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アメリカ・シカゴに本部を置く、サプライチェーン・マネジメント(SCM)の専門家団体ASCM(Association for Supply Chain Management)は、認定資格である「APICS」や世界共通の教育プログラムを提供することで、SCMの普及啓蒙に努めてきた。そんなAPICSの日本代表機関である日本生産本部の深谷健一郎氏に、日本のサプライチェーンが抱える課題と、SCMのプロフェッショナルに求められる要件についてうかがった。

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深谷 健一郎

文化人類学・東南アジア民族学専攻後、日本生産性本部に入職。経営面での生産性向上の概念やアイデアの普及、人を通じた生産性向上、人材育成に携わる。2013年からは訪日調査団受け入れ、ベトナムでの人材育成プロジェクト(JASF/JICA)、中小企業診断士養成講座、APICSの普及を担当する。中小企業診断士、APICS CSCP。

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SCMの知識を体系化した3つの認定資格

――はじめに「APICS」がどのようなものか教えてください。

深谷:APICS(エピックス)とは、もともとはSCM(サプライチェーンマネジメント)を専門とする団体「American Production and Inventory Control Society」の略称です。1957年にアメリカのシカゴで誕生した同団体は、現在、世界47か国に311のパートナー組織を持ち、100か国に4万5,000名以上の会員が在籍しています。

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世界各国に展開しているAPICS (出典: https://www.ascm.org/find-a-partner/)
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世界各国に展開しているAPICS (出典: https://www.ascm.org/find-a-partner/)

深谷:団体の主な活動は、SCM分野における世界共通の教育プログラムと認定資格の提供です。日本ではあまり知られていませんが、APICSはSCM分野における世界最大の非営利団体であり、世界標準と言えるでしょう。2019年に組織名は、ASCM(Association for Supply Chain Management)に変更されましたが、「APICS」は現在も資格の名称として使われています。

――どのような資格を認定しているのでしょうか。

深谷:「CPIM(計画・在庫管理)」「CSCP(サプライチェーン・プロフェッショナル)」「CLTD(ロジスティクス・輸送・流通)」の3つです。このうち、計画/在庫管理についての理解力を評価するCPIMの歴史が最も古く、取得者は世界に11万人以上います。そしてCSCPはサプライチェーン全域における基礎知識を、CLTDは物流や輸配送に関する専門知識を持っていることを証明する資格です。全世界共通の教材をもとに、選択肢方式の試験が実施されています。内容はすべて英語で書かれています。

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CPIM(Certified in Planning and Inventory Management:計画・在庫管理)、CSCP(Certified Supply Chain Professional:サプライチェーン・プロフェッショナル)、CLTD(Certified in Logistics, Transportation and Distribution:ロジスティクス・輸送・流通)の対象分野のイメージ図(提供:APICS JAPAN)
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CPIM(Certified in Planning and Inventory Management:計画・在庫管理)、CSCP(Certified Supply Chain Professional:サプライチェーン・プロフェッショナル)、CLTD(Certified in Logistics, Transportation and Distribution:ロジスティクス・輸送・流通)の対象分野のイメージ図(提供:APICS JAPAN)
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深谷:グローバル企業ではAPICSの資格取得をSCM部門のマネジメント層に義務付けている企業もあります。各拠点のサプライチェーンをつなぐ際に、多様性があるなかでもAPICSの知識やフレームワークが、コミュニケーションの共通言語として機能するからです。またそれ以外の人材も、業務知識の体系的な理解や自身のキャリアアップのために、積極的にこの資格を学習しています。

アメリカでは「APICS資格取得者は未取得者よりも18%程度給料が高い」などの調査データもあります。しかし日本の多くでは給与事情は違いますし、英語の壁もあり、残念ながら各国ほど認知・普及が進んでいないというのが実状です。

一方で世界標準のSCMを学ぶことはグローバル展開に必須です。そこで日本生産性本部は2011年にAPICSと契約し、日本国内でもSCMの国際資格についての認知してもらうように普及を始めました。試験の実施や教材の販売、SCMの仕事をされている方を対象にAPICSコミュニティという勉強会の企画・開催などを行っています。

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APICSコミュニティとして開催している勉強会の様子(提供:APICS JAPAN)
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APICSコミュニティとして開催している勉強会の様子(提供:APICS JAPAN)
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サプライチェーンのグローバル化を目指す日本企業の「5つの課題」

――では、グローバルなサプライチェーンに関して日本企業は、具体的にいまどんな課題に直面しているのでしょうか?

深谷:企業の事情によってさまざまと思いますが、グローバルなサプライチェーンを展開するという視点でAPICSの考え方と照らし合わせると、大きく5つの課題が挙げられます。

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日本企業で考えられる5つの課題
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日本企業で考えられる5つの課題
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深谷:まず、1つめの課題は「標準化、全体最適への経営層の取り組み」です。「強い現場」は、まさしく多くの日本企業の強みで、これは海外の工場や店舗の現場を見ても明らかです。一方で、経営層が現場に任せきりにしてしまう、ボードメンバーがリーダーシップを発揮しきれていないこともあります。オペレーション全体の最適化には経営層の関与が不可欠です。もちろん海外でも事情は同じですが、強い現場を持つ製造業ではとくに意識することが求められます。

また、海外に拠点を持つ企業においては、システム統合も課題です。強い現場のいわば弱みとして、生産管理や在庫管理システムの標準化が遅れがちになり、「日本だけシステム統合ができてない」という問題も起きています。「精緻に作りこんだエクセルを生産管理に活用」しているようではシステムの統合がいつまでも進まず、全体最適やスケールアップも叶いません。

たとえばAPICSの教材では、企業のサプライチェーンの成熟度を、ステージ1「機能不全」(multiple dysfunction)から、ステージ4「他企業と連携して事業を推進できる状態」(Extended enterprise)の4段階に分けています。

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サプライチェーンの成熟度ステージ(提供:APICS JAPAN)
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サプライチェーンの成熟度ステージ(提供:APICS JAPAN)
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深谷:まだステージ3「社内で統合された状態」(Integrated enterprise)に到達できていない企業も多いと思います。ステージ1やステージ2からいきなりステージ4へと進むことはできませんから、「他社とアライアンスを組んで事業を拡大したい」「DXへ取り組みたい」というような企業は、まず自社内における「全体最適化」「標準化」を進め、ステージ3を目指すことになります。そして、サプライチェーンの成熟度をあげていくには経営層のリーダーシップが必須です。

――サプライチェーンマネジメントは現場の問題ではないのですね。

深谷:これが2つめの課題につながっていくのですが、経営層による「オペレーションへのさらなる投資」が必要です。これは設備投資やテクノロジーへの投資だけでなく、教育投資も含みます。そもそもサプライチェーン関連の支出は「投資」ではなく、「コスト」と捉えている企業が多いのではないでしょうか。

たとえば、メーカーが運送会社に配送料の値下げ要求をすることは珍しくありません。しかし、値下げされた運送会社は利益が減るため、改善活動、設備、システムなどに十分な投資ができなくなる恐れが出てきます。またサービス悪化も懸念されます。

その状況は、メーカーにとっても望ましいことではありません。もし運送会社が得た利益でシステム投資を行って大きく業務効率を改善し、シームレスな仕組みができれば、結果として顧客サービスを向上させつつ配送料が大きく引き下げられるかもしれないのです。

つまり、サプライチェーンを単にコストセンターとして考えるのではなく、付加価値サービスのための投資対象と捉える視点が大事です。SCMで重要な組織能力は、付加価値向上、顧客サービス向上、経営資源の効率的・効果的活用、パートナー企業の強みの活用などであり、そうした組織能力構築のために投資が必要なのです。

さらに受注側も、投資する分の利益さえも確保できないような取引は、避けるべきです。当たり前のように感じるかもしれませんが、実際にはコストダウンの要求を受け続けて余力もなくなり、投資が実践できていない事例が数多くあります。発注側も本来はサプライヤーの財務面での健全性や成長を後押しするべきです。これは日本全体として長く低成長を続けてしまった弊害の1つかもしれません。

また、あまりにコスト意識偏重となったために、SCM人材への投資不足が起きていると感じます。たとえば工場長と呼ばれる立場であれば、現場でのものづくりや改善に精通することはもちろん、それ以外に、戦略、財務、CRM(顧客管理)、WMS(在庫管理システム)、プロジェクトマネジメント、リスクマネジメントなど、SCMに関連する幅広い分野の基礎知識が必要です。

しかし現実には、工場長や店長はじめ現場の方はオペレーションに手一杯でなかなか時間が確保できていないのではないでしょうか。企業が従業員に時間を与えることも投資の1つです。もっとこうした人材への教育投資をして、生産性向上に寄与するSCM人材を育成してほしいと思います。

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――グローバルなSCM人材の育成はどのよう進めればよいのでしょうか。

深谷:前提として、現場ではこの20年以上、技術承継が課題となっていますが、属人的な強みを、そのまま保持することはもはや困難でしょう。なぜなら、新入社員も多様化し、何より現場ではさまざまな雇用形態や立場や国の方が一緒に働くことが常態となっているからです。そこに関係するのが、3つめの課題である「内なるグローバル化からの変革」です。

グローバル化への対応策として、海外から優秀な人材を日本の本社に呼び寄せて、海外工場との調整や交渉を担当させるというケース、もしくは日本採用した外国人材を海外に送り込む例も多々あります。つまり、多様な人材とコミュニケーションし、マネジメントしていく能力が必要になってきているのです。企業は今のうちから、各国の文化や国民性の違いを認めて、多様な人材を受け入れるための社内環境づくりを進めていくべきです。

――なるほど。組織の外にある課題についてはいかがでしょうか。

深谷:それが、4つ目の「増え続ける各種規制への対応」です。以前から製品をグローバルに供給するためにはISO(国際標準化規格)の認証は必須のものでした。加えて、最近ではESG(環境、社会、ガバナンス)に関連する規制や国際規約への対応が求められています。 最近のアメリカによる中国への輸出規制だけではなく、多くの規制があり、その内容も日々更新されています。自社は関係ないと思っても、サプライチェーンはつながっているので、特にグローバルに展開する企業は、そうした規制への対応を迫られます。実務としては、すべて英語でのやりとり、外国人監査人の受け入れ、英語でのドキュメント作成、説明などが求められ、相応のリソースが必要です。規制への対応は、自社が存続するために必要なことであり、近年重要度を増しています。

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上述している事例などは、ASCMの定期刊行物「SCM NOW」でも掲載されている(出所:https://www.ascm.org/scm-now/)
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上述している事例などは、ASCMの定期刊行物「SCM NOW」でも掲載されている(出所:https://www.ascm.org/scm-now/)

――その他にはありますか。

深谷:メーカーがサプライヤー(原料などの納入業者)に対して独自の制限を課す動きが出てきています。5つめの課題である「先進的なサプライヤー監査への対応」です。

たとえば、Appleは2020年7月に「2030年までに同社のサプライチェーンにおいて完全にカーボンニュートラルを実現する」と宣言。今後、Appleに供給する部品の製造には、化石燃料由来の電気を使用することができなくなります。つまり、Appleに製品を供給するためには再生エネルギーを導入する必要があるということです。

また、アメリカでは動物倫理の観点から、鶏をケージに閉じ込めず生産した卵(ケージフリー卵)しか使用しないという動きが広がっています。マクドナルドやスターバックス、セブン-イレブンなどの大企業がこの取り組みを進めており、いまやゲージ飼いを法律で禁止している州もあるほどです。

こうした「ESG」や「人権」「労働環境」における海外企業の監査に、日本企業は対応していかなければなりません。グローバルに商品を提供するには、品質や製品規格だけでなく、その製造過程も世界標準に合わせる必要があります。

SCMのプロフェッショナルに求められる要件とは

――さまざまな課題があるなかで、今後、「SCMのプロフェッショナル」として活躍するためには何が必要でしょうか。

深谷:3つあると考えます。それは、既に述べた「コミュニケーションのための土台」、「プロジェクトを進めるためのスキル、経験」、「全体最適への努力、将来への展望」です。

なかでも特に「全体最適への努力、将来への展望」が重要です。SCMとは全体最適であり、俯瞰し、全体像を描く能力が求められます。

合わせて、サプライチェーン全体に関わる幅広い知識が前提となりますが、その全範囲を業務として経験されている方は少ないです。そこで、業務を体系立てて理解し、全体感をつかむためにAPICSが有用です。オペレーションに従事する方は、より上位レベルの戦略的な視点をもつ訓練にもなるので、全体最適の視点と知識を得るために活用していいただきたいです。

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東南アジアからの参加者もまじえ東京で開催されたAPICSのトレーニング風景(提供:APICS JAPAN)
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東南アジアからの参加者もまじえ東京で開催されたAPICSのトレーニング風景(提供:APICS JAPAN)
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――最後にAPICS JAPANの今後の目標について教えてください。

深谷:まずは、「業種・業界を超えて交流するコミュニティ、場の提供」です。利害関係のないフラットな関係で、SCMに関わる人材が自由に意見交換できる場を増やしていきたいです。多くの方は自社のサプライチェーンのパートナーとは密接なやり取りが日々ある一方、それ以外のSCM人材と交流できる場はあまりありません。そうした場を提供していきたいと思います。

さらに、「SCM関連の人材の地位向上」を目指します。SCMのようなオペレーション管理に携わる人々は「縁の下の力持ち」のような存在で、地味な仕事です。しかし、実際に世の中を動かしているのは間違いなくサプライチェーンに関わる人たちです。SCM人材の地位向上やSCMの重要性を経営層に理解してもらい、結果として経営層の関与を増やすことにつながるような活動をしていきたいです。

そして最終的には、「日本発の経営概念を世界へ発信」したいと考えています。SCMの関連の5,000語近くを収録する用語集「APICS Dictionary」には、世界のサプライチェーンマネジメントの現場で使われている共通言語です。そこには「GEMBA」や「TPS(Toyota Production System)」といった、日本発の用語も、じつは多く所収されています。

しかしその大半は、30年以上前に生まれたものです。それ以外にも日本の企業には独自の経営理念やモデルがあり、そうした経営概念を世界に向けて発信することが見えない投資になりえます。幸いAPICSコミュニティには多くの優秀な方たちが集まっていらっしゃいますので、そうした方々の力を借りながら将来の日本企業の活動基盤を築きたいと思っています。

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年に一度開催されるアメリカでのASCMカンファレンスの様子(提供:APICS JAPAN)
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年に一度開催されるアメリカでのASCMカンファレンスの様子(提供:APICS JAPAN)
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アメリカ・シカゴに本部を置く、サプライチェーン・マネジメント(SCM)の専門家団体ASCM(Association for Supply Chain Management)は、認定資格である「APICS」や世界共通の教育プログラムを提供することで、SCMの普及啓蒙に努めてきた。そんなAPICSの日本代表機関である日本生産本部の深谷健一郎氏に、日本のサプライチェーンが抱える課題と、SCMのプロフェッショナルに求められる要件についてうかがった。
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SCMの世界標準「APICS」から考える日本のサプライチェーンの課題とは
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取材・文:相澤良晃