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中国ならではの途上国的販売チェーンと「無仲介」需要

今、中国の産業界ではC2M(Consumer to Manufacture)という言葉が注目を集めている。C2Mとは一般的に顧客のニーズにあわせた小ロット生産、あるいは在庫を持たずに需要にあわせて必要な分だけ製造する手法として認識されている。複数の種類を1つの生産ラインで作ることができ、発注があった分だけ製造する。未来的なスマートファクトリーというイメージだろうか。

だが、中国ではまったく別の、もっと泥臭いC2Mが今、隆盛しつつある。

中国EC(電子商取引)大手のアリババグループは今年3月、新たなECプラットフォームである「淘宝特価版」を発表した。淘宝(タオバオ)とはアリババグループの中小事業者向けのネットモールだ。その特価版というのだから、ひたすら値引き勝負のプラットフォームにも思えるが、そのポジションにはすでに「聚劃算」(ジューホワスワン)というサービスが存在する。

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アリババグループ副総代、淘宝C2M事業部総経理の汪海氏
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写真は淘宝特価版の発表会に出席したアリババグループ副総代、淘宝C2M事業部総経理の汪海氏。(提供:アリババグループ)
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淘宝特価版も安さが売りではあるが、もう1つ、工場と消費者を直接つなぐC2Mが大きな売りになっている。アプリを開いてみると、多くの商品に下の画像のようなマークがついている。工場から消費者に直接販売されているという意味だ。従来のサプライチェーンに存在していたメーカー、代理店、小売店、リアル店舗のコストがすべて省かれた分、お値打ち価格で販売できると説明されている。

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淘宝特価版の工場直接販売マーク
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淘宝特価版の工場直接販売マーク
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淘宝特価版に出店した直売ショップはすでに50万店舗を超えているという。販売されているのは衣料品や食器、電源タップや小型扇風機などの家電製品、それに農作物や飲料などが並ぶ。中国に無数に存在する町工場や零細企業、それに農村の企業などが出店者となっているわけだ。

工場(生産現場)と消費者を直結させるという試みはそう目新しいものではない。日本にも産地直送のネット販売はいくらでもあるし、道の駅で販売される農作物もそうだ。

工場と消費者の直結モデルが衝撃的なのは、中国特有の事情がある。いわゆるサプライチェーンとは製造、卸売、販売、消費といった一連の流れを指すが、このうちの販売は中国ではきわめて入り組んだ、複雑な構造になっている。一次卸、二次卸、販売店といった階層だった構造ではなく、中間事業者が複雑にからまりあい、メーカーの関与しないところで在庫の転売も横行する。いわゆるバッタ屋(注:正規の流通経路を通さずに仕入れた品を売る商人)的な古い販売構造が今なお残っているのだ。

大手メーカーならば、自力で全国的な販売網や卸売チェーンを構築できるが、体力のないメーカーにはどうしようもない。日本の中小企業もこの中国の販売構造には手を焼いている。どこに流通在庫がたまっているのか、どう扱われているのかがなかなか感知しづらいためだ。また複数の中間販売業者を通すことによって、最終販売価格が上がってしまうという問題もある。つまり、非正規ルートでの流通や転売の防止という泥臭い理由によって中国ではC2Mが盛り上がっているのだ。

この古くさい販売の問題は中国でもよく知られている。そのため、「無仲介」(中間業者なし)や「批発価」(卸売価格)での販売という言葉がよく使われる。ただ実際には、古くさい販売ルートをたどっている商品をいつわりの宣伝文句で売っていることが多いようだ。

下請け工場の逆襲――網易厳選

そこで近年ではITの力で「無仲介」を実現しようという試みが次々と現れている。2016年にスタートした網易厳選というブランドもそうだ。網易(ネットイース)はポータルサイトやゲームを中核事業とするIT企業だが、網易厳選で小売事業に進出した。扱っているのは家具寝具、衣料品、食品飲料品、日用品、ベビー用品、スポーツ用品など多種多様で、シンプルかつ落ち着いた色合いの、無印良品っぽいアイテムがずらりと並んでいる。

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網易厳選の人気商品「日本式人をダメにするソファ」
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画像は網易厳選の人気商品「日本式人をダメにするソファ」
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網易厳選のキモは製造を受け持つ工場にある。IT企業であるネットイースには製造能力はなく、外部の工場に発注して製品を作っているのだが、その工場はいずれも海外の有名ブランドの下請け工場であることが売りなのだ。あの有名ブランドを作っている工場なので品質は折り紙付きですよ、ブランドのロゴは入っていませんがその分お安くなっていますよという売り文句になっている。他社の名前を使って箔を付けるのは禁じ手ではあるが、世界中の有名ブランドの下請け工場が集まる、「世界の工場」中国の特性を生かしたやり方と言えるかもしれない。

顧客需要駆動の製造――淘宝特価版と淘工廠

ネットイースが有力下請け工場をセレクトしてブランドを作るのが網易厳選のモデルであり、工場と消費者の間にネットイースが入る構図となっている。一方、淘宝特価版は希望する下請け工場は原則的に参入が認められ、ECで直接消費者に販売できる。アリババグループが提供するのはプラットフォームとしてのマッチング機能であり、工場と消費者は直接つながるモデルとなる。より、「無仲介」に近づいたというわけだ。

工場と消費者を直接結びつけるモデルはF2C(Factory to Consumer)であり、C2Mの含意としては半分でしかない。残る半分はなにかというと、まさに顧客のニーズに従った生産ということになる。

顧客の要望に従った生産というと、古くはオーダーメイドがあるが、最近広がっているのは小ロットでの受注生産だ。アリババグループは「淘工廠(タオパオショウ)」というサービスを展開しているが、これは製造能力に余裕のある工場と発注者のマッチングサービスだ。

人と設備を遊ばせておくよりは小ロットでの生産でも請け負ったほうがいくらかは稼ぎになるという工場側のインセンティブと、急がなくてもいいので安く作りたいという発注者側のニーズを引き合わせるという売り文句だ。既成デザインの洋服にロゴを入れるぐらいの注文ならば、最低2着から受け付けている。もう少しちゃんとした発注でも、パンツならば100本から注文できる。

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淘工廠で販売されているバックパック
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写真は淘工廠で販売されているバックパック。最低3個から発注できる。価格は1個43元(約645円)から
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メーカーやブランドというのもおこがましい程度の小店舗、まさに親戚や友人に売る規模の顧客に近いところのニーズをくみ上げるという意味で、顧客需要駆動の製造、C2Mというわけだ。

マイクロインフルエンサー時代のプチブランド

近年、世界中でユーチューバーやインスタグラマーなどのインフルエンサーが台頭している。その状況は中国でも変わらない。KOL(キー・オピニオン・リーダー)と呼ばれるインフルエンサーが、独自のブランドやグッズの製造を行うのはもはや当たり前だ。こうした小規模のグッズ製造に関しては日本よりも進んでいる印象がある。その背景にあるのは中国の強力な製造能力と、ITの力で整備されたマッチング能力があるよりも、簡単に、そして安く、自分の製品を作れる環境が整っている。

そして中国ではKOLに続いて、KOC(キー・オピニオン・コンシューマー)と呼ばれる新たな層が出現している。インフルエンサーほどのフォロワーはいないが、その分消費者に近く、密なコミュニケーションが可能だ。英語圏で言うマイクロインフルサーに近い。そして、このままC2Mの流れが続けば、KOCが自分の顧客のニーズをくみ上げて、製品を発注して作っていくようになるだろう。

ハイレベルなスマートファクトリーという未来的なC2Mとはまったく異なる、中国ならではのC2Mが今、台頭しつつあるのだ。

C2Mはコロナショックで加速する?

そして今年、この流れが一気に加速する気配を見せている。背景にあるのは新型コロナウイルス感染症の流行だ。中国は6000万人近い人口を擁する湖北省全域を封鎖するなど、史上空前の疫病対策を敢行し抑制に成功したが、肺炎は南北アメリカ、欧州など世界各地に広がった。全世界の消費低迷が直撃したのが中国の製造業だ。「世界の工場」と呼ばれる中国には多数の工場があるが、彼らの輸出先が失われてしまった。

海外に売れないなら、どうにかして中国市場に売れないか。工場経営者たちが試行錯誤している今年3月、淘宝特価版がリリースされた。淘工廠で工場直販の取り組みを続けていたアリババグループにとって、コロナはC2M普及の大きな契機になったということだろう。4月に発表されたアリババグループの春雷計画2020はさまざまな形でアリババのパートナー、クライアントである中小企業を支援する方針が盛り込まれた。その1つの柱がC2Mの強化だ。淘宝特価版などの取り組みによって、売上1億元(約15億円)以上の工場を1000個所生み出すことを目標としている。

淘宝特価版に出店するかどうかは別としても、中国にある無数の工場はどうにかしてコロナショックを乗り越えなければならない。そのためにはC2Mの流れがさらに加速することは間違いなさそうだ。

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高口康太

フリージャーナリスト、翻訳家

フリージャーナリスト、翻訳家。1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。二度の中国留学経験を持つ。中国をメインフィールドに、多数の雑誌・ウェブメディアに、政治・経済・社会・文化など幅広い分野で寄稿している。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、など。

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中国ではC2M(Consumer to Manufacture)という言葉が注目を集めている。非正規ルートでの流通や転売の防止という泥臭い理由によって盛り上がっているのだ。コロナショックでC2Mの流れがさらに加速することは間違いなさそうだ。
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文:高口康太