パソコンやスマートフォン、家電から自動車まで、あらゆる電子製品に欠かすことのできない半導体。コロナ禍でのテレワークの広がりや巣ごもり需要などを受けて世界全体で不足し、日本でも製造業が減産に追い込まれるなどの影響が出ている。さらに半導体は重要性を増し、各国で急激な開発競争が起こっている。
前回に引き続き、日本の半導体産業復活のキーパーソンとして注目される東京大学大学院 工学系研究科の黒田忠広教授に、半導体産業のビジョンについてお話を伺った。聞き手はパナソニック コネクト執行役員副社長の坂元寛明が務めた。
黒田 忠広
1982年東京大学工学部電気工学科卒業。工学博士。同年(株)東芝入社。1988年~90年カリフォルニア大学バークレイ校客員研究員。2000年慶應義塾大学助教授、2002年教授、2019年名誉教授。 2007年カリフォルニア大学バークレイ校MacKay Professor。2019年東京大学大学院教授、d.labセンター長。2020年RaaS理事長。60件の招待講演と30件の著書を含む300件以上の技術論文を発表。200件以上の特許を取得。IEEE SSCS監理委員会メンバー、IEEE上級講師、IEEE/SSCS Region10代表、A-SSCC委員長を歴任。IEEEフェロー。電子情報通信学会フェロー。VLSIシンポジウム委員長。
坂元 寛明
パナソニック コネクト株式会社 執行役員 副社長 モバイルソリューションズ事業部長1990年に松下電器産業株式会社(現:パナソニック ホールディングス株式会社)入社後、情報機器の海外営業を担当。2012年には欧州の販売会社であるパナソニック システムコミュニケーションズヨーロッパの副社長、2014年にはアジア大洋州の販売会社であるパナソニック システムコミュニケーションズアジアパシフィックの社長を歴任。2015年よりパナソニックの社内カンパニーであるコネクティッドソリューションズ社の常務およびモバイルソリューションズ事業部の事業部長に就任。2019年より現職。※ 所属については取材当時(2022年11月時点)のもの
ハードウェアでも「80点主義」でアジャイルな開発を
坂元:前回、世界最大の半導体メーカー「TSMC(台湾積体電路製造)」の日本進出の価値について伺いました。ここ数年、半導体不足に苦しめられているメーカーとしては、国内に生産力の高いサプライヤーができることが素直にうれしいですね。
黒田:世界情勢が不透明な時代にあって、足元のサプライチェーンを整備することは、半導体分野に限らず、日本の製造業にとって重要な課題ではないでしょうか。製造拠点の国内回帰も進むと思います。
坂元:実は私たちの扱っている「レッツノート」「タフブック」などの製品は、電子部品の実装から、組立、検査までを一貫して神戸工場で行っています。30年前、多くのメーカーが中国や台湾、東南アジア諸国に製造拠点を移しはじめたときに、私たちもその選択を迫られました。コストメリットを考えれば、断然、海外に拠点を移したほうがよかったんですね。
それでも国内に留まったのは、「かゆいところに手が届くサポート」が私たちの強みのひとつだと考えからです。実は95%以上が国内販売なので、サポート体制も日本に一極集中して手厚くできています。何かトラブルが起きればすぐにスタッフが駆けつけられる、修理に必要なパーツの取り寄せにも時間がかからない。こうした質の高いサポートサービスによって商品の価値を高めています。
坂元:そして、現在のコロナ禍におけるグローバルサプライチェーンの分断や、近年のアジアを中心とした地政学的なリスクを踏まえると、あのとき国内生産の継続を決断して、本当に良かったと思っていますね。
黒田:結果的に時代を先取りしていたわけですね。私がパナソニックグループが先進的だと思ったのは4年ほど前、「くらしアップデート」というビジョンを世に問われたときです。当時、「何を言ってるのかわからない」と批判も多かったのですが、私はかなり未来を見据えていると思って衝撃を受けたんですよ。
普通は購入時がもっとも製品価値が高い状態なのですが、購入後も製品価値を高めていくという「くらしアップデート」の概念はとても新鮮で、今後のものづくりの基本姿勢になるだろうと思いました。
坂元:ありがとうございます。パナソニック創業100周年のタイミングで、当時(2018年)社長であった津賀が語ったものですね。
黒田:そうでしたね。現実にそのとおりのことが起きていて、たとえば、いまテスラの車に乗っていると1か月に1回、アップデートがあります。そうすると、より自分の求める走行に近くなるんですね。AIの力で使用する環境に合わせて最適化され、アップデートで車がどんどん賢くなるわけです。
システムと言うのはソフトウェアとハードウェアの融合で成り立っています。しかし現状では、頻繁にアップデートされるのはソフトウェアだけです。でも、もしテスラの車のハードウェア部分もアップデートされたら、どれほど快適な走りができるのだろうと想像することがあります。
たとえば、ソフトウェアのアップデートに伴って、毎月チップ自体も自社工場でアップデートできるとしたら、すごいと思いませんか? 地力のあるパナソニック コネクトさんがそれをやれば、他社の追随を許さない、素晴らしい製品ができるのではないかと期待してしまいます。
坂元:非常に面白いですね。一方で、開発のハードルは高そうだとも感じます。
黒田:そのために大切なのは80点主義ですよ。100点満点のものを作ろうとせずに、ササっと80点のものをつくってしまう。これを実行できればゲームチェンジャーになると思います。
ものづくりの世界では、80点までは比較的スピーディに到達できますが、そこから90点にするのに時間がかかりますよね。95点を96点にするのには、さらに労力を要します。それなら、80点の製品をサッとつくって、小まめにアップデートを繰り返したほうがいい。今や開発スピードの速さこそが、品質の高さに直結する世界になりつつあります。先ほど例に挙げたテスラがいい例ですよね。
坂元:なるほど、3年に1回、30%性能がアップした製品を出すのではなく、その間に5%の性能アップを10回繰り返したほうが、最終的にすぐれた製品ができるという考え方ですね。
黒田:その通りです。それがデジタル時代の指数関数的な進化をハードウェアにもたらすと思います。ハードウェアにおいても「アジャイル開発」がキーワードです。
坂元:たしかに、お金と時間をかけて完璧なものを提供するというのが、これまでの常識でしたが、これだけ移り変わりの早い時代ですかから、スピード重視の「80点主義」も場合によっては考えないといけませんね。
黒田:大量生産、大量消費の時代は「コストパフォーマンス」が重視されましたが、これからは「タイムパフォーマンス」に注目すべきです。これまでにない、独自性のある製品をつくれば他社製品と比較されることもないので、「80点」でもユーザーは満足してくれます。「0点」のところに「80点」の製品が登場したわけですから。
それが、みんなで似たり寄ったりの製品を作っているから、あっちの会社の製品は「95点」、こっちの会社の製品は「96点」と比べられてしまう。ぜひとも、パナソニック コネクトさんには他社がまねできない、圧倒的な製品をこれまで以上に生み出してもらいたいと思います。
誰もが日常的にチップを作る未来を目指して半導体開発を民主化したい
坂元:私の周りでは、この1~2年「半導体をやりたい」といって入社される若い方が増え、変化を感じています。黒田さんの目からみて、「人材」という点では、半導体業界はどう変わってきていますか?
黒田:私も最近、ようやく半導体分野を志す若者が増えてきていると感じます。しかしこれは日本だけの話で、実は世界的には半導体分野はずっと成長産業として人気でした。日本だけがこの20年間、停滞していて人材不足に悩まされていましたが、ここに来てようやく風向きが変わってきたといったところでしょうか。
坂元:加えて、若い方は最初からグローバルな視点で考えられていますよね。環境への意識が高いことも、その表れなのかもしれません。
黒田:そうですね。若い人たちは、私たちが心配することもなく世界を見ています。2020年にみなとみらいに半導体設計のためのTSMCデザインセンターができました。そこに就職を決めた学生に「なんで日本企業に行かないの?」と聞いたら、「世界最先端の仕事ができる」と答えが返ってきて、少し寂しくもありつつ、よく考えているなと思いましたね。
坂元:黒田さんは、東大に移られてからシステムデザイン研究センター「d.lab」(ディーラボ)と、先端システム技術研究組合「RaaS」(ラース)を相次いで立ち上げました。その目的には人材育成という側面も含まれているのでしょうか?
黒田:そうですね。「d.lab」は会員制で広く企業を募り、エンジニア同士が知見を共有して自由に活発な議論をするオープンイノベーションの場です。学内の電子工学系の各研究室も協力してさまざまなアイデアを出し合い、プロトタイプの半導体を、提携するTSMCに製造してもらうという仕組みです。
一方、「RaaS」は、「d.lab」で開発した技術を実用化し、参加企業と具体的に事業として展開するための産学連携拠点です。参加企業は、現在49社。そのなかにはもちろんパナソニック コネクトさんも入っていて、3D積層化のための技術やノウハウをご提供いただいています。
坂元:「d.lab」や「RaaS」には、多くの優秀な人材が集まっているわけですね。
黒田:日本の半導体産業の復活に人材育成は欠かせません。半導体開発の方針を示す際、「ムーアの法則 ※2」を極限まで突き詰めて集積度を上げようという「モア・ムーア」と、ムーアの法則とは違ったアプローチで価値あるものを生み出そうという「モアザン・ムーア」という言葉がよく使われます。私はこの2つに、さらに「モア・ピープル」というキーワードを加えたいですね。
※2 ムーアの法則……「集積回路上の搭載素子数(集積度)は、2年ごとに倍になる」という将来予測。米国インテル社の創業者であるゴードン・ムーアが提唱したとされる。
坂元:「モア・ピープル」ですか。どういったお考えでしょう?
黒田:多くの人が加わると、イノベーションが起こりやすいという考え方です。
それを示す興味深い話があります。ある研究者が、無数にある南太平洋の島々を調査して、その島に暮らす島民の数と、漁業に使われる道具の種類を調査しました。その結果を横軸に島の人口、縦軸に道具の数をプロットしていったところ、きれいな正の相関関係が明らかになったそうです。つまり、より多くの人がいる島では、より多くの道具が使われていたわけです。
坂元:多くの人が集まれば、それだけ新しいアイデアも生まれやすい、ということですね。
黒田:はい。私はこれを「集団脳」と呼んでいます。
インターネットの発展によって、いまや70億の脳がつながり、サイバー空間でさまざまなアイデアを交換しうる時代になりました。しかし残念なことに、半導体産業はそれに逆行している。
ひとつのチップを開発するのに50億、100億といった莫大なお金がかかるため、GAFAのような超巨大企業だけしか開発に着手できません。ほとんどの企業では不可能に近い規模の投資が必要で、一部の限られたプレイヤーだけが特権的にチップを開発できるという状況です。でも、それではつまらないですよね。そこでいま私が取り組んでいるのが、「半導体の民主化」です。
黒田:これまでの半導体ビジネスは、安価な汎用チップをいかに大量生産するかに焦点が当てられていましたが、これからは特定の機能に特化した専用チップの重要性が増していきます。規格化された汎用チップを組み合わせるだけでは、複雑な社会課題を解決し、未来社会に求められるサービスや機器をつくることができません。
ところが前述のように、専用チップをつくるのには莫大なお金がかかります。ですから、ソフトウェアのように、プログラミングするだけで自動的に半導体チップがつくられるようなツールの開発を進めています。
坂元:完成すれば、もっと多くの人が簡単に半導体を設計できるようになるということですね。
黒田:はい。私の夢は、10年後に私の娘が息子に対して、「この前、お母さんが作ったあなたの家庭教師AI、失敗だったわね。作り直したから、明日にでも届くわ」といって、郵便で届いた半導体チップを家庭教師ロボにカチッと装着する、そんな世界になることです。本気で実現したいと思っています。
坂元:オリジナルの半導体回路を設計し、製造することが特別じゃなくなり、日常生活の中で行われる世界ですか。夢がありますね。
黒田:「半導体の民主化」が実現して、「集団脳」でチップを開発する。それができるようになれば、私たちの未来はもっと豊かで、すばらしいものになるはずです。
サプライチェーンのマインドをコネクトして社会に貢献する
黒田:パナソニック コネクトさんは、今年4月に新生されましたが、これまでと何か変わりましたか?
坂元:やはりカルチャー&マインドの変化は大きいですね。とくにDEI (多様性、平等性、インクルーシブ)の推進を重要な経営施策のひとつと位置づけているため、以前よりも女性の活躍を肌で感じるようになってきましたし、男性の育休取得やLGBTの問題などにも積極的に取り組むようになっています。
黒田:私も、もっともっと半導体産業で女性が活躍してほしいと思っています。
坂元:Blue Yonderの子会社化も、文化面でプラスに働いています。米国発のソフトウェアのソリューション企業ですから、フィジカルな現場を中心に製品を提供してきたパナソニックとは、また違う人材が集まっています。Blue Yonderとの連携によって、国籍、性別問わず、グローバルな人材交流が進んだと感じていますね。
一方、全国の拠点に目を向ければ、まだまだDEIが浸透していないと思うこともあります。今後、徐々に浸透させていきたいですね。やはりこのコネクトが先陣切って、新しい時代にあったカルチャー&マインドをパナソニックグループに広めていきたいと思います。
黒田:「コネクト」という社名は素晴らしいですよね。結局、半導体不足もサプライチェーンがうまくコネクトされていなかったから起きたわけです。
坂元:「コネクト」をキーワードにエンドツーエンドで無駄のない、サプライチェーンを構築するお手伝いをこれからも頑張っていきます。そのソリューションとしてはBlue Yonderのソフトウェアが核になると思うのですが、「共存共栄」「社会貢献」というパナソニックのマインドについても、サプライチェーン全体で共有できればと思っています。
たとえば、堅牢性に優れたタフブックは、救急救命士や人命救助の場でも使われています。そのことを先日、タフブックに使用している半導体のメーカーさんを訪問した際にお話しさせていただく機会がありました。「だから優先的に供給してほしい」とか、「価格を下げてほしい」ということではなくて、やっぱり自分たちが供給している部品が、社会のために役立っているということをサプライヤーさんにも知っていただきたかったんですね。
サプライチェーン全体で、「一緒に世の中のために役立つ仕事をしている」という仲間意識のようなものを共有できれば、同じ方向を向いて誇りと責任感をもって仕事ができるようになるのではないかと。
黒田:マインドのコネクトですね。やっぱり、1社だけ、1人だけではできることに限界がありますから、みんなで知恵を出しあうことが大切ですよね。とくに社会課題の解決に取り組むためには。
坂元:そうですね。これからもさまざまな企業様とも連携しながら、持続可能な社会の実現に貢献する仕事を目指します。本日はありがとうございました。
黒田:こちらこそ、ありがとうございました。
前回に引き続き、日本の半導体産業復活のキーパーソンとして注目される東京大学大学院 工学系研究科の黒田忠広教授に、半導体産業のビジョンについてお話を伺った。聞き手はパナソニック コネクト執行役員副社長の坂元寛明が務めた。