昨今、企業においてESG(環境、社会、ガバナンス)に対する注目が急速に高まっている。環境や人権の問題、それを守るガバナンスの強化を求める動きは自社だけでなく取引先を含むサプライチェーン全体に広がっている。ESG投資額の急激な増加や法令違反による生産停止など、ESGへの取り組みがビジネスに与える影響が大きくなるなかで、企業の長期的・安定的発展のために「サプライチェーンの先」までをも可視化していくサプライチェーン・マネジメントが求められている。
CO2削減は全産業に突きつけられた課題
持続可能な世界の実現を目指すために、企業に必要な観点とされるESG(環境、社会、ガバナンス)に対する注目が急速に高まっている。
ESGの代表的な課題として、二酸化炭素排出量削減がある。今年7月に発表された国連のレポート「企業カーボンニュートラル・ロードマップ」は業界別の炭素排出量を掲載している。
エネルギー、製造業、交通、農業など一部産業に集中しているが、しかし炭素排出量の少ない業界においても削減の取り組みが求められている。その際、排出削減の対象が思わぬところに隠れていることも考えられる。
それというのも、ある企業の温室効果ガス排出量は国際的な基準であるGHGプロトコルによって定められているが、その際、企業のコアなビジネスにとどまらず、派生的な分野も対象となるためだ。
具体的にある企業の排出は3つの範囲に分けられる。
直接的排出:電力、熱蒸気の生産や物理的、科学的な生産過程など。
間接的排出:電力や熱の外部購入など。
その他間接的排出:従業員の出張、アウトソーシング、フランチャイズ先、従業員の通勤など。測定が難しく、自社の排出量にカウントするかは企業が独自に判断する。
例えば、デジタル情報産業の炭素排出量は2600万トンCO2e(二酸化炭素排出量換算)に過ぎないが、その多くはデータセンターの電力消費に由来している。クラウドコンピューティングの重要性が高まるなか、データセンターの電力消費量はすでに世界の消費量の1%に達していると言うが、今後もその消費量は飛躍的に高まり、2030年には現在の2~3倍に達する見通しだ。この電力消費をいかに脱炭素化するかが課題となる。
GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)をはじめとする米国大手IT企業では競って再生可能エネルギーの導入を急いでいる。米国に次ぐIT大国となった中国でも、ゲーム・メッセージアプリ大手のテンセントは2021年初頭にカーボンニュートラルの実現に向けて取り組むと表明した。実際、今年5月に日本で開設されたデータセンターは使用電力の100%を再生可能エネルギーにした最先端施設だという。
テンセントと並ぶ中国IT大手アリババグループは今年8月、河北省に新たなデータセンターをオープンしたが、サーバー本体を冷却水に沈める液冷型にすることで、従来の空冷型と比べて70%もの省エネを実現したとアピールしている。
国連レポートはさらにデジタル情報産業は「その他排出」も膨大だとして、出張をオンライン会議に切り替える、自転車通勤の奨励などの取り組みなどが有効だと指摘する。
サプラチェーンに求められる、労働・人権問題の透明化
再生可能エネルギーを使用する、製造工程を改善するといったわかりやすい取り組みだけではなく、膨大なすそ野に目を配ることが求められている。これだけでも頭が痛くなりそうな課題だが、自社だけではなく取引先への配慮まで求められる、すなわち「サプライチェーンの先」を見通さなければならないため、さらに難度は高まる。
2019年には米人権保護団体のインターナショナル・ライツ・アドボケイツが、アップル、アルファベット、マイクロソフト、デル、テスラに対する集団訴訟を提訴した。問題視したのはリチウムイオン電子に使われているレアメタルのコバルトだ。
世界生産量の3分の2はアフリカのコンゴ民主共和国によって占められているが、安全が担保されない環境で児童労働が横行するという劣悪な環境にあったという。そうした状況を認知しながらも改善を怠り利益を得てきたとして、損害賠償を求める訴訟となった。
2010年、大手EMS(電子機器の受託製造)企業フォックスコンの中国工場で、従業員の飛び降り自殺が相次いだ際にはフォックスコンの責任のみならず、大手クライアントであるアップルの責任を問う声が上がった。
当時は果たして下請け工場の労働問題、人権問題まで責任を負う必要があるのかと問う声もあったが、ガバナンス強化を求める動きは止まらず、10年が過ぎた今では組み立て工場の労働者はおろか、電池原材料のコバルト鉱山の労働環境まで配慮することが求められるようになったというわけだ。
企業も社会の要請に応えようとしている。アップルは今年2月に開催した株主総会で、将来的にすべての製品をリサイクル材料のみで生産する構造を発表したが、前述のコバルト鉱山の児童労働問題への対応も考えての構想とみられている。サプライチェーンの最上流、レアメタル鉱山のガバナンスまで、取り組む姿勢を示したわけだ。
世界中に広がるESG投資
世界持続可能投資連合(GSIA)が今年7月に発表した報告書によると、2020年のESG投資額は35兆3000億ドル(約3880兆円)に達したという。2年おきの統計では2016年の22兆8390億ドル(約2510兆円)、2018年の30兆683億ドル(約3375兆円)と着実に増加している。全運用資産に占めるESG投資の比率も2016年の27.9%から2020年の35.9%と8ポイントの増加となった。
2014年のESG投資はわずか8400億円と立ち遅れていた日本だが、急速なキャッチアップを見せている。2020年の投資額は310兆円、2014年からの年平均成長率は168%という高水準を記録している。
「企業の社会的責任」(CSR)を代表格とする経済活動以外の社会貢献を求める動きはESG以前も存在していたが、一部の企業の先駆的な取り組みにとどまっていた。しかし、ESGはすべての企業にとって取り組むべき課題とされている点が大きく異なる。企業の長期発展を目指すためには、必要不可欠な取り組みとなる。
現状ではESGの導入は北米、欧州、日本という先進国の企業を中心に広がっているが、ビジネスのグローバル化が進む現在、「サプライチェーンの先」にある新興国の環境問題、人権問題についても考慮しなければならない時代が到来している。
「世界の工場」中国でも環境対策を強化
実際にビジネスに影響が出た事例も少なくない。代表的なものをあげれば、2017年9月の独大手自動車部品メーカー・シェフラー中国工場の操業停止があげられる。原材料を調達している中国の地場メーカーが環境法令違反で生産停止処分を受けたためだが、中国メディアの報道によると、自動車メーカー49社、300万台超の生産に影響を及ぼす大事件となった。
中国は安い労働力に加えて環境問題の軽視もあって「世界の工場」の座を獲得したとも言われてきたが、近年は環境対策を強化している。汚染物質の排出量が基準を超えた場合には生産停止という厳しい処分にまで踏み切る事例も少なくない。
習近平国家主席は昨年、二酸化炭素排出量のピークアウトを2030年以前に達成し、2060年までのカーボンニュートラル実現を目指すとの声明を発表している。この達成のために環境基準の厳格化やコンプライアンスの強化が進められることは間違いない。
これは日本企業にも大きな影響をもたらすものとなる。自社の基準遵守はもちろんのことだが、「サプライチェーンの先」をいかに見通すかが課題となる。
つまり、ESGを取り入れた経営には、長大なサプライチェーンを見える化し、チェーンのどの部分にリスクがあるのかを把握することが求められている。効率化の側面から考えられてきたサプライチェーン・マネージメント(SCM)だが、今後はESGの遵守、つまり企業の長期的・安定的発展のために必要なコンセプトとなる。
原材料という最上流から販売、あるいはその後の廃棄やリサイクルまで視野に入れたサプライチェーンのすべてを可視化するためには膨大な手間がかかる。デジタル化を軸として、省人化自動化を徹底したSCMソリューションが必要とされるゆえんだ。
現場単位、工場単位、オフィス単位のデジタル化と見える化から、企業全体の透明化へ。そして、「サプライチェーンの先」までをも可視化していく。多くの課題が山積しているが、順を追って解決していく長期的な取り組みが求められている。