資源枯渇や環境問題に配慮しつつ、経済成長をめざす「サーキュラー・エコノミー」。いま欧州はこの産業モデルへの移行を急速に進めている。オランダ・アムステルダムを拠点に活動している安居昭博さんに、コロナ禍がグローバルサプライチェーンに与えた影響を踏まえ、サーキュラー・エコノミーの最新事情について伺った。
安居 昭博(やすい あきひろ)
1988年生まれ。東京都練馬区出身。ドイツ・キール大学大学院「Sustainability, Society and the Environment」プログラム卒業。Circular Initiatives&Partners代表。アムステルダム在住のサーキュラーエコノミー研究家。サスティナブル・ビジネスコンサルタント、映像クリエイターとしても活躍。2019年日経ビジネススクール x ETIC『SDGs時代の新規事業&起業力養成講座 ~資源循環から考えるサスティナブルなまちづくり~』講師。
持続可能な商品を流通させるための「修理する権利」
――前回はサーキュラー・エコノミーの基本的な考え方について伺いました。今回はより具体的なお話を聞かせてください。まず、製造業への影響について教えていただけますか?
安居:今年の3月に、欧州委員会はサーキュラー・エコノミーの新しいアクションプランを発表しました。それを見ると、「サーキュラー・エコノミーの考え方に合った商品でなければ、今後はEU市場への供給が難しくなる」という法整備が進められていることがわかります。つまり、今後、日本製品を欧州に輸出する際には、EUの定めるサーキュラー・エコノミーやサステイナビリティの基準をクリアしなければならなくなるということです。
法整備のポイントはいくつもあるのですが、今回はわかりやすい2例を紹介します。「修理する権利」と「透明性ある製品情報にアクセスする権利」です。まず、1つ目の「修理する権利」についてお話ししましょう。たとえば、iPhoneやMacBookはバッテリーの交換さえ自分ではできません。電化製品などで何か不具合が生じたとき、ちょっとしたメンテナンスさえ自分でできれば問題ないのに、それができないがために破棄してしまったり、高額な修理費を払ってメーカーに戻したりという経験はみなさんもあるのではないでしょうか。しかし今後、EU市場では消費者の「修理する権利」が保証された商品でなければ流通できなくなると見込まれています。
――現時点で具体的な商品例はありますか。
安居:象徴的なのは、オランダのスタートアップが開発したスマートフォン「フェアフォン」です。各部品を簡単に分解して、自分で取り替えることができます。たとえばカメラが壊れたら、カメラだけを交換できる。これにより部品を交換しながら長く使うことができます。しかも各部品はリサイクルやリユースがしやすいように設計の段階からサーキュラー・エコノミーが取り入れられていることが特徴で、壊れた部品をメーカーに返送すると新しい製品の製造に役立てられます。
安居:また、一般的なスマートフォンの製造に用いられているレアメタルも、フェアフォンでは最小限の使用に留められています。レアメタルの利権を巡って、産出量の多いアフリカでは各地で武力組織同士の紛争が絶えず起きているからです。フェアフォンはこうした「紛争鉱物」の使用を避けるだけなく、製造に関わるすべて取引先をWebサイトで公開し「ビジネスの透明化」も進めています。
価格は6~7万円と他のスマートフォンと同等な水準です。コンセプトに共感する多くの人から支持され、2013年の発売以来ヨーロッパではこれまで13万台以上を売り上げ予約待ちになるほどの人気ぶりです。
サプライチェーンを明らかにするための「透明性ある製品情報にアクセスする権利」
――では、法整備のもう1つのポイントである「透明性ある製品情報にアクセスする権利」について教えてください。
安居:「透明性ある製品情報にアクセスする権利」では、現在は公開が義務付けられていないような情報の公開を企業に要求することで、消費者がより詳細な情報にアクセスできる取り組みが進められています。たとえば現在でも、発展途上国の生産者と公平な取り引きをしている証として「フェアトレード認証」がありますが、実際にいくらで商品が仕入れられ、現地の労働者にいくら賃金が支払われているかまでは確認できません。食べものに関しても同様で、どんな農薬や肥料が使われ、どの農家から供給されたものなのかといった詳細情報は現状ではわかりません。こうした消費者がこれまでは知り得なかった製品情報に、消費者の権利を保護するという観点から業界に公開を求める法整備が進められているのです。
そのほかに、生産現場から店頭までの流通経路をトレース(追跡)するための方法として、ブロックチェーン技術を用いた実証実験がおこなわれています。たとえば、コーヒーのパッケージに印刷されたQRコードを読み込むと、原料の豆が南米のどこの農園で栽培されたのか、労働者にいくら賃金を払っているのか、どの船で輸送されたのかなどの情報が瞬時にわかるのです。近い将来的にはこうしたサプライチェーンの情報が明らかにされている製品しかEUに輸出できなくなる可能性は高いと思います。
――今後、日本企業もEUの基準への対応が求められるということでしょうか。
安居:その通りです。EUは日本にとって中国、アメリカに次いで3番目の貿易相手です。そのため、日本企業もEUの定めるサーキュラー・エコノミーの基準に適合せざるを得なくなります。
日本貿易振興機構(JETRO)が2016年に発表した『EUのサーキュラー・エコノミーに関する調査報告書』では、「企業がサーキュラー・エコノミーの採用に遅れをとれば、最大の循環型のビジネスチャンスは他社に奪われ、徐々に姿を消すか、規制に適合せざるを得なくなるだろう」とかなり強い口調で、日本企業に警笛を鳴らしています。私も日本企業は表面的にSDGsを掲げるだけでなく、根本的なサーキュラー・エコノミーへの事業改革を加速させる必要があると思います。
サーキュラー・エコノミーは国内製造業にとって追い風になる
――全世界が新型コロナウイルスの影響を受けている現在、サーキュラー・エコノミーはどのような意味を持つのか、あらためてお考えを聞かせてください。
安居:まず、欧米ではサーキュラー・エコノミーが社会に浸透していたら、新型コロナウイルスによる犠牲者をもっと抑えられたのではないかと言われています。例えば、一連のコロナ禍でニューヨークでは多くの方が亡くなりました。その一因として、各病院が保有する人工呼吸器の不足や故障があげられています。もし「修理する権利」が社会に浸透していれば、人工呼吸器が故障した際にもメーカーに戻す手間がなく、すぐに病院で修理して治療現場で使うことができたはずです。
また、コロナ禍により国境をまたいだグローバル・サプライチェーンが分断されたことで、あらためて輸入依存の危険性も露呈しました。日本やEUの多くの国は、石油やレアメタルなどの資源を輸入に頼っています。もし新型コロナウイルスの第2波、第3波がきて、サプライチェーンが長期的に分断されることを想定すると、輸入に依存する割合を少しでも減らしたほうがいい。こうした視点からも、資源を繰り返し使い続けられる事業形態や社会システムを構築することが求められています。
――では、日本でサーキュラー・エコノミーを浸透させるために必要なことはなんですか。
安居:1個人、1企業が取り組むだけでなく、官民一体での連携と協働が欠かせないと思います。EUでは、「欧州委員会⇄EU加盟国⇄各国の地方自治体」というトップダウンかつボトムアップの両軸でサーキュラー・エコノミー移行に向けたイニシアチブがとられています。そして、その各段階に民間の企業や大学を始めとする研究機関が加わり、官民一体で協働する体制が構築されています。たとえば、アムステルダム市では行政にしかできない役割として規制改革をあげ、民間の活動がサーキュラー・エコノミーに向かいやすいように旧態依然の規制を改定する取り組みが行われています。
もちろん既存のサプライチェーンの見直しも必要で、たとえばこれまで日本のメーカーの多くは、中国・東南アジアなど、コストの安い国で製造して輸入するという生産方式をとってきました。しかしサーキュラー・エコノミーでは使い終わった商品を工場に戻したり、繰り返し部品を取り寄せたりと、従来のリニア・エコノミーよりも新しい原材料の調達が減る分、再利用される資源や修理品に関して新しい輸送経路が生まれます。そうなると、海外ではなく国内に製造拠点を設けたほうが輸送費を削減できて効率的なケースも多くあります。
――製造業の国内回帰が進むということでしょうか。
安居:はい。原材料の収集や輸入に使っていた分のお金が、「メンテナンス」「再生産」「リサイクル」などに使われることになるので、国内の製造業にとっては追い風になると思います。特に大手ではなく中小の製造業において、これまで培ってきた技術を生かせるビジネスチャンスがあると思っています。
すでに日本では地方を中心にサーキュラー・エコノミーが活性化してきています。たとえば、徳島県上勝町では、2003 年に自治体として日本で初めての『ゼロ・ウェイスト(Zero=0、Waste=廃棄物)宣言』を行いました。生ごみはコンポストを利用して各家庭で堆肥化する。瓶や缶などのさまざまな「資源」は、住民各自が「ごみステーション」に持ち寄って45 種類以上に分別する。宣言から17 年経過した現在、リサイクル率は80%を超えています。このほか、鹿児島県大崎町や福岡県大木町でも資源リサイクル・リユースが積極的に進められることで通常の廃棄物処理にかかる費用が大幅に削減され、海外から視察が訪れるほど注目を集めています。
また、身近なものでいえば、ビール瓶返却の仕組みも日本のサーキュラー・エコノミーの好例です。日本の仕組みではビール瓶1本あたりの寿命は8年にものぼると言われ、リユースがなされています。一方、サーキュラー・エコノミーの考え方が浸透しているオランダでは、瓶類はリサイクルが基本です。前回のバタフライ・ダイアグラムで見ていただいたように、サーキュラー・エコノミーの観点でもリサイクルよりもリユースの方が優れていると見なされています。これだけ長くリユースできるのは、メーカーの枠を超えて、瓶だけではなくケースも規格化して回収しやすくしているからです。また、携帯灰皿を持ち歩くことが浸透しているため、街中にごみ箱が少ないにもかかわらずポイ捨てが少ないことや、トイレで手を洗った水が次回の水洗に再利用されていること等、私たちにとって当たり前のことが海外では評価されています。
――最後に、日本における直近の動きがあれば教えてください。
安居:2020年5月には経済産業省から『循環経済ビジョン2020』が発表されました。私も拝読しサーキュラー・エコノミーの世界的な流れを押さえた良いビジョンが出たと思っています。ここから政府や企業の政策にどのように落とし込まれ実行されていくか、自分も参画できるところには関わって日本のサーキュラー・エコノミーを進めていきたいと思っています。
安居:地球上の資源は有限です。そのなかで今後も人類が発展していくには、経済活動と環境への影響のデカップリング(分離)が必要となってきます。上のグラフは、資源の利用や環境悪化を抑えつつ、経済を活性化することを示したデカップリングのモデル図です。矢印で表しているように、経済活動(GDP)に対して、資源利用量と環境影響の差をそれぞれ広げていくイメージを持つことが大切です。
これまでのリニア・エコノミーの社会では、GDPや経済成長率へ偏重し政府や企業の政策は短期的で経済成長に偏ったものになりがちでした。しかし今後は、地球環境や、働き手の幸福度、人の心の満足度など「単純には数値化できないけれど重要なもの」にも目を向ける社会であってほしいと思います。サーキュラー・エコノミーが、そのきっかけになることを期待しています。
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