デジタル化が加速する近年、セキュリティの高い認証技術の重要性はさらに増しつつある。なかでも特に高い利便性とセキュリティを実現できるのが顔や静脈、指紋などの生体情報を用いる「生体認証」だ。そんな「生体認証」の分野で、2023年2月に日立製作所とパナソニック コネクトが協業を発表した。
「生体認証」分野における競合企業同士の協業プロジェクトはどのように実行されているのか。パナソニック コネクト 現場ソリューションカンパニー パブリックサービスマーケティング部 大住駿介氏、日立製作所 金融第二システム事業部 金融デジタルイノベーション本部 真弓武行氏にお話を伺った。
競合同士で協業し、世界一の生体認証サービスをめざす
――そもそも今回の協業は、どのようにして始まったのでしょうか。
大住: 2021年の年末に、弊社から日立製作所さんにお声がけさせていただきました。
真弓:最初、話をいただいたときはビックリしました。弊社は、これまで指静脈認証ソリューションに力を入れており、顔認証を手がけるパナソニック コネクトさんとは、いわば生体認証分野における競合ですから。
ただ、ここ数年はコロナ禍の影響から、タッチが必要な指静脈認証よりも“非接触”の顔認証をお客様から求められることが増えており、顔認証の技術を強化する必要性を感じていました。そんなタイミングで世界最高水準の顔認証技術をもつパナソニック コネクトさんから協業のお誘いがあったので、これはチャンスだな、と。
大住:パナソニック コネクトの顔認証技術は、米国国立標準技術研究所(NIST)から2022年に経年変化評価において世界最高水準の評価を獲得※するなど高い評価をいただいていますが、事業としてはまだまだ成長段階。今後、顔認証を中心とした生体認証のサービスを拡大していくためには、パートナー企業との協業が必要不可欠だと考え、特許技術である「公開型生体認証基盤」(PBI:Public Biometric Infrastructure)をもつ日立製作所さんに協業を申し出ました。
※ 2022年11月6日のNIST(FRVT 1:1)経年変化評価において、Mugshot(人種・経年変化を含む正面顔データ、他人受入率:10万分の1)で世界1位を獲得
真弓:私たちも、パナソニック コネクトさんの「顔認証」と弊社の「PBI」や「指静脈認証」が融合すれば、世界中のどんな企業にも負けない生体認証サービスを提供できると思っています。より多くのお客様のお役に立ち、生体認証のグローバル市場を牽引できるに違いない。このような考えが両社で一致し、協業に至りました。
――「公開型生体認証基盤」(PBI)とは、どのようなものでしょうか?
真弓:個人の生体情報を暗号化し、安全に管理・運用できるようになるシステムです。世界最先端の特許技術で、生体情報はパスワードに変換後、保存・管理はせずに破棄されるため本人以外の誰かに「なりすまし」をされる心配がありません。日立の生体認証のキモともいえる技術です。
真弓:昨年実施した生体認証に関するアンケート調査では、8割以上の人が「認証精度や利用のしやすさよりも“安全性”を最も重視している」という結果がでました。PBIはそうした声に応えるものです。
PBIによってまず安全性を担保した上で、顔や静脈など、お客様がそれぞれのユースケースに合わせて自由に認証方法を選択する。そうした柔軟なサービスを提供できれば、生体認証はもっと普及するはずです。現在は、両社の強みを融合し、さらなる利便性と安全性を兼ね備えた生体認証サービスの提供を目指しています。
サイバーとフィジカルの融合でサービスの可能性は無限に広がる
――今回の協業は、競合する企業同士が手を組んだ珍しいスタイルだということですが、企業同士が競争力の源泉となる技術に関する情報をやりとりするのはハードルが高そうです。実際にはどんなやりとりがあるのでしょうか?
大住:営業部門から研究開発部門までが定例会議に参加して、情報交換や技術提供を行っています。お互いの研究所が直接連絡を取り合って意見交換をしていますね。これは、ひと昔前なら考えられないことです。大手電機メーカーの技術者が、競合相手にお互いの業務や技術を見せることはまずありえなかったと思います。
真弓:今日のインタビューもそうですけど、マーケティングや広報もこの協業プロジェクトに参加して、市場への訴求も両社で一緒に行っているのがすごいところですよね。手前みそですが、過去にあまり例のない規模の協業だと思っています。あまりにも両社参加者の情報交換のスピードが速いので、私が取り残されそうになったこともあるくらいです(笑)。
――では、あらためてサービスを提供しているお2人の立場から、生体認証サービスの面白さ、やりがいについて教えていただけないでしょうか。
大住:生体認証はまだまだこれから伸びていく分野です。個人的に面白さを感じているのはサイバーとフィジカルの技術が融合することによって、サービスが無限に広がる余地があることでしょうか。今回で言えば、日立さんのPBIによって、メタバースなどサイバー空間のなかで顔認証技術を生かせる環境が整いつつあります。
顔認証技術に関してよく言われる懸念として「本人が写っている写真や画像データでなりすまされるのではないか」というものがありますが、ここはハードウェアの強みを活かして解決できます。専用のカメラを使えば、写真や画像では認証されません。
その一方で、たとえばスタジアムの入場など、セキュリティの要求が高くない場合は、タブレット端末に付属しているカメラを利用してもいいわけです。端末やソフトウェアの組み合わせによって、お客様のユースケースに合わせて、多様なサービスを提供できるのが生体認証事業の面白いところだと思います。
真弓:メタバースに代表されるように、今後ますますサイバー空間でのサービスが増えて、 ログインや決済においても本人認証を行うシーンが現在よりも格段に多くなるはずです。そうしたときに、パスワード&IDよりも、安全性と利便性に優れた生体認証のニーズが高まるのは確実でしょう。サイバー空間での活動が増えていく次の時代には、いま私たちが協業で取り組んでいる技術が役に立てるはずです。
点と点をつなげて、豊かな生活を実現したい
――具体的なユースケースなど、協業の成果は見えてきているのでしょうか。
真弓: ANAグループさんに協力いただいて、2023年3月から、空港内ギフトショップ「ANA FESTA」の対象20店舗(11空港)で、来店時にマイルが貯まる「顔認証スタンプラリー」の実証実験を実施しています。自身のスマートフォンを使って顔情報を専用サイトに登録したうえで、店舗の端末で顔認証によるチェックインを行うとマイルがもらえるというキャンペーンです。
大住:なかなか好評ですよね。
真弓:そうですね。 6月時点で参加者は2万人、認証回数は5万回を超えています。やはり顔認証の「手軽さ」が来店者に受け入れられているようです。先日、私も羽田空港に行った際に利用してみましたが、本当に速い。2023年9月30日まで実施予定ですので、ぜひ多くの方に体験していただきたいですね。
――ここまでお話を伺っていて、元々は競合関係だった企業同士ながら、プロジェクトが順調に進んでいる印象を受けました。企業間の協業をうまく機能させるうえで、お2人は何が大切だとお考えですか?
大住:相手に寄り添って「共感」することだと思います。今回の協業が実現する前には、「お客様を取り合うことになるのでは」と不安視する意見もありました。しかし、いざスタートすると、真弓さんをはじめ、日立のメンバーの皆様は、私たちのことを本当によく理解してくださって、お互いの技術力を高めあう環境ができています。そのような環境が、結果的にお客さまへ提供するサービスの質を向上させると確信しているところです。ともに新しい挑戦に臨むうえでは、両社のお互いの共感が重要だと考えています。
真弓:私たちも同じ気持ちです。成功のためには、相手のいいところに目を向けることが大事ですよね。互いにリスペクトして、意見を出し合えば、自社だけで取り組むよりもいいアイデアがたくさん生まれる。今回、パナソニック コネクトさんとはオンラインでもオフラインでも自由闊達に意見交換を行えています。短期間でこんなに仲良くなれるものなのかと、驚いているくらいです(笑)。
――最後に、これから協業で実現したい目標をお聞かせください。
真弓:いまはまだ、空港のゲートやアミューズメント施設の順番待ち、スマートフォンのアプリ……と、生体認証がバラバラの「点」で導入されている状況です。この「点」と「点」を繋ぎ「線」にして利便性を高め、いずれは「輪」のようにして、あらゆる生体認証が当たり前に私たちの生活のなかに溶け込み、リンクしている世界をつくりたいですね。身体さえあれば、どこにでもアクセスできるようになったら理想だと考えています。
今回の「ANA FESTA」での実証実験も、あくまで空港内の一施設での取り組みであって、さらに引いて見れば旅行体験のほんの一部です。しかし、たとえば旅行当日はチケットを取り出す必要なく空港のゲートを顔認証で通過、レンタカーを借りる際の手続き、ホテルでのチェックインや決済、お土産の購入、観光施設への入場……などなど、旅先のあらゆるシーンで生体認証を活用できるようになれば、すごく軽やかで快適な旅行になりそうですよね。
旅行に限らず、移動や行政関連の手続きなどの領域でも生体認証の「点」と「点」を繋げて、シームレスなユーザー体験を提供できれば、私たちの生活はもっと豊かになると思います。
大住:パナソニック コネクトも顔認証技術を中心に、東京ドームや医療の現場など、さまざまな領域で「点」をたくさん持っているので、日立さんと連携すればすぐに「大きな輪」を描けそうな気がします。
真弓:そこがやっぱり重要なところで、日立だけでは「小さな輪」しか描けないんですよ。それだとやはり真の意味では、世の中に浸透しない。パナソニック コネクトさんと組むことで、グローバルを視野に入れた、広い市場で“わたしたちの技術”を使ってもらえるようになるのではないかと期待しています。
大住:われわれ2社だけでなく、どんどんパートナー企業さんを増やしていきたいですね。企業だけでなく、自治体などとも連携して、顔認証の市場を拡大していきたいと考えています。
真弓:はい。パナソニック コネクトさんの顔認証技術と、弊社のPBIを核として、生体認証のデファクトスタンダードとなるサービスをつくりあげていきたいです。協業で生まれたサービスで世界を席巻しましょう。
【関連記事】
日立とパナソニック コネクト、生体認証のグローバルな展開・加速に向けた協業を開始
「安全で快適な顔パスを」日立とパナソニック、最先端の顔認証サービス提供へ :社会イノベーション:日立 (social-innovation.hitachi)