物流がなければ、生活必需品を含むあらゆる商品は手に入らず、社会が大きな混乱に陥ります。ただ、商品の調達から消費までの流れ(サプライチェーン)は複雑で見えにくいもの。では、もしも購入した商品が爆発物にすり替わっていたら? 誰もがその過程を注視するはずです。
興行収入59.6億円、観客動員数417万人を突破した映画『ラストマイル』は「爆弾の宅配」という架空の事件をきっかけに、物流の背景にある社会課題を描いたサスペンスエンタテインメント作品。本記事では塚原あゆ子監督と新井順子プロデューサー、そして『ラストマイル』の鋭い洞察に感銘を受けたパナソニック コネクトの一力知一の3名が語り合いました。
※本記事および動画は映画『ラストマイル』のネタバレを含みます。未鑑賞の方は、ご注意ください。
インタビューの模様を収録した動画を3/17(月)21:00にパナソニック コネクトのYouTubeでプレミア公開します。ぜひご覧ください。
塚原あゆ子
『ラストマイル』監督
演出家。埼玉県出身。1997年、テレビ番組の制作プロダクション・木下プロダクションに入社。
2005年、ドラマ「夢で逢いましょう」で演出家デビュー。「夜行観覧車」、「Nのために」、「重版出来!」、「リバース」、「アンナチュラル」、「MIU404」、「海に眠るダイヤモンド」など、ヒット作品を生み出す。
2015年、第1回大山勝美賞を受賞。2018年、『コーヒーが冷めないうちに』で映画監督デビュー。映画『わたしの幸せな結婚』、映画『ラストマイル』、映画『グランメゾン・パリ』、映画『ファーストキス 1ST KISS』などを手がける。
新井順子
『ラストマイル』プロデューサー
大阪府出身。制作会社VSO(のちドリマックス・テレビジョンに合併、現TBSスパークル)に入社。7年間の助監督経験を経て、プロデューサーに。「Nのために」「アンナチュラル」などで高い評価を得る。
近年のプロデュース作品は、「MIU404」、「着飾る恋には理由があって」、「最愛」、「石子と羽男-そんなコトで訴えます?-」、「下剋上球児」、映画『ラストマイル』、「海に眠るダイヤモンド」など。
一力知一
パナソニック コネクト株式会社 現場ソリューションカンパニー 現場サプライチェーン本部 エグゼクティブコンサルタント エバンジェリスト
1999年、松下電器産業株式会社(現パナソニック)に入社。データベースシステム開発、製造系基幹システム導入PJ、経営企画、IoTによるスマートファクトリー・スマート倉庫構築などに従事し、現在は社内で実践したオペレーションの知見とパナソニックのデジタル技術を組みわせた「インダストリアルエンジニアリング(IE)とDXの融合による経営オペレーション変革」を中核とするデータ駆動型経営オペレーション構築のコンサルタントとして、社外の製造、物流、流通業界における経営プロセス変革を推進。
※ConnectAIは、パナソニック コネクトが社内で活用している生成AIサービスです。
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物流の社会課題と消費者の責任
映画『ラストマイル』は、「爆弾の宅配」という架空の事件のストーリーを通して、消費者の無自覚な購買行動が、ラストマイルを担う人々に大きな影響を与える社会構造を浮き彫りにしている。 -
サプライチェーン全体の最適化の必要性
物流は数千ものノード(拠点)を通過する複雑なシステムであり、個々の効率だけを見るのではなく全体の同期が重要。同時に、現在の「何個運べるか」という評価基準から、サプライチェーン全体の流れを考慮した新たな評価基準への転換が求められている。人とロボットの共生も単純な役割分担ではなく、より深い考察が必要だ。 - 感謝の循環が持続可能な社会をつくる
物流に携わる人々への感謝や労いが当事者に伝わることも重要である。コロナ禍でも止まらなかった物流は、危険を承知で働く人々の努力の賜物。 感謝を伝えられなければ、真に持続可能な社会とは言えない。
現実は「犯人を見つけたら終わり」ではない
一力:本日はお越しいただきありがとうございます。『ラストマイル』に非常に感銘を受け、実は5回も鑑賞しました(笑)。私たちは、ビジネス界とエンターテインメント界という異なる業界に属していますが、社会を動かして変革したいという思いは同じなのだと感じました。そもそも、なぜ物流をモチーフに映画を作ろうと思われたのでしょうか?
塚原:コロナ禍で不要不急の外出を控えるようになったこともあり、私たちの宅配の利用がここ最近ですごく増えたと思うんですが、どこから来たのか、届いた荷物が本当に正しいのか、しっかり確認せずに開封しているように感じました。そこに、アメリカ炭疽菌事件など過去に発生した物流にまつわる事件につながりうる危うさがあると思ったんです。当時はまだ明確に物流に関して描きたい、と考えていたわけではなかったのですが、そのことを脚本家の野木亜紀子さんに話したことがきっかけになりました。
新井:私も特にコロナ禍は、とにかくダンボールが家に山積みになっていたし、配達ミスで届いたものを気づかずに開けてしまったこともあります。配達って全世界にある概念ですし、「これがもし爆発したらどうなるんだろう?」って誰しもがふと頭によぎったりすると思うんですよ。すごく間口が広そうなアイデアだなと思いました。(参考:映画『ラストマイル』公式サイト | STORY)

一力:一般消費者からはなかなか見えない物流の課題、そしてそれを社会全体が生み出しているという、本質の部分まで表現されているように思いました。そのアイデアからどのように物語を組み立てていったんでしょうか?
塚原:『ダイ・ハード』のようなエンターテインメント作品を目指していたのですが、普通の勧善懲悪のエンターテインメント作品であれば、明確な悪、つまり「犯人」がいるから、その犯人を見つけたら終わりじゃないですか。でも、私たちが生きている現実はそうではないですよね。
物流課題をモチーフに話を膨らませていくと、その「犯人」は無邪気に購入ボタンを押している私たちかもしれない、ということになる。作品内で厳しかったり、間違ったりしているように聞こえるセリフも、会社、つまり組織というシステムの中で働く重圧があるからこそ生まれているものです。期せずして、非常に社会性を含んだ作品になったように感じます。
新井:配達員の方への取材を通して、本当に私たちの選択一つひとつが、物流において顧客に荷物を届ける最後の区間であるラストマイルを担う方々に大きな影響を与えていることに気づかされましたね。私たち消費者は、欲しいと思ったタイミングで気軽に購入ボタンを押しますが、ボタンを押した後にどのようなことが起こっているのかを理解しようとしないまま、便利さだけを享受してしまったのではないかという気がします。
たとえば、欲しい商品をまとめて購入すれば一回の配達で済むのに、「あれも欲しい」「あれを忘れてた」と思って後からさらに購入したり、置き配の設定をしないまま家を空けてしまったりすることが、結果的にラストマイルを担う方々の負担を増やしてしまっている。誰かの欲望が結果として誰かの過度な負担になりうるこの現状は解決できないのか、と考えさせられました。

一力:映画の中でも「ブラックフライデーが怖い」というセリフがありましたが、まさにそうした消費者の気軽な選択による結果を恐れる現場の声ですね。
塚原:配達までのプロセス全体を同期させたくても、その過程にあるいろいろな会社さん同士で連携する必要がありますよね。それ自体すごく難しそうだし、それぞれの会社の利益にも影響するでしょうし……。これも、物流業界にとどまらない、社会の仕組み自体の課題ですよね。
一力:まさにそのような課題を、私たちパナソニック コネクトでは、サプライチェーン全体の「最適化」で解決しようと挑戦しています。おっしゃる通り、物流は、1つの場所で完結するようなものではありません。1つの商品が届くまでに数千ものノード(物流拠点)を通過しており、その各ノードが納期の死守に追われています。さらに、ノードは地域や国をまたがっており、その環境はさまざま。これらノード同士が同期しないと、どこかのノードではモノが溜まり、一方のノードではモノがなくなります。もう少し分かりやすく言うと、生産が完了していてもトラックとの同期ができていないことで、倉庫に保管されたままになっていたり、トラックにすぐ載せたとしても、搬送先の倉庫でまた何日も保管されていたりするのです。
このような問題は、必要以上に各ノードがバッファを持たせたり、そのバッファを前提に全体の配送計画を策定したりすることで発生します。先述の通りノードは無数にあるため、それぞれのノードでのバッファが小さくても、足していくと後ろのノードではかなり大きなバッファとなります。私は、ここに物流課題の本質があると考えています。もちろん変動などは起こり得るので、バッファを設けること自体は必要ですが、必要最小限のバッファでつながっている状態こそ、「ノード間が同期している」と言えますし、それが、パナソニック コネクトが取り組んでいる「サプライチェーンの最適化」の考え方です。(参考:パナソニック コネクトの現場現場最適化ソリューション)

自己紹介も兼ねて、私の仕事の話もさせてください。サプライチェーンの最適化のために、私たちは作業時間の「標準化」も重視しています。たとえば、人による作業時間や内容のばらつきを無くす、ということです。パナソニックが製造業としてこれまで蓄積してきた知見とノウハウを活かした、インダストリアルエンジニアリング(IE)という考え方に基づいて、熟練の人がなぜ早く作業できているのかをデータ分析、デジタルでアシストすることで、熟練でない人でも、熟練の人たちと同じスピードで作業をできるようにしようとしています。
たとえば、熟練の人たちは倉庫の配置が頭の中に入っているから作業が早いと仮定すると、デジタルで場所をアシストすることで他の人も早くかつ正確に作業することができます。そのほかにも間違いを起こさないような作業手順の改善や、モノの配置の変更なども行います。このように、人によるばらつきの原因を特定して、それらを取り除くあらゆる取り組みをIEでは標準化と呼ぶのです。
システムのひずみを無くすには、働く人の評価基準見直しを

塚原:サプライチェーンの最適化を進めるにあたって、実際に各工程で作業をされている方々の働き方についても考える必要があると思います。
『ラストマイル』でも、ピッキング作業をする方々の姿を映しているんですが、彼らにはどこに向かって何をピッキングするのか手持ちのタブレットで常に指示が出ています。自分の能力を最大限活かし、最短でピッキングしているのか、作業をする方々が常に問われることになると、今度はそれが『ラストマイル』で描かれたようなシステムのひずみになってしまう気がするんです。いろいろな方がいる中で、誰もがやる気を失うことがなく、持続可能な形で作業することは可能なんでしょうか?
一力:実は、私たちが現場で蓄積してきた100年間のデータ分析の結果、一人だけ早く作業できる人がいても、結果的に全体の作業が遅くなることが分かっています。渋滞と同じ原理なんですが、早い人と遅い人が混在すると、早い人はその状況に応じてアクセルとブレーキを踏む回数が増えて、全体のモノの流れが悪くなります。逆に遅い人のペースに合わせると、全体のモノの流れ自体は保たれますが、そのスピードはゆっくりとしたものになってしまいます。
つまり、作業をする方々に必要なのは、必ずしも現場での作業スピードという一つの値だけではないんです。「誰かは5秒でこなせるけれど、他の人は10秒かかる」ではなく「全員が8秒になる」ようにするのが、サプライチェーン全体の最適化に重要な要素です。そして最終的には、全員が5秒でできるように進化させていきたいと考えています。

新井:作業が早い人、そうでない人などそれぞれの傾向に合わせてグループを組んだら、全体の作業効率が上がりそうですし、特定の人が責められることもなくて良さそうですね。せっかちだったり、のんびりだったり、性格って生来的なものでもありますし。
一力:おっしゃる通り、作業スピードの値が近い人同士で作業ができるようオペレーションを組んだりもします。先ほどの「標準化」の話ですね。さらにそれをトラックの到着時間など前後の工程のタイミングとも同期させることで、さらなる最適化につながります。
塚原:作品では、火野正平さんと宇野祥平さんが演じる宅配ドライバーの親子が「何個モノを運べるか」ということが生活に直結している様子を描きました。サプライチェーンの最適化が進んだときの評価基準は、どうなるんでしょうか?
一力:これまでの評価基準は、間違いなく変えないといけません。先ほど述べたように、モノを早く運ぶスピードだけで考えていては、全体の効率が低下することもありますから。個数はこれからも指標の一つになると思いますが、稼働率など全体最適を表すほかの指標も合わせて、サプライチェーンに携わる方々の評価基準に取り入れていくべきだと考えています。
その一つが、ノードにおける在庫量です。「なぜ在庫?」と思われるかもしれないですが、在庫は、モノの流れが良くなると自然と最適化されます。「どのくらいノードにその在庫があるべきか」 を計算したい場合の在庫量の単位は、個や円ではなく、日です。たとえば、隣のノードへの輸送に1日かかり、その安全在庫分(欠品を防ぐために確保しておくべき在庫量)を2日分とします。その場合、3日分の在庫があればモノの流れが良いですが、在庫量が5日分や10日分、逆に1日分しかなかったりしたら、モノの流れが滞っていると言えます。つまり、最適な在庫量を維持できているかを、作業する方々の評価指標に取り入れることで、物流倉庫内での作業も含めた、現場の全体の流れが良くなることが考えられます。
もっと突き詰めるならば、早くもなく、遅くもなく、最終消費者(サプライチェーンにおいて商品やサービスを最終的に使う人)に最適なタイミングで届いていて、喜ばれているかという指標も大事になると思います。

塚原:取材で拝見した倉庫では、稼働率がグラフで可視化されており、問題が発生すると責任者の方が即座に対応できるオペレーション体制になっていて、良い仕組みだと思いました。『ラストマイル』では、稼働率の数字が作業をしている方々にも見える位置に置かれているので、作業する方々のプレッシャーになりうると思うのですが、私たちが取材させていただいた施設では、作業をしている方々には見えないよう工夫されており、その配慮もすてきだと感じました。
新井:仮眠室やリラックスできる社食、託児所も完備されていましたね。すごく働く人のことを考えた職場環境だなと思いました。
塚原:『ラストマイル』内で描かれる企業の評価基準は、ロボットと同義のようになっています。ロボットのように働く職場が幸せな環境なのか、という問いは台本を読んですごく胸を突いた部分です。ロボットと人間の共生の考え方についても、「人間ができないことをロボットがやる」というシンプルな論理ではなく、『ラストマイル』で描かれたようなひずみが起きないようにロボットの存在意義と人間の存在意義の両方を照らし合わせながら考えないといけないと思います。
一力:そうですね。私たちは人がまったくいない現場を目指しているわけではありません。サプライチェーン全体の最適化を通じて、現場で働く方々がいったい何を、どのように届けるかというアイデアや付加価値を生み出す業務に集中できるようにし、子どもたちが憧れるように、業界や仕事の魅力を高めていきたいと考えています。主人公のエレナさんはもちろん、阿部サダヲさん演じる「羊急便」の八木さんも格好良かったですしね。
塚原:観客の方々にとっては、主人公のエレナさんがいわゆる「ヒーロー」に映るかもしれませんが、作品のラストは、八木さんやドライバーの佐野親子をはじめ、たくさんのキャラクターが少しずつ努力して現状を変えようとした結果によるものです。そう考えると、『ラストマイル』では主人公以外のあらゆるキャラクターも「ヒーロー」といえるのではないでしょうか。
感謝を伝えられる社会でなければ、真に持続可能とは言えない
一力:『ラストマイル』で物流に関心を持った方々は間違いなく増えたと思います。そういった観客の方々にメッセージがあれば、ぜひお願いします。
新井:私自身、取材を通じて初めて痛感させられたことばかりだったんですが、その時は、当たり前にあるコミュニケーション、「ありがとうございます」「お疲れ様です」という感謝や労いをちゃんと伝えられていたかということを自問しました。雨の日も雪の日も、頼んだ荷物が変わらず届くってすごいことじゃないですか。コロナ禍でも物流が止まらなかったのは、マスクをしながら危険を承知で配達してくれていた方々のおかげに他なりません。そういう思いを常に感じて、表現するだけでも変化の兆しになると思います。
塚原: 物流以外の業界や場所でも、『ラストマイル』で描かれたような、見えなくなっているひずみがきっとたくさんあると思うんです。そういうものにちょっとでも目を向けて、気にかけることが、これからの世界を生きていく上での私たちが担うべき役割の一つだと感じてもらえたら、ということを、『ラストマイル』に限らず作品をつくる上で考えています。まさしくサプライチェーンのように、誰かのポジティブな気持ちが、どんどんつながって、広がっていくことを信じて生きていたいと思います。
一力:本当にそうですね。私たちもモノづくりの会社ですから、「よかったよ」「ありがとう」と言われるのが一番うれしいです。子どもたちにも、そういう仕事をしたいと思ってほしいです。働いてくれる人に感謝を伝える、という「人間性」がシステムに備わっていることが重要ですね。『ラストマイル』という作品は、そんな社会をつくるための大きな契機のように感じました。本日は、本当にありがとうございました。
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『ラストマイル』Blu-ray&DVD 4月25日(金)発売!
発売元:TBSスパークル 販売元:TCエンタテインメント
(c) 2024 映画『ラストマイル』製作委員会

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