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コロナ禍のいま、多くの企業でサプライチェーン・マネジメント(SCM)の重要性がいっそう増している。とくに製造業においては、ウィズコロナ時代のSCMを担う人材の育成が喫緊の課題となっている。そこで、長年調達・購買領域に携わってきた日本サプライマネジメント協会(ISM Japan)™名誉理事長(前代表理事)の上原修氏に、日本企業のSCMにおける課題や海外のSCM人材教育の違い、これからのSCMに求められる人材像などについてお話を伺った。

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上原 修(うえはら おさむ)

1950年生まれ、大阪市出身。大学卒業、仏政府留学。帰国後、日本鉱業株式会社(現:ENEOS株式会社)に入社し、購買運輸部に配属。以降、コンゴ鉱工業開発会社資材マネジャー、東京本社購買部国際購買担当部長、米国ニューヨーク事務所長を歴任。米国系電子調達企業にて常務執行役員・購買本部長を経て、2000年に米サプライマネジメント協会(ISM)の日本支部代表に就任。著書に『購買・調達の実際』(日本経済新聞)、共著に『戦略的 SCM』(日科技連出版社)など。

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日本企業のサプライマネジメントのレベルを底上げしたい

――はじめに、上原さんが代表を務められている特定非営利活動法人日本サプライマネジメント協会(ISM Japan)について教えてください。

上原:ISM Japanは、米サプライマネジメント協会(ISM :Institute for Supply Management )(※1)の日本支部として、2000年に私が中心となって立ち上げたNPO法人です。設立以来、購買・調達・物流・生産管理・サプライチェーンなどに関わる日本のビジネスパーソンを対象として、実践教育やグローバル購買資格の取得サポート、コンサルテーションなどを実施してきました。

※1 米サプライマネジメント協会(ISM :Institute for Supply Management ):世界初の購買・調達・物流の学術機関。1915年に設立された米国で最も権威のある職業(プロフェッション)組織の1つ。現在、世界85か国に支部を持ち、5万人の会員を有するまで拡大している。

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米サプライマネジメント協会(ISM)の日本支部代表 上原 修氏
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米サプライマネジメント協会(ISM)の日本支部代表 上原 修氏
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上原:ISMの重要な役割のひとつとして、毎月の「米製造業景況感指数(PMI)」の公表があります。これは、300社以上の製造業に対して「新規受注、生産、雇用、入荷状況」などの10項目についてアンケート調査を実施し、回答結果を分析して指数化したものです。世界経済に与える影響が大きい米国製造業の景況感を知る指標として、とくに金融業界で注目されています。

――そもそも、なぜISM Japanのような組織が必要だと思われたのでしょう。立ち上げの経緯について教えてください。

上原:第一に日本におけるサプライマネジメント(購買調達)職の地位を向上させたいという思いがあったからです。そもそも日本では、調達部門を経理や総務と同様に「コストセンター」と見なすことが多いのです。一方、アメリカでは「プロフィットセンター」と位置付けています。つまり、利益を生み出す部門と認識されているのです。

ほかにも、私がフランスのビジネススクールでグローバル・サプライマネジメント専攻の教鞭をとっていた際、欧米のグローバル企業に長期インターンとして、学生のうちからサプライマネジメントを実地で学ぶ学生も多数いました。企業側としても、優秀な学生を早いうちから発見し、将来のSCMのマネジャー候補として採用しようとしているわけです。

こうした考え方や教育・採用の違いに触れて、ISMの人材教育の手法や研究成果を日本で広め、日本企業のサプライマネジメントのレベルを底上げしたいと思い、ISM Japanを設立しました。

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上原氏
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欧米、アジア諸国におけるSCM教育の違い

――海外と日本では、SCMに関わる人材の教育・育成方法は具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

上原:そもそも日本では、いまでもSCMを専門的に学べる学校が少ないのが問題です。そして、学べる学校があったとしても、大抵のコースでは「サプライチェーンとは何か」といった初歩から始めます。もっとSCMを体系的に、深く学べる教育システムが必要だと感じています。日本と比較するためにも、SCMの教育に力を入れている、欧州とアメリカ、アジア諸国の事情についてそれぞれご説明します。

① 欧州のSCMの教育事情

上原:欧州全体でいえば、各国にサプライチェーンに関する協会や学会が立ち上がっており、実務家同士の定期的な会合が増えてきています。日本では、海外生産拠点には生産活動に関する人材派遣を国内工場の熟練者数名に留めるという企業が多いのではないでしょうか。その点、購買・調達・物流職の社員を積極的に派遣する欧米企業とは大きく違う点だと感じます。社員教育を一種の投資とみなして、R&D相当の資金をつぎ込んでいるのです。

② アメリカのSCMの教育事情

上原:アメリカも欧州と同様に、学生のうちから実務レベルの専門教育を施すのが当たり前になっています。加えて、社会に出てからもISMのグローバル購買調達認定資格「CPSM(Certified Professional in Supply Management)」(※2)の取得に向けて勉強する人が少なくありません。

CPSMを取得することで、購買・調達・物流・生産管理分野の深い知識と能力、また高い倫理観を持って国際社会に対応できる人材であることをアピールできます。この教材で事例として取り上げられている企業は、流通ではウォルマート、製造ではGMやP&Gなどと米国の企業が中心なので、内容はかなり実務的であり、多くのサプライマネジメント職の賛同を得ています。

※2 CPSM (Certified Professional in Supply Management):世界75ヶ国で普及しているグローバル資格。基本的な購買・調達のプロセスのほか、サプライチェーンマネジメント、グローバルソーシング、戦略的調達経営、ロジスティックス、CSR(社会的責任)経営、企業倫理、SOX(企業改革)法、BCP(事業継続計画)、さらにはプロジェクトマネジメントの知識体系を含む。

③ アジア諸国のSCMの教育事情

上原:韓国では、CPSMの取得が管理職登用試験の条件に含まれるなど、資格熱が高まっています。半導体大手や自動車大手でも、業務成果に加えてCPSM資格取得がマネジャー職(管理職)に就くための条件になっていると聞きました。一方、台湾では、十数年前に米ISMから独立し、独自に「台湾購買協会」を立ち上げ、新たな資格制度を設けて会員数を増やしています。年次大会も活発で、独自の景況感指数を打ち出しはじめました。

そして中国では、北京の中国物流購買連合会(CFLP)ほか、上海と香港に独自のサプライマネジメント団体があります。製造業景況感指数を発表し、米ISMに負けじと自国の市況予測に熱心です。教育面でも独自の資格制度を生み出し、受験者を増やしています。なお、米国内に多数の中国人学生と会社員が在住していることから、ISMも中国系の受験者を考慮して中国語に翻訳したCPSM資格試験を用意しています。

アジア全体を見たとき、最大のサプライマネジメント関連の団体は、「インド・サプライマネジメント協会:ISM-India」で、近年、人口増とともに著しく会員数を増やしています。このほか、タイ、フィリピン、シンガポールのISM支部の規模も大きく、インドネシア支部もここ数年、規模を急拡大しました。

――欧米、アジア諸国と比較すると日本はまだSCMの教育システムが整っていないということですね。一方、新型コロナウイルスの感染拡大によって、日本国内でも多くの企業がBCP(事業継続計画)の重要性を再認識しました。あらためて、BCPを考えるうえでのポイントを教えてください。

上原:ISMでは、BCPの下支えとして、「サプライ継続計画」(SCP:Supply Continuity Planning)の策定を推奨しています。SCPとは、今回のコロナ禍のように正常なサプライチェーン経路が寸断された際でも、供給資材が継続的に受け入れられるように、あるいは、そのような寸断を予防するための計画です。

BCPとSCPの関係は下図のようになります。

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BCP(事業継続計画)とSCP(サプライ継続計画)の関係図
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BCP(事業継続計画)とSCP(サプライ継続計画)の関係
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サプライチェーンを取り巻く5つの経営課題

――BCPやSCPのお話はまさにサプライチェーンの課題が経営課題に直結しているということですよね。

上原:今後のサプライチェーンの経営課題は、大きくわけて5つあると思っています。

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事業継続……企業経営においての最重要事項。BCPの策定のみならず、緊急時に機能させるために平時からの訓練が必要。

持続可能な開発目標(SDGs)……収益性や効率性に加え、環境や人権への配慮など、「SDGs」の文脈に沿ったサプライチェーンが求められる。

国内回帰……中国依存からの脱却。国内回帰(リショアリング)及びニアショアリングの検討。

内外作区分……外部調達から内部製作への切り替えの検討。

戦略物流……世界的な人手不足、電子商取引隆盛における多頻度小口輸送化、働き方改革など、物流業界が抱える諸問題への対応。

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上原:さらに、コロナ禍の前から日本企業が抱える経営課題として、CPO(最高購買責任者:Chief Procurement Officer)の不在があります。CPOの役割は、QCD(品質・コスト・納期)はもちろん、世界情勢や地政学的リスク、ブランドイメージなど様々なファクターを加味したうえで、最適な調達を実現することです。海外グローバル企業の多くはSCMの専門家であるCPOを社長直属で置いています。

――経営層にSCMの専門家を置くというのはトップダウンのアプローチですよね。逆に、ボトムアップで考えるべきテーマとして、これからのSCMに必要な人材像について教えてください。

上原:まず、国内SCMに求められるのは、SCMの端から端まで(エンドツーエンド)各ビジネスユニットを知りつくし、全体最適に誘導することができる人材です。「端から端まで」というのは、排ガス・CO2削減など、廃棄物による静脈物流(リバース・サプライチェーン)面の問題も含みます。そのうえで、SCP(調達継続計画)を基礎にBCPを創造できる人物が理想です。さらに「環境問題」「人権」「多様性」など、SDGsも加味したうえで最適なサプライチェーンを設計できる力が求められます。

現在は、世界中がサプライベース(供給基盤)となっているため、サプライチェーン職には広大な守備範囲が求められます。日本のSCM職の方々には、もっと世界のサプライマーケット(供給市場)を知る経験が必要です。日本では、サプライチェーンを「物流」と捉えている方も多いのではないでしょうか。それだけではなく、サプライチェーンの始点となる「調達」をいかにうまくやれるかどうかも非常に重要です。

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上原氏
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――最後に、SCMにかかわるビジネスパーソンに向けてメッセージがあればお願いします。

上原:サプライチェーンそのものがグローバル経済全体を左右する要因になってきたいま、SCM職の役割は今後さらに大切になってくると考えます。とくに製造業の経営者の方々は、調達・購買を起点とするSCMの重要性にもう一度目を向けて、人材育成に力を入れていただきたいと思います。私自身もこの業界が長く、基本的には泥臭い仕事が多いことも把握しておりますが、もっと世界を飛び回る人が増えてほしいと感じます。

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コロナ禍のいま、多くの企業でサプライチェーン・マネジメント(SCM)の重要性がいっそう増している。とくに製造業においては、ウィズコロナ時代のSCMを担う人材の育成が喫緊の課題となっている。そこで、長年調達・購買領域に携わってきた日本サプライマネジメント協会(ISM Japan)™名誉理事長(前代表理事)の上原修氏に、日本企業のSCMにおける課題や海外のSCM人材教育の違い、これからのSCMに求められる人材像などについてお話を伺った。
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これからのサプライチェーンに必要な人材をどう育てるか ――米サプライマネジメント協会日本支部代表に学ぶSCMの海外事情
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これからのサプライチェーンに必要な人材をどう育てるか ――米サプライマネジメント協会日本支部代表に学ぶSCMの海外事情
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取材・文:相澤良晃 、写真:沼田学