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前回までサプライチェーン・マネジメント(SCM)のベストプラクティスや進化形と、それを実現するための要点について解説してきた。日本企業もこれを目指すべきだが、現状に目を向けると、一部の企業や業界を除いて、日本のSCMは世界と比べてかなり遅れていると言わざるを得ない。コロナ危機がなくとも、サプライチェーンの見直しを迫られていただろう。 自社が属する業界や扱っている製品によって、何に重点的に取り組むべきかは異なる。その一方で、共通して乗り越えるべき課題もある。 多くの日本企業に共通して見られる課題にはどんなものがあり、どのようにしてそれらを乗り越えるべきなのか。本稿では、日本企業にとって特に重要な「①見える化は必須でやる」「②部門別・機能別組織の壁を超える」「③トップマネジメントが先導する」という3つのポイントに焦点を絞って議論を進めたい。

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まずはデータを徹底的に収集し見える化すること

①見える化は必須でやる

サプライチェーンの進化の第一歩は、データを徹底的に収集し、見える化することだ。これを完遂するのはどこの国の企業でも容易ではないが、日本企業でそれを行うハードルはより高いと筆者は感じている。

社内の各部門からデータを集めようとしても、その必要性を理解してもらえず、頓挫してしまうことがよくある。その背景には、多くの日本企業で現場力が強すぎることがある。従業員が強い責任感を持って自律的に働いてくれるという利点が日本企業の発展を支えてきたが、サプライチェーン変革の実行においてはそれが足かせになってしまうことが少なからずあるのだ。

たとえば、日本企業では何らかのトラブルが発生して納期が遅れそうな時、生産現場が深夜まで稼働して帳尻を合わせるといった光景がよく見られる。川下のチャネルにすれば、こうした対応はありがたい。その一方で、現場の力で問題を解決できてしまうが故に、問題の根本原因を解決することに意識が向きにくい。さらに、現場は自分たちのやり方を否定されることへの抵抗感も強いので、サプライチェーンの最適化を目指すという取り組みに理解を得ること自体が難しい。

また、紙やエクセルベースでの情報管理や、記録に残らないコミュニケーションによる調整が頻繁に行われており、これがデータ収集の難度を上げている。さらに、データが収集されている場合でも現場ごとに個別で最適化された管理がなされていることが多く、データ統合の段階で頓挫することもよくある。

海外企業の場合、現場が自主的に解決に動いてくれることは珍しく、経営陣は問題が発生したら指示を出さなければならないという意識を持っているので、小さなトラブルでも共有できるような仕組みがつくられていることが多い。また、組織のガバナンス(統治)を効かせるためにも、データという客観的事実に基づく管理が進められている。

日本企業の場合、現場が独自の知恵と工夫で問題を解決できることは強みである一方で、結果として自社のサプライチェーンがどのような問題を抱えているかが顕在化しにくく、弱みにもなっている。経営陣も現場も、ともに問題自体を認識できていなければ、現状維持を選択するのも無理はない。有志が動き出したとしても、上からも下からも理解を得られない状況では、サプライチェーンの変革を実現することは不可能である。

データを収集できなければ問題が明らかにならないが、問題が顕在化しなければ経営陣にも現場にも、現状を変えようという意識が生まれにくい。この悪循環を断ち切る画期的な方法はない。ただ、経営陣がサプライチェーンの実態を明らかにするという強い意志を持ち、理解とコミットメントを示すことが不可欠であるのは確かである。これについては③で詳しく述べたい。

筆者の経験では、データを収集・統合して、コントロールタワーで一元管理する必要性を理解してもらう段階から始めると、データの収集に最低でも半年かかり、1~2年を要することもある。相当な根気を求められる仕事である。ただし、コロナ禍以前と比較すれば、その難度は大きく下がってきたと感じている。コロナ禍を通じて、サプライチェーンの効率性と適応力を高めようという意識と危機感が組織の至るところで醸成されているからだ。変革の意義が現場に伝わりやすくなってきたこの好機を逃すべきではないと筆者は考えている。

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ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー 内田康介氏
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データ収集の対象は社内だけではない。当然ながら社外のデータも収集する必要があり、これは社内以上に骨が折れる仕事だ。そもそも、どの深さのサプライヤーまで情報を集めるのか。しかも、通常のサプライヤー情報に加え、CO2排出量関連、人権デューデリジェンスなど、今後サプライヤー関連で必要となってくる情報やアクションは増加していくだろう。

欧米企業の場合、契約をベースにした文化が根付いており、提携や委託の段階でデータ管理の事前調整まで入念に行う。一方、日本企業の場合は、契約段階でサプライヤーの経営状況を詳細に確認したり、取引内容を詰め切ったりしていないことが多い。製品の品質レベルに関する条件なども欧米企業ほど厳しく設けていないなか、データ共有に関する取り決め自体が存在しない例もよく見られる。

外部データの収集はサプライヤーや委託先との契約の見直しなどから始めることになり、調達、生産、流通のデータを統合しなければならないことまで考えると、社外とのデータ共有はどうしても後手に回りがちであった。サプライヤーが自社の競合企業と取引していることも多く、そうした場合の交渉や作業はよりいっそう困難を極めることが確実である。

だが、これもコロナ危機によって比較的やりやすくなっている。提携先や委託先にデータの連携を提案する必然性が高まり、相手もそれを受け入れる態勢が整ってきたためだ。自社以外のデータを共有してもらうハードルは依然として高いものの、グローバルに問題意識を共有できているいま、これを実現するためのチャンスは広がっている。多くの企業が、サプライヤー情報の取得と管理のしかたを見直す時期に来ているといえるだろう。

また、昨今はアジア地域でのサプライチェーン強靭化の議論や標準化の動きが政府・民間企業を含めて活発化している。これまで企業が個別に取り組んできた、取引先情報の見える化についても、国ごとに、グローバルのベンチャー企業がリスク情報の一元化、サービス化を行う動きがあり、さまざまな手段が活用可能となっている。企業、産業、国を超えた情報連携は、企業経営の観点でも意思決定のレベルを向上させる可能性を秘めている。経営層はこういった動向を理解し、より早く取り込むことで戦略的な打ち手につなげていくことが重要だ。

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見える化されたサプライチェーン
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自社だけでなく外部の情報も収集し、連携する必要がある
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全体最適のために、データを収集してコントロールタワーで管理する

②部門別・機能別組織の壁を超える

サプライチェーンの効率性と適応力を高めるには、全体最適の発想が不可欠である。日本の大企業でよく見られる部門別・機能別の組織体制は、それを妨げる一因となっている。しかし、サプライチェーンの最適化は、7割方、こういった組織と人の問題によって成功・失敗が決まるというのが、私たちの経験からの見立てである。

部門や機能で組織が細分化されていると、自部門の業績を最大化することに意識が向きやすい。たとえ問題の兆候を察知しても、自分たちが投資リスクを負ったり、他部門と複雑な調整を行ったり、経営陣を動かして全社の問題解決に労力を費やしたりしようとする動機は生まれにくい。特に現場ごとに強い権限を有する日本企業において、この障害を乗り越えることは一筋縄ではいかない。

組織の中に複数の事業を抱え、事業部ごとに独立した損益計算書を持つ場合、この問題はさらに複雑化する。それぞれの事業が個別のサプライチェーンを構築していることが多いからだ。

しかし、こうした状況を問題視し、部門や機能の枠にとらわれない意思決定を目指そうとする企業もある。そうした動きのひとつとして、チーフ・サプライチェーン・オフィサーやSCM統括部門などSCMに特化した役職や部門を設置する企業も増えてきた。彼らに与えられたミッションは、事業部ごとの要望をかなえることではなく、サプライチェーン全体の最適化を進めるために各部門の責任者を動かすことである。

ただし、そうしたポジションは名ばかりで、権限と責任が与えられていないケースも多い。SCM統括部門の責任者よりも生産担当役員や販売担当役員が上位に位置付けられている組織では、SCM統括責任者は実質的に事業部間の調整役や伝言役の役割にとどまっている状況が散見される。組織改編は手段にすぎず、それだけで問題は解決しない。しかし、組織改編をやり遂げたことに満足し、責任・権限など運用面の設計や、実際の変革への意思決定を怠ってしまう経営陣が少なくない。

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	ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー 内田康介氏
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こうした問題を解決する方法の1つは、いきなり全社レベルの組織改編に着手するのではなく、小さく始めることである。最初は部門・機能横断的に構成されるタスクフォースを組成して、本体とは独立した意思決定を下せるチームをつくることを推奨したい。その際、そこでの決定が部門・機能の損得を超えるために、CEOやCFOなど経営陣の直轄にすることが重要である。

特に、近年はこういったサプライチェーンの問題の複雑さ、長期的な視点での意思決定の必要性から、コーポレートのSCMに関わる機能を強化する企業が増えている。CO2排出量削減の観点も含めた取引先との戦略的パートナリング、中長期での生産・物流ネットワークの再構築、全社でのサプライチェーンリスク管理などは、事業単位、機能単位で行うとカバーしきれない領域が発生しがちだ。ある欧州企業では過去数年でコーポレートのSCM機能をより強化したおかげで、コロナ禍などの影響にも迅速に対応できている。

日本企業も前述のようにSCMを統括する役職・部門をCEOやCFOの直轄組織とし、コーポレートでの情報集約と意思決定により、大きなリスクを避け、競争優位性を構築すべきである。

タスクフォースが全体最適の意思決定を行ううえでも、データを収集して、コントロールタワーで管理することが重要だ。そこからKPI(重要業績評価指標)を策定し、ダッシュボードを設けることが望ましい。そして、データを逐次検証しながら取り組むべき問題に優先順位をつけて、全社的なインパクトが見えやすい改善から着手することで、組織全体にサプライチェーン変革の重要性を根付かせていく。そこで一定の成果が上がったら徐々に規模を拡大し、本格的な組織改編を行う。こうしたアプローチが効果的である。

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コントロールタワー
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全体最適の意思決定を行うために、KPIを策定しコントロールタワーで管理することが重要
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なお、筆者の経験上、サプライチェーンの変革が頓挫する理由の1つとして、サプライチェーンという言葉の定義が曖昧だという点が挙げられる。企業によってはサプライチェーンという言葉が本来の意味から乖離して、流通のみを指している場合もある。そのような認識のもとではSCM統括部門が生産部門の下に置かれてしまうのも無理はない。

サプライチェーンという言葉の理解が曖昧なままでは、コントロールタワーを設置する意義も伝わらず、KPIを正しく設定することもできないだろう。そのためタスクフォースを立ち上げる際は、前提をおろそかにせず、その定義を明確化することから始めるとよい。

サプライチェーン変革は経営トップがリードすべき課題

③トップマネジメントが先導する

ボトムアップで問題を発見し、組織を下から変えていくことには大きな価値がある。ただし、サプライチェーン変革においてはこれまで述べてきたような課題があり、ボトムアップを主としたアプローチで変革を実現することは極めて難しい。一方で、コロナ禍で露呈した安定供給のリスク、地政学的リスク、カーボンニュートラル対応などを鑑みると、SCMの適切な実行は企業価値に大きなインパクトをもたらす。CEO以下経営陣がその重要性を理解し、トップダウンで責任をもって進めていくことが一番の近道である。SCMはもはや経営トップがリードすべきアジェンダである。

日本企業の場合は特に、経営陣にサプライチェーンの重要性を理解してもらうことが難しい。前述の通り、データがないためサプライチェーンの現状を把握できない、現場の自主性に依存したガバナンスを敷くことで経営陣が問題自体を認識できていない、といった特有の事情があり、既存のSCMを改善する意識を持ちにくい。

データの一元管理はさまざまな価値を生む一方で、ボトムアップの改善が難しいことも明らかなので、この変革を主導できるのは経営陣しかいない。CEOが中心となって動き出し、責任と覚悟を示す必要がある。

筆者がコンサルティングを行う際、まずは既存のサプライチェーンが潜在的に抱えるリスクを共有するために、経営陣やサプライチェーン部門の責任者と議論し、経営の優先事項として解決すべき課題であるというコンセンサスを得てから、トップダウンでデータの収集に取り組んでもらうケースが多い。SCM変革を真に実現するにはトップマネジメントの理解を深めることが重要である。

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ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー 内田康介氏
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適切なデータが集まり、コントロールタワーでリスクや改善点が顕在化されると、それが企業経営に与えるインパクトや機会損失を数値化できるため、そこからの議論は劇的にスムーズに進むようになる。また、リスクや効果が可視化できると、組織を動かしやすくなる。問題解決に乗り出して成果があがれば、次の問題に着手しやすいという好循環が回り始める。

経営陣はサプライチェーン変革が重要な経営課題であることを理解し、自発的に動き始めるべきだが、それができている企業は多くはない。その理由の1つに、自社や自業界のやり方・慣習にとらわれすぎていることが挙げられる。先進企業の動向、あるいは他業界の取り組みに対する感度を上げることが求められる。

世界の最先端は確実に、サプライチェーンの各段階でAIを活用し、詳細なデータを集め、コントロールタワーを設置してダッシュボードを作成することで、リスクの予測や予防、危機に柔軟に対応するレジリエンスを高める方向へと移行している。サプライチェーンの進化を学習することは、自社が取り残されているという現実を直視する機会となる。これは、経営陣1人ひとりが果たすべき責務である。

繰り返しになるが、先端技術を導入したり組織を改編したりすることは、経営の手段であり、目的ではない。最初から完璧な状況をつくり上げようとすると頓挫するため、トップマネジメントが問題意識を共有することから始めて、最初は多少粗くてもかまわないのでデータを収集・統合して、自社が直面しているリスクを回避すること、また成長をもたらすチャンスに投資する習慣をつけることから始めていただきたい。

さて、4回にわたって、SCMを取り巻く環境変化、見える化とゴール設定、進化形としてのバイオニックなSCM、やるべきアクションなど、サプライチェーンマネジメント戦略について論じてきたが、いかがだっただろうか。

第1回の記事が出たころから現在までを振り返っても、COVID-19の波はなかなか収束せず供給に様々な問題が起こり、地政学リスクは深刻化し、カーボンニュートラルはスコープ3の対応まで視野に、と状況は加速度的に複雑化しているように感じる。また、様々な業界でサプライチェーンの見える化、リスク対策の動きも進み始めている。今、アクションを起こすか起こさないかが、重要な分かれ目である。

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内田 康介(うちだ・こうすけ)

ボストン コンサルティング グループ(BCG) マネージング・ディレクター&パートナー

京都大学文学部卒業、コーネル大学経営学修士(MBA)。NTTコミュニケーションズ株式会社を経て現在に至る。BCGオペレーショングループの北東アジア地区リーダー。製造業を中心に、サプライチェーン改革、調達改革、オペレーション改善、大規模プログラム/プロジェクトマネジメントなど、特にデジタルによるトランスフォーメーションのプロジェクトを数多く手掛けている。

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前回までサプライチェーン・マネジメント(SCM)のベストプラクティスや進化形と、それを実現するための要点について解説してきた。日本企業もこれを目指すべきだが、現状に目を向けると、一部の企業や業界を除いて、日本のSCMは世界と比べてかなり遅れていると言わざるを得ない。コロナ危機がなくとも、サプライチェーンの見直しを迫られていただろう。 自社が属する業界や扱っている製品によって、何に重点的に取り組むべきかは異なる。その一方で、共通して乗り越えるべき課題もある。 多くの日本企業に共通して見られる課題にはどんなものがあり、どのようにしてそれらを乗り越えるべきなのか。本稿では、日本企業にとって特に重要な「①見える化は必須でやる」「②部門別・機能別組織の壁を超える」「③トップマネジメントが先導する」という3つのポイントに焦点を絞って議論を進めたい。
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日本企業がSCMの課題を乗り越えるための3つのポイント――サプライチェーン戦略再考
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日本企業がSCMの課題を乗り越えるための3つのポイント――サプライチェーン戦略再考
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文:内田康介、イラスト:田中英樹