上で、この分野が新しい競争領域に入ってほしいと考えています。現在、世間のみなさんが抱くトラックドライバーへの印象は、「きつそうだな」というものかもしれません。けれども、物流は生活に密接していて必要不可欠な、意義のある仕事です。今後、「ホワイト物流」を業界全体で実現していくことによって、将来的には「トラックドライバーは効率的で生産性が高い、かっこいい仕事だ」というイメージで、若い世代に認識されるようになってほしいと思っています。

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2019年3月、国土交通省、経済産業省、農林水産省の3省は、物流関係者の労働環境の改善や物流そのもののあり方の見直しを目指す「ホワイト物流」推進運動をスタートさせた。官民両輪で進めるこの施策のビジョンとは。国土交通省自動車局総務課企画室 星明彦室長が語ってもらった。
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過剰サービスを合理化し、「モノが届く世界」を守りたい――「ホワイト物流」推進運動が目指すもの
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過剰サービスを合理化し、「モノが届く世界」を守りたい――「ホワイト物流」推進運動が目指すもの
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取材・文:小泉明奈(POWER NEWS)、写真:藤牧徹也