出品者と購入者が自由にやりとりのできる"CtoC"型の産直プラットフォーム「ポケットマルシェ」。コロナ禍で注目を集めた同社は、一次産品の流通を通じて、一次産業の下請け構造を変革してきた。その生みの親である高橋博之氏に、サービスにかける思いや日本の食のサプライチェーンの問題点、持続可能な社会の実現のために消費者・企業がこれから取り組むべきことについてお話しを伺った。
生産者が「価格決定権」を持つことの重要性
――コロナ禍で、「巣ごもり需要」により、フードデリバリーなどの宅配サービスを利用する人が急増しました。ポケットマルシェの利用者も増えているのでしょうか?
高橋:ありがたいことに、かなり増えています。最初の緊急事態宣言直前の2020年2月時点の登録者数は、生産者約2000人、ユーザー5万2000人でした。しかしこの2年で、それぞれ6600人、51万人(2022年3月時点)まで増加しました。ピーク時の注文数はコロナ以前の20倍です。
ユーザー数が急伸したのは、やはりコロナ禍で外食が制限されるなかで、「食の充実」に目を向ける人が増えたからでしょうね。在宅ワークになって、料理をする時間ができたという方も多いはずです。
高橋:一方で、生産者の方々は、藁にもすがる思いでポケマルを始めたという方が大半です。飲食店が休業したことで、突然売り先がなくなって皆さん困り果てました。一次産品は工業製品と違い、在庫として抱えておけないので、これまで「手間と時間がかかるから」と敬遠していた直販に挑戦されているのだと思います。
――あらためて、ポケットマルシェのサービスについて教えてください。
高橋:農家さん、漁師さんをはじめとする一次生産者の皆さんが、自分たちの値付けで自由に生産物を販売できるオンラインマーケットです。生産者とユーザーが直接やりとりをする仕組みで、僕たち運営側は、個別の取り引きには極力介入しません。だから、ユーザーからの質問やクレームにも、生産者自身で対応いただくようにしています。
クレーム対応や販促を手伝ってくれる類似サービスは増えていますが、ポケマルでは生産者の方々が自立することが重要だと考えています。いいものをつくって、自分が納得できる価格で販売して、農業、漁業を生業として続ける。価格決定権があれば、モチベ―ションにもなります。中間業者のいないポケマルという販路を利用して、農家さんや漁師さんに稼いでいただきたいと思っています。
――どんな方々が出品されているんでしょうか?
高橋:全員がプロです。趣味で家庭菜園をやられている方に、小遣い稼ぎでべらぼうに安い値段で出品されてしまうと、そればかりが売れるようになってしまいますよね。だから前年度の売上や漁業権の有無などをチェックして、生活をかけて、本気で一次産業に取り組んでいる方しか登録できないようにしています。
一次産業の下請け構造を変えるポケットマルシェ
――ポケットマルシェ設立の背景はどのようなものだったのでしょうか。
高橋:最初は、2013年にNPO法人『東北開墾』を設立し、「東北食べる通信」を創刊しました。被災地で露呈していた一次産業の衰退に問題意識を感じており、食べ物付き情報誌という手段で解決していこうと考えていました。
高橋:その後、東北だけでなく全国各地に展開するための一般社団法人『日本食べる通信リーグ』という受け皿をつくり、その食べる通信で得た知見を日本社会に全面展開すべく、株式会社ポケットマルシェを設立しました。農協(JA)や漁協(JF)に一律価格で生産物を納入するという、いわば一次産業の下請け構造を変えるために活動しています。
――ということは、農協とは競合関係になるのでしょうか?
高橋:いえいえ、競合ではなく相互補完関係です。僕らはJAバンクの中心機関である農林中央金庫からも融資を受けています。結局、農家さんが疲弊すると、農薬や資材を販売している農協も困るわけですよ。
ただ、現実問題として、農協の仕組みだけでは時代の変化についていけなくなってきています。農家として生活が成り立たないので、どんどん跡継ぎが地方から都会に出て来て、その結果、高齢化が進み、集落の維持がままならない状況になっています。それが日本の農村の実状で、もちろん漁村も同様です。そういった課題に対してサポートする役割をポケマルが担っていければと考えています。
――ほかにも、企業や自治体と連携した取り組みはあるのでしょうか。
高橋:たとえば、JALさんとは、「青空留学」という大学生の地方就業体験プログラムを始めました。いま大学もオンライン授業を実施しているところが多いので、リモートで授業を受けながら地方で農業や漁業を経験してもらおうという企画です。ほかにも、会社の福利厚生として社員に食事を提供するサービス「びずめし」を展開するGigi株式会社(本社福岡市)と、テレワーク中の社員の自宅に産地直送の食材を届けるサービスの実証実験を進めています。
さらに、コロナ禍で販路を失った生産者を支援するための制度「令和2年度国産農林水産物等販路多様化緊急対策事業」を活用し、ポケマルを通じて全国約130か所の「子ども食堂」に米や冷凍ホタテなど、約1万3000人分の食材を無償提供しました。
消費者にも食の生産プロセスに目を向けてほしい
――持続可能な社会の実現に向けて、「食」という点で私たちが取り組めることがあれば教えてください。
高橋:消費者の方々も、一次産品ができるプロセスに目を向けてほしいと思います。農作物は病気になることがあれば、死ぬこともある。ときに漁師さんは、自分の命を危険にさらして漁に出ています。そうした生産品の裏にある「生産者の顔」を知れば、再生産可能な価格で買おうと考える消費者が増えるのではないかと思います。1人でも多くの消費者に、ポケマルを通じて生産者の顔を知っていただきたいですね。
そもそも一次産品というのは、工業製品と異なり、安定供給が難しいものです。不作、不漁のときはどうしても高い値段をつけざるを得ません。しかし、その時々でより安いものを店が海外から仕入れてしまうから、消費者は飛びつき、国産品がどんどん売れなくなっています。その結果、日本の農家、漁師は生産に要したコストを回収できず、徐々に疲弊しているのです。
高橋:いまから15年ほど前に、「牛肉100%」と表示した挽肉に、豚や鳥の肉のほか、パンくずなどを混ぜ込んだ食品偽装事件が起きました。そのとき、偽装を指示した社長が記者会見で「安い食品を求める消費者も悪い」とポロっとこぼして火に油を注ぎ、非難を浴びたんですけど、僕は、この発言だけは正しいと思いました。不正は絶対に悪いことですが、行き過ぎた安さを実現しようとすると、どうしても現場に負荷がかかって誤魔化さなきゃならないことが出てくると思います。
――安いものを求める消費者の声が、食の製造プロセスのブラックボックス化を生みだしてきたという側面もありますね。
高橋:これまで、「もっと効率上げろ、生産性上げろ」と、常に生産者ばかりが変化を求められてきました。そうした消費者の声に応え続けてきたことで、日本は「過剰な安さ」が蔓延している国になり、食品の安全性が脅かされ、農村や漁村が疲弊しているのです。
だから、これからの企業は製造のプロセスを明らかにしつつ、「これだけのことをやっているのだから、相応の価格で買ってください」という情報開示やPRをしていかなければいけないと思います。消費者に納得してお金を出してもらう努力を、企業がもっとしていくべきではないでしょうか。
――最後に、今後の目標について教えてください。
高橋:食をとおして生産者と消費者がつながることで、地方集落の関係人口を増やせるのではないかと考えています。現在、地方では人口減少と高齢化により、食のサプライチェーンの起点となる一次産業がものすごく衰退しています。そこに都会の人が足を運ぶような仕組みをつくりたいですね。
コロナ禍でリモートワークも普及し、二拠点、多拠点生活をしやすくなったので、「週末だけ畑を耕しに行く」「地方の生産者のマーケティングを手伝う」というような人が、どんどん出てきてほしいと思います。一方で、農村、漁村も内向きにならないよう、もっと多様な人材が入ってくる体制をつくらないといけない。都市と地方の人材交流を活発にして、食の生産現場から地方を元気にしていきます。