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2015年の「パリ協定」を境に世界各国が脱炭素に向けて動き出し、日本政府も「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げた。これに伴い、「脱炭素経営」をめざす企業が増えてきているが、ここでカギとなってくるのは「サプライチェーン全体のCO2排出量の開示」である。今回、温室効果ガス(GHG)排出量算定・可視化クラウドサービス「zeroboard」を提供する株式会社ゼロボードの代表取締役・渡慶次 道隆(とけいじ・みちたか)氏に「脱炭素経営」を取り巻く潮流について伺った。

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「脱炭素経営」を推進しないことがリスクになる時代

――ここ数年、世界中で「脱炭素」への関心が高まっています。この流れはどのように始まり広がっていったのでしょうか。

渡慶次:では、これまでの国際社会の動きを簡単に振り返りながらご説明しましょう。

まず、「二酸化炭素(CO2)を含む温室効果ガス(GHG)が気候変動の大きな原因である」という事実が指摘されはじめたのは、1990年頃のことです。1992年にブラジルで開催された国連会議「地球サミット」で対策が話し合われ、以降、各国がGHG削減に向けて議論を交わすようになりました。しかし、経済発展のために工業化を進めたい発展途上国と、環境問題の観点からそれに規制をかけたい先進国の間で綱引きが起こり、なかなか妥結されない状況が続きます。

その潮目が変わったのが、2015年の「パリ協定」です。世界各国が協力して「脱炭素社会」の実現をめざし、「産業革命前からの気温上昇を2℃以内に抑える」という合意がなされました。これ以降、世界各国の脱炭素に向けた取り組みが急加速することになります。

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株式会社ゼロボードの代表取締役・渡慶次 道隆氏
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株式会社ゼロボードの代表取締役・渡慶次 道隆(とけいじ・みちたか)氏
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渡慶次:同じ年に、国際金融に関する規制や監督などの役割を担う「金融安定理事会」が、「気候関連財務情報開示タスクフォース (TCFD)」を公開しました。これは、気候変動への取り組みに関する財務情報の開示のためのガイドラインで、現在でも、脱炭素に向けた具体的なアクションを企業にとってもらうためのルールとして機能しています。これにより、気候変動や脱炭素に向けた取り組みや情報開示をしていない企業は、金融市場から評価されず、株価がなかなか上がらない、というのが世界の潮流です。

これは日本も例外ではありません。今年4月、東京証券取引所(通称:東証)の市場区分が新たに「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つに再編されました。このうちの「プライム市場」では、上場約2000社に対して気候関連財務情報の開示を半ば強制的に義務化。今後、数年のうちに、「スタンダート市場」と「グロース市場」にも開示義務が課され、日本では近い将来、「気候関連財務情報の開示」が株式上場の必須条件になると予想されます。

――なるほど。企業価値そのものを高めるという点でも、脱炭素へ向けた取り組みとその情報開示は必須となりつつあるということですね。

渡慶次:そうですね。さらに、日本政府は「2050年カーボンニュートラル」という目標のなかで、「2030年までに2013年対比でCO2排出量46%削減」という中間目標を掲げています。この高い目標を達成するために、早ければ2025年頃に「炭素税」が導入されるはずです。

すでに欧州諸国では、炭素の排出量に価格付けを行う「カーボンプライシング」が行われており、「排出量取引」制度が導入されています。これは、政府が各企業に「キャップ」というGHG排出量の上限枠を設定し、「企業は自社のGHG排出量に応じたキャップを調達する義務を負う」という制度です。つまり、割り当てられた「キャップ」を超過してGHGを排出する場合は、政府や他企業にお金を払って、GHG排出枠を購入しなければいけないのです。これが各企業のGHG排出の抑止力となっています。

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企業が脱炭素経営を求められるであろう時間軸
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企業が脱炭素経営を求められるであろう時間軸(提供:株式会社ゼロボード)
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渡慶次:日本でも同様の「排出量取引」制度、あるいは単純に化石燃料の炭素含有量に応じて税を課す「炭素税」制度が導入されるのは、ほぼ間違いないと思います。これまでは、環境対策にかける予算は余計なコストと見なされていましたが、これからは「環境負荷の低減」「CO2排出量の削減」を先送りにするほうが、余計なコストがかかってしまうかもしれません。

さらに金融市場からの評価だけでなく、若者を中心として消費者からの評価も変わってきています。「エシカル消費」と呼ばれるように環境に配慮された商品やサービスを利用したいという意識が高まり、最近では「エシカル就活」として就職活動において環境問題や社会問題に事業として取り組む企業を志望する若者が増えています。優秀な人材を確保という点からも、企業は「脱炭素経営」に取り組まなければいけません。

今後の企業活動のカギとなる「サプライチェーン排出量」の算定

――企業が「脱炭素経営」を実践するためのポイントを教えてください。

渡慶次:重要なのは、「サプライチェーン全体のCO2排出量(サプライチェーン排出量)を減らす」という考え方です。たとえば、CO2の削減のために自社工場の稼働を減らし、その代わりに下請け工場の稼働が増えてCO2排出量が増加していたら、本末転倒ですよね。TCFDでもサプライチェーン排出量を開示することが推奨されており、国際金融市場の評価においても、排出量の報告・開示が必要になりつつあります。

そして、サプライチェーン排出量を算定・報告する際の国際的な基準が「GHGプロトコル」です。GHGプロトコルでは、サプライチェーンにおけるCO2排出量を3つの範囲(Scope)に分けて算定します。

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GHGプロトコルにおけるサプライチェーン排出量
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GHGプロトコルにおけるサプライチェーン排出量(提供:株式会社ゼロボード)
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渡慶次:ここでポイントとなるのが、「Scope3」 です。たとえば、あるメーカーがScope3を算定するためには、部品を納入しているサプライヤーがその部品の製造する過程でどれだけCO2を排出しているかを把握しなければいけません。また、サプライチェーンの下流に目を向けると、製品の配送に使われるトラックがどれだけ排出しているかもすべて算定する必要があるのです。

――つまり、Scope3を算定したい取引先企業からの要請で、自社のCO2排出量を算定しなければいけないというケースもあるわけですね。

渡慶次:はい、今後増えていくと思います。たとえば、Appleは2030年までにサプライチェーンのカーボンニュートラル実現を宣言しています。同社は原則、自社工場を持たないファブレスメーカーであるため、算定しなくてはならない領域のほぼすべてが「Scope3」に該当。つまり、同社は「脱炭素に取り組まない企業とは今後取り引きしない」ということを暗に示し、取引先に圧力をかけたわけです。

それに応じるように、Appleの主要サプライヤー200社のうち、約9割は「再生エネルギーで工場稼働する」という取り決めをしました。このように大企業が音頭をとることで、Scope3のサプライチェーン排出量が大幅に削減され、社会的なインパクトも大きくなります。

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株式会社ゼロボードの代表取締役・渡慶次 道隆氏
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渡慶次:また、金融機関は「投融資先のCO2排出量」を「Scope3」として算定することが要請されています。これにより、排出量が多い企業には投融資を控え、反対に環境負荷低減に貢献するプロジェクト(グリーンプロジェクト)などには、前向きに投融資をするという状況が生じています。金融機関から投融資を受けるためにも、企業は自社のサプライチェーン排出量を把握しておいたほうがベターです。

先ほど、「気候関連財務情報の開示が株式上場の条件になる」と言いましたが、いずれは非上場の中小企業であっても、上場企業や金融機関からの要請で、サプライチェーン排出量を算定し、削減に向けて取り組まなければいけないようになります。つまりScope3の算定は、企業活動をするうえで避けては通れない課題なのです。

――取引先まで含まれるScope3の算定は難易度が高そうだと感じたのですが、どのように算定していくのでしょうか。

渡慶次:そもそも、CO2排出量は「活動量×排出原単位」で算定するのが基本です。

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CO2排出量の算定方法(提供:株式会社ゼロボード)
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CO2排出量の算定方法(提供:株式会社ゼロボード)
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渡慶次:Scope3の算定では膨大な量のデータを集めなければいけません。なかでも「排出原単位」は企業ごとに異なるため、関連各社に聞いて教えてもらうのが望ましいのですが、「すぐには出せない」「そもそも出し方がわからない」という企業も少なくありません。そこで、二次データ(国や研究機関が公表する平均値)を使って、簡易的に算定するということが行われています。

しかし、この二次データを使って算定した排出量は、実態とかけ離れていることも珍しくありませんし、サプライチェーン上の関連各社の削減努力も反映されません。やはりScope3の排出量を効果的に削減するのであれば、サプライヤーから一次データ(実績値)を提供してもらって、一緒に削減の方法について考えていくのが理想的です。

直近で一次データの取得を始めている企業は、関係各社にExcelのフォーマットを送り、排出量を記入してもらうという手法をとっています。そのExcelデータを回収、集計して、Scope3を算定するのです。しかし、10社、20社ならともかく、グローバル企業ともなると、1000社、2000社単位のデータを扱うことになり、とてつもない労力と時間がかかっていました。そうした課題を解決するために開発したのが、GHG排出量算定・可視化クラウドサービス「zeroboard」です。

GHG排出量算定・可視化クラウドサービス「zeroboard」

――御社が提供されている「zeroboard」は、どのようなサービスなのでしょうか。

渡慶次:「zeroboard」は、Scope1およびScope2はもちろん、煩雑なデータ収集が必要だったScope3の算定と可視化を簡単にできるサービスです。

クラウドのため、サプライチェーンの上流・下流のあらゆる取引先企業からのデータ連携が可能で、入力直後からサプライチェーン排出量を算定することができます。また、算定方法はGHGプロトコルに基づいており、システムは国際標準化機構の「ISO14064-3(※1)」に準拠した検証により保証を受けています。多言語化も進めており、海外の拠点で使用しても問題ありません。

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【用語解説】
※1 ISO14064-3
国際的に統一されているGHG算定の妥当性確認・検証に関するルールを定めたもの。

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(提供:株式会社ゼロボード)
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――「zeroboard」を導入している各社のデータが、瞬時に連携されるということでしょうか。

渡慶次:おっしゃるとおりです。ですから、ユーザーが増えれば増えるほど、サービスの利便性が高まる「ネットワーク効果」が働きます。仮に、国内の全企業に「zeroboard」を導入してもらえたら、あらゆるサプライチェーンの排出量が常に可視化されることになるでしょう。

「zeroboard」の価値を高めるために、目下、パートナー企業と連携して新規ユーザーの獲得に注力しています。2022年6月末現在で1300社以上に導入いただいており、今年中に5000社への導入が目標です。

――具体的にどのような企業と連携しているのでしょうか。

渡慶次:まずは金融機関ですね。前述のように、金融機関はCO2排出量の削減に熱心な企業に優先的に投融資をしたいという思惑があります。そのため、サプライチェーン排出量の情報を求めているのです。「zeroboard」を導入する企業が増えれば、それだけ金融機関も情報を入手できる機会も増えるので、お付き合いのある企業に導入を進めてくれています。

また、電力会社やガス会社も重要なパートナーです。社会全体が脱炭素に向かうなかで、エネルギー供給企業は、エネルギーそのものを売るのではなく、脱炭素のソリューションを提供する事業形態にシフトしつつあります。たとえば、ある電力会社はEVの充電器のリースサービスを始めました。彼らもまたサプライチェーン排出量の情報を欲している。CO2の削減を必要としている企業に、サービスをどんどん提案していきたいからです。

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株式会社ゼロボードの代表取締役・渡慶次 道隆氏
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渡慶次:さらに、多くの自治体からも「域内の情報集めにzeroboardを活用したい」という声をいただいています。「CO2排出量実質ゼロのまちづくり」=「ゼロカーボンシティ」の実現のために、排出量削減に取り組む企業への補助金を手厚くするなどの施策を打ち出す必要があり、その準備のためにサプライチェーン排出量の情報を得たいのです。

このように、多くの企業や自治体が、サプライチェーン排出量のデータとして価値に気づき始めています。パートナーと協力しながら、「脱炭素」と「成長」を両立するソリューションをどんどん提供していく予定です。

――今後の目標について教えてください。

渡慶次:国内ユーザーを増やしながら、東南アジアを中心に海外展開も進めていきたいですね。この「脱炭素社会」の流れは、基本的には欧州がルールを決めて主導しているものですが、日本は東南アジア諸国とタッグを組んで、もっともビジネス上の国際ルールなどを積極的に提案していくべきだと思います。

また、「サプライチェーン排出量」というデータは大きな武器になるので、これを提供することで、製造業をはじめとする日本企業が世界で活躍するためのお手伝いがしたいですね。そして弊社自体も、アジアで最大のSaaS企業になることをめざして、さらにプロダクトを進化させていきたいと思います。どうぞご期待ください。

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2015年の「パリ協定」を境に世界各国が脱炭素に向けて動き出し、日本政府も「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げた。これに伴い、「脱炭素経営」をめざす企業が増えてきているが、ここでカギとなってくるのは「サプライチェーン全体のCO2排出量の開示」である。今回、温室効果ガス(GHG)排出量算定・可視化クラウドサービス「zeroboard」を提供する株式会社ゼロボードの代表取締役・渡慶次 道隆(とけいじ・みちたか)氏に「脱炭素経営」を取り巻く潮流について伺った。
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ゼロボードが語る「脱炭素経営」の現在――「サプライチェーン排出量」のデータは日本企業が世界で戦う武器となる
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取材・文:相澤良晃、写真: 渡邊大智