一般的には家電メーカーとして知られているパナソニックだが、その技術を活かして60年以上にわたりソリューションビジネスに取り組んできた歴史があるという。同社は、2020年12月1日から「顔認証クラウドサービス パートナープログラム」の提供を開始。これにより、さまざまなパートナー企業がパナソニックの「顔認証」技術を利用して、サービスを共同開発できるようになる。長年にわたり、センシング分野のソリューションに携わってきた新妻孝文氏に、今回のパートナープログラムの狙いと現場センシングソリューション事業の今後の展望についてうかがった。
新妻 孝文(にいつま たかふみ)
パナソニック システムソリューションズジャパン株式会社
パブリックシステム事業本部システム開発本部
スマートセンシング事業センター長
2001年に松下通信工業株式会社株式会社(現・パナソニック)入社。ソフトウェアのエンジニアとしてR&D部門や大学と共に開発に取り組むなど、長年センシング分野に身をおいてきた。国土交通省向けの突発事象検知ソリューション、重要施設向け屋外広域侵入検知ソリューション、車両ナンバー認識ソリューションなど、社会インフラを支える様々なAI・画像認識ソリューションの開発導入プロジェクトを担当。2020年より現職。社内外にセンシング技術を広めるエバンジェリストとしての顔ももつ。
ニーズが急拡大する「顔認証」技術
――パナソニックの「現場センシングソリューション事業」とは、どのようなものですか。
新妻:パナソニックが長年にわたって培ってきた「センシング技術」を生かし、お客さまの現場のさまざまな課題を解決するためのソリューションを提供する事業です。その中核となるのが「スマートセンシング事業センター」で、パナソニック コネクテッドソリューションズ社にあった「顔認証ソリューション」「センシングソリューション」「高性能エッジデバイス」という3つの事業体を統合して2020年7月に誕生しました。現在、私はそこのセンター長を務めています。
――このようなソリューションビジネスは、メーカーとして知られるパナソニックにとっては新たな挑戦となるのでしょうか。
新妻:いえ、実はパナソニックは昔からソリューションビジネスを行っています。1957年に開発した「監視カメラ」を皮切りに、「車のナンバー認識」「突発的な交通事故検知」「線路内の侵入検知」などの社会インフラ向けのソリューションを60年以上にわたって展開してきました。ただ、取引先が官庁や公共交通機関などに限定されていたため、一般の方々の耳目をひくことが少なかったのだと思います。
それでも近年は、国内7つの国際空港で203式の「顔認証ゲート」が採用されるなど、一般の方にもパナソニックのソリューション事業を目にしてもらえる機会も増えてきました。また、商業施設の行動分析や店舗の決済システムなどに顔認証技術を応用する実証実験を現在進めているところで、実用化されればパナソニックのセンシングソリューションはさらに身近なものになると思います。
――数ある「センシング技術」のなかで、特に「顔認証」に注力されているのはなぜでしょうか。
新妻:市場の拡大が大きな理由です。顔認証の国内市場は2020年で310億円ですが、2025年には2300億円に急拡大すると予測されています。実際に空港などの公共機関、オフィスやアミューズメント施設、小売といったさまざまな業界・業種に活用の場を広げています。加えて新型コロナウイルスの感染拡大によって、「非接触」のニーズも急増しました。
デバイスに触れたり、カードを挿入したりする必要がなく、個人IDの代わりとなる「顔認証」は、あらゆるシーンで幅広く応用できる技術です。しかも、特殊なセンサーなどを用意する必要もなく、カメラさえあればすぐに導入できる。ニューノーマル時代の私たちの生活を支える基盤技術だと思います。
ただし、技術は持っているだけでは意味がありません。アプリケーションやデバイスなどにきちんと顔認証技術を落とし込んで、お客様にとって価値ある体験やサービスをどんどん提供していきたい。そのスピードを加速させるためにも、今回の「顔認証クラウドサービス パートナープログラム」による「共創」がとても大切になってきます。
パナソニックの創業者である松下幸之助は「共存共栄の精神」を大切にしていました。そのDNAを引継ぎ、パナソニックとパートナー企業が顔認証技術を介して同じ未来を語り、その実現に向かって共に進んでいきたいと考えています。
顔認証APIとSaaSプラットフォームでパートナーと共に技術を磨く
――「顔認証クラウドサービス パートナープログラム」とは、どのような制度なのでしょうか。
新妻:弊社の顔認証技術を用いたサービスを提供できるようになる制度で、以下の3種類を用意しています。
パートナー企業になっていただくと、基本特典として開発に必要なAPIサービスを最大6カ月まで無償で利用できるほか、パナソニックのエンジニアによる開発支援や検証サポート、さらにはパナソニック展示会での共同出展や共同セミナー開催などのマーケティング支援も受けることができます。また、2021年度中にオープン予定の「共創ラボ」の利用も可能です。
――共創ラボとはどのような施設ですか。
新妻:今まさに検討している段階ですが 、パナソニックとパートナー企業、あるいはパートナー企業同士のオープンイノベーションの場となる予定です。デモ環境の場として利用可能なだけでなく、パートナー企業のシステムと連携した検証も行えるようにします。
――パートナー企業になるためには、どうしたらいいのでしょうか。また現在、何社が参加されていますか。
新妻:専用サイトの問い合わせフォームから必要事項を記入していただければOKです。業種や会社の規模などの条件はありませんし、加入費もかかりません。2020年12月8日時点で17社に参加していただいています。
たとえば、名古屋に本社を置く「ネオレックス」は社員50人ほどのベンチャー企業。同社が提供するクラウド勤怠管理システム「バイバイ タイムカード」は、6年連続シェアナンバー1で120社29万人が利用しています。同社は不正打刻の防止に顔認証を活用したいということで、パートナー企業になっていただきました。「クラウドでサービスを提供しているので、OSやプラットフォームに縛られずに開発できる」「APIドキュメントがしっかりしていて、試験的にすぐ実装できた」などと好評いただいています。
また、東京都渋谷区の「Tixplus」(ティックスプラス)は、電子チケット関連のシステムやアプリケーションの開発、各種サービス提供をしており、30万人規模の全国ツアーをはじめ、年間約200万枚の発券実績があります。同社はチケットの転売防止を目的として、お客さんに電子チケットへの顔写真の登録を義務づけており、入場ゲートの設置したカメラで自動照合できるシステムの開発をめざしてパートナープログラムに参加していていただきました。「ゆくゆくは会場内での決済、購買行動の分析にも顔認証をやくだてるのが目標」と期待を寄せていただいています。
このほか、建設現場入退場履歴管理システムを提供する「イーリバースドットコム」、ホテル情報システムの「タップ」といった企業にもパートナーとして参加していただいています。2025年までにパートナー企業を250社まで増やしたいと考えています。
――あらためて、パートナーに「顔認証」技術を開放することでどのような効果を期待されているのかを教えてください。
新妻:前述のように、「顔認証」の市場は急拡大していて、その裾野は爆発的に広がっています。パナソニックだけでそれらのニーズにすべて応えるのは難しいのですが、パートナー企業の力を借りることができれば不可能ではありません。
また、多くのパートナー企業と共創することで、顔認証技術はさらに磨きかがかかるはずです。現時点でも認証精度には自信がありますが、暗い場所や大人数が同時にカメラに写った場合などには、どうしても認証精度が落ちてしまうという課題も残されています。
今後、さらに顔認証の普及が進めば、使用環境や求められるスペックや機能もますますシビアになると予想されますが、その要求に応えて技術革新を継続していくことが大切です。技術が使われる場を増やしていきながら、「パートナー企業とお客さまに鍛えてもらう」という気持ちで、取り組んでいきたいと思います。
「顔認証」が目指すのはシームレスな顧客体験
――「顔認証」がこれまで以上に身近なものになり、普及すれば、どんな世界になりますか。
新妻:なかなかお答えするのが難しいですが、「シームレスな顧客体験」ができるようになるのではないかと思います。レジャーを例にあげると、飛行機やホテルの予約、空港までの電車移動、登場ゲートの通過、空港からホテルまでのバス移動、ホテルのチェックイン、美術館への入館……という一連の行動が一続きになるというイメージです。
パソコンやスマホを操作したり、財布を取り出したり、パスポートを取り出したり……といった作業が顔認証に置き換わることで、自宅から目的地に行って帰ってくるまでが「一続きの体験」になるわけです。時間効率という点でいえば、チケットを手渡すのも顔認証もそれほど変わりませんが、顔認証であればチケットカウンターで立ち止まることもなく、体験そのものに集中できるようになります。
また、そうしてシームレスでつながった行動のデータが蓄積されれば、その人にとって最適なサービスが、あらゆる場面で実現できるようになります。
――最後に、今後の展望について教えてください。
新妻:今回の「顔認証クラウドサービス パートナープログラム」によって、パートナー企業と連携してお客さまにアイデアを提案したり、またはパートナー企業同士のあいだをとりもって新しいサービスを生み出したりと、これまでできなかったことも可能になると思います。
これまで培ってきた顔認証技術を、システム、パッケージ、クラウドサービスという異なるレイヤーで展開できることがパナソニックの現場センシングソリューションの強みです。私たちの強みを活かし、お客さまのお困りごとや経営課題、社会課題と向き合うことで、最適な解決方法を提案していきたいです。
【関連リンク】