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『レジリエンス 復活力:あらゆるシステムの破綻と回復を分けるものは何か』

アンドリュー・ゾッリ/アン・マリー・ヒーリー 著

須川 綾子 訳

ダイヤモンド社

2,640円(税込)

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コロナ禍の「危機」に負けなかったトヨタ

今さら言及するまでもないことかもしれないが、2020年2月頃からはじまったコロナ禍は、サプライチェーンに大打撃を与えた。今でも半導体や木材などの供給が滞り、生産活動や経済、人々の生活やビジネスに多大な影響が出ている。さらに2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻の影響も加わった。

コロナ禍に対しては、日本を代表するグローバル企業、トヨタ自動車が見事に危機を乗り越えたことが注目を浴びている。一時的な落ち込みはあったものの、生産台数、販売台数ともに回復し、2021年4~12月期連結決算では売上高、純利益とも過去最高になっている。

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トヨタは、サプライチェーンをはじめとするさまざまな仕組みにおいて、「レジリエンス(復元力、しなやかさ、打たれ強さ)」を発揮できた。そこで、この分野の古典的名著ともいえる本書『レジリエンス 復活力』をテキストに、トヨタのようなリスクマネジメント能力を身につけるためのヒントを探ってみたい。

原書が2012年、邦訳が2013年に刊行された本書は、個人や組織が優れたレジリエンスを育て、発揮するためにはどうすべきかを、森林などの生態系や企業コミュニティにおける実例をもとに、理論的に検証している。

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主著者のアンドリュー・ゾッリ氏は、刊行時、国際的なイノベーターのネットワーク「ポップテック」のエグゼクティブ・ディレクターを務めていたが、2021年10月から、人工衛星による地球観測とデータ提供を扱う米国企業PlanetのChief Impact Officerに就任している。

「周縁部は多様だが核心部はシンプル」なシステム

本書によると、レジリエンスという用語は、さまざまな分野で少しずつ異なる定義で用いられている。生態学では、生態系が回復不能なダメージを受けるのを回避する自己修復能力を意味する。ビジネスの文脈では、災害などに遭遇しても業務を継続するためのバックアップ整備を意味することが多いようだ。

こうした使われ方を勘案したうえで本書では、レジリエンスを「システム、企業、個人が極度の状況変化に直面したとき、基本的な目的と健全性を維持する能力」と定義している。まさしくコロナ禍という未曾有の「状況変化」に対抗しなければならない今、もっとも必要とされる能力だろう。レジリエンスを強化するのに必要な条件が、本書にはいくつか挙げられているのだが、全体をとおして重要となるキーワードは「多様性」だと思われる。例えば、トロント大学の心理学者ケヴィン・ダンバーの研究チームは、複数の生物分子学研究室における研究の方法を比較調査した。その過程で、まったく同じ技術的問題に対し、研究室Aは2か月たっても解決に至らなかったのに、研究室Bはたったの2分で解決した事例を観察したという。研究室AとBの違いは、Aには優秀な研究者が率いる、同質性の高いスタッフがそろっていた。一方Bには、化学者、医師、遺伝学者など多様なメンバーが集っていたことである。

つまり、多様なメンバーだと意見がまとまらないと思われがちだが、実はスピーディーな問題解決が可能だということだ。要は「まとめ方」次第ということだろう。多様な人々による異なる意見をうまく集約する仕組みが必要なのだ。その点、本書でレジリエンス強化の条件の一つに挙げられている「周縁部は多様だが核心部はシンプル」というシステムの原則が注目に値する。

「周縁部は多様」という条件は理解しやすい。本書では、「モジュール方式」の有効性という文脈で論じられているのだが、組み立てブロックのように必要に応じて接続したり切り離したりできるモジュール構造であれば、多様なモジュールを用意することで、いろいろな組み合わせを模索できる。Aというモジュールが機能しなければ、すぐに代替としてBというモジュールを接続できる。それによって、形は多少変わったとしても、システムの基本的な機能は維持できる。

だがシステムの機能が維持されるためには、モジュールの組み合わせが変わったとしても、システムの根幹は変わってはならない。変わらないためには、「シンプル」であるべきだ。複雑に絡みあったものは、少しの刺激で変化しやすく、その変化がわかりにくくなりがちだからだ。

本書では「電力システム」が例に挙げられている。このシステムの中では、人々の電力を提供する発電所が「周縁部」に位置づけられる。今の時代、発電システムは「多様」であることが求められる。火力発電のほかに、原子力、太陽光、風力といったさまざまな手段を用いることで、例えば、原発事故があったときにほかの発電システムで補うなどの対応が可能だ。多様な代替の選択肢があることで、レジリエンスが高められるのだ。

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それでは電力システムの「核心部」とは何か。それは電流、電圧、電子といったシンプルな不変のプロトコルだ。

人体の細胞内のDNAも、「核心部はシンプル」の典型的な例だという。4種類の塩基の組み合わせからなるDNAは、他の人体構造に比べればはるかにシンプルだ。そのシンプルなDNAが核心にあり、人体内の周縁で多様な機能が働くことで生命が維持される。

危機管理本部の「シンプル」な仕組みがスピーディな対応を実現

さて、「周縁部は多様だが核心部はシンプル」を、野地秩嘉著『トヨタの危機管理』(プレジデント社)を参考に、トヨタの危機管理に当てはめてみよう。

「周縁部は多様」については、トヨタの調達部門が平時から精緻な調達部品マップを作成しており、常に最新の情報をもとに更新していた。そのため、いざという場合の代替調達先候補を瞬時に見つけ出すことができる。その際、もちろん多様な代替候補が用意されていることが前提となる。実際にトヨタは、コロナ禍によるフィリピンの現地工場の操業停止に際し、速やかにタイの工場と日本国内の工場に振り替え、生産を続けることができた。

前々回の記事で「サプライウェブ」という新しい仕組みを紹介したが、不特定多数の調達先とつながれるウェブ状のネットワークは、まさに「周縁部は多様」を実現するものであり、サプライチェーンのレジリエンス強化にも役立つものにほかならない。

では「核心部はシンプル」についてはどうか。

トヨタは、コロナ禍が発生して早々に危機管理本部を立ち上げた。そこでスピーディーな対応を行っていったのだが、同社には「危機管理では役員に報告しない」という原則があるそうだ。工場の操業休止など新たな危機が発生したり、情報が更新されたりしたときでも、いちいち現場の社員が役員まで報告を上げることはしない。

役員が状況や情報を知りたければ、危機管理本部へ足を運べばいい。本部にはリアルタイムの状況、情報、対策がひと目でわかるように、日本地図や世界地図などが壁に貼りだしてある。トヨタでは、社長でさえ報告を待たず、情報を得るために直接本部にやってくるのだという。

このように情報をシンプルに1か所に集約するおかげで、情報が入り乱れたり、判断が遅れたりといったことが防げる。

トヨタの社員は普段からこうした仕組みに慣れており、だからこそコロナ禍によるサプライチェーンの危機にスピーディーに対応できた。ちなみに、こうした「平時からの対応」も、レジリエンスを強化するのに重要な条件といえる。

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もちろん、トヨタのやり方は一例にすぎない。大事なのは、常に多様性を意識し、さまざまなアイデアが得られる環境を用意しておくこと。そして、それをシンプルに集約・整理・伝達できる仕組みを作っておくことだ。

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サプライチェーンのレジリエンス強化のために、自社や取引先の状況や事情を加味しながら、「周縁部は多様だが核心部はシンプル」を、どのように仕組みに落とし込めるのか、検討してみてはいかがだろうか。

情報工場 SERENDIP 編集部 チーフ・エディター 吉川清史)

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「レジリエンス」と呼ばれる、システム、企業、個人が極度の状況変化に直面したとき、基本的な目的と健全性を維持する能力が、コロナ禍という未曾有の「状況変化」に対抗しなければならない今、注目されている。『レジリエンス 復活力』では、個人や組織が優れたレジリエンスを育て、発揮するためにはどうすべきかを、森林などの生態系や企業コミュニティにおける実例をもとに、理論的に検証している。この古典的名著をトヨタ自動車の取り組みを題材に、紐解いていく。
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サプライチェーンの「レジリエンス」を高めるには──『レジリエンス 復活力』書評
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サプライチェーンの「レジリエンス」を高めるには──『レジリエンス 復活力』書評
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文:吉川清史