企業で働く読者のなかには、所属する組織のカルチャーに関して「かつてより、結束が弱まった」「経営と現場が同じ方向を向いていない」といった課題を抱えている方も多いのではないか。実はこうした企業カルチャーは、職場の雰囲気を左右するだけでなく組織の競争力にも大きな影響を与えるという。実際、グローバルに支持を集めるエクセレントカンパニーの多くは、良いカルチャーの醸成を経営の課題と捉えている。
『「カルチャー」を経営のど真ん中に据える』の著者であり、30年以上にわたって経営戦略コンサルタントとして活躍してきた遠藤功氏に、日本企業の再生のカギとなる「健全で良質な企業カルチャーのつくり方」についてお話を伺った。聞き手はパナソニック コネクトのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)であり、カルチャー&マインド推進担当を兼務する山口有希子が務めた。ふたりの体験談も交え、良い企業カルチャーを育んでいくために一人ひとりがどのような意識を持ち、行動につなげていくべきなのか探る。
遠藤功
株式会社シナ・コーポレーション 代表取締役
1956年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。米国ボストンカレッジ経営学修士(MBA)。三菱電機株式会社、複数の外資系戦略コンサルティング会社などを経て、現職。2020年6月末にローランド・ベルガー日本法人会長を退任し、同年7月より「無所属」の独立コンサルタントとして活動。多くの企業の社外取締役、経営顧問を務め、次世代リーダー育成の企業研修にも携わっている。現在は、経営コンサルティング活動に加え、講演、研修、執筆など多方面で活躍中。『現場力を鍛える』、『見える化』、『ねばちっこい経営』、『生きている会社、死んでいる会社』等著書多数。
山口有希子
パナソニック コネクト株式会社 執行役員 常務 CMO
パナソニックのB2Bソリューションビジネスを担うパナソニック コネクトのマーケティングおよびデザイン部門の責任者として、国内外のマーケティング機能を強化。カルチャー&マインド推進室 室長を兼務し、ビジネス改革・カルチャー改革にも取り組んでいる。日本IBM、シスコシステムズ、ヤフージャパンなど、複数の国内企業、外資系企業にてマーケティング部門管理職を歴任。
かつて勤めた日本企業で直面した「カルチャーの壁」
山口:遠藤さんは、三菱電機を退職されて経営戦略コンサルタントの道に入られました。何かきっかけがあったのですか?
遠藤:三菱電機で10年ほど働いてわかったのは、自分の性格が大組織には向いていないということです(笑)。それで、一人で飯を食っていくためにコンサルタントになろうと決意して、ボストン・コンサルティング・グループに移りました。その後、外資系コンサルティング企業を数社わたり歩いて、2000年にはドイツに本社を置く欧州最大の経営戦略コンサルティング会社「ローランド・ベルガー」の日本法人社長に就任しました。
遠藤:社長、会長を20年務め、節目の2020年に少しのんびりしようと退任したのですが、辞めた途端、ありがたいことに方々からお声がけいただいて、今は10社ほどの社外取締役や経営顧問を務めています。大組織のなかでは力を発揮できないけれど、外から応援するのは得意に違いない。そう自分に言い聞かせて、気づけばもう30年です。 山口さんはどういう経緯でパナソニックに?
山口:私は大学卒業後、不動産関係の会社に入りました。そこを選んだのは、評価が男女平等だったからですね。純粋に成績次第。だからやりがいも大きくて、がむしゃらに働いて営業成績も良かったのですが、体を壊しそうになって……。それで転職したのですが、そこでぶつかったのがやはり「カルチャーの壁」ですね。
遠藤:それまでと違った?
山口:違いましたね。その会社で最初の女性総合職ということで、いわゆる“ガラスの天井”もあって、「女性だと海外駐在が認められない」とか「その若さで前例がない」とか、そういう話が多くて。それで日本企業を諦め外資系企業に移り、以来、マーケティング領域でキャリアを積んできました。
そして5年前、当社CEOの樋口(泰行)から「日本の大企業の変革をしたい。一緒にやってくれないか」という誘いを受けまして。日本企業の元気を取り戻すことを、いつかやらなければならないと思っていたので承諾しました。理不尽なことや非合理的なことを嫌というほど経験したからこそ、キャリアの後半にさしかかった50代の今、「もう一度、日本のために」という思いがすごくあります。
遠藤:それで樋口さんと一緒にパナソニック コネクトのカルチャー改革に挑戦しているわけですね?
山口:はい。真にグローバルで通用する企業になるために、日本の良さとグローバル企業の良さをハイブリッドにして、唯一無二のカルチャーをつくりたいと思っています。それには、やはり日本人の真面目さ責任感の強さがカギになると思っています。
遠藤:長年、日本企業のグローバルでの競争力を高めることを考えてきて、私が至ったのも同じ結論です。
正直に言って、今の日本企業には、世界と対等に戦えるものがほとんどありません。ただ唯一、残されているのは「現場力」です。現場の人たちの「生真面目さ」「責任感」「主体性」「機敏な対応力」は、絶対世界に負けない。これを武器に戦っていくべきだということを一貫して主張してきました。
山口:わかります。現場力を発揮するために、カルチャーは重要ですよね。
目標に向かってチームで努力し、達成したらみんなで喜びたい
山口:遠藤さんは、「組織風土」と「組織文化」という言葉を明確に使い分けられていますよね。
遠藤:「組織風土」は、換言すれば「気持ちよく働ける雰囲気」のことで、どの会社にも共通する土台です。「自由に発言できる」とか、「ちゃんと挨拶が交わされる」とか、ごく当たり前のことですが、こうした土台がないと、やはり社員同士で円滑なコミュニケーションが取れません。チームでいい仕事もできなくなってしまいますよね。組織風土が傷んでいたら、すぐに正さないといけない。
一方、「組織文化」は、競争力を高めるための、いわば「会社の特色」です。成功している企業は、おしなべて組織文化がきちんと根付いている。そして、その中身は各社まちまちですが、「主体性」と「挑戦」は共通していると思います。要は、社員が主体的に動いて、自主的に挑戦していく文化を醸成できている会社はとても強い。サントリーの「やってみなはれ」精神がいい例ですね。
そして「組織風土」と「組織文化」を総称して、私は「カルチャー」と言っています。良い文化は、良い風土の上にしか生まれず、これら2つを揃えて言語化できる「カルチャー」を持っている会社は競争力がある。競争力を高めるためにカルチャーを経営のど真ん中に据えるべきだというのが私の信念です。
山口:歴史があって、企業規模が大きくなると、カチカチの凝り固まった風土になってしまいますよね。力いっぱい耕さないといけない。
遠藤:その通りです。ここ数年を見ると、その「現場力」もどんどん劣化して、産地偽装や品質不正などの不祥事があちこちで起きてしまっている。それは組織そのものに重苦しい雰囲気が立ちこめていることが大きな原因だと思うんですね。会社の「風土」や「文化」が悪くなることで現場力が劣化し、競争力が失われる。すると、さらに会社の雰囲気が悪くなって……という悪循環に陥っていると感じますね。
ですから、日本企業がもう一度、世界と渡り合っていくためには、組織のカルチャーを刷新する必要がある。ダメなものは廃止して良いものを新たに取り入れながら、グローバルに通用するカルチャーをつくっていかないといけない。社員が主体的に動いて、いろんなことに挑戦しやすいカルチャーを生み出せば、日本企業の現場力が必ず生きてくる。ただ、そのことに気づいている経営者が日本に少ないのが残念ですね。
山口:それはなぜでしょうか?
遠藤:多くの経営者がスティーブ・ジョブズのようなストロングタイプのリーダーを目指してしまったからだと思います。トップダウン式で強いリーダーシップを発揮すれば、会社は成長するとみんな考えた。でも、その方式では現場を萎縮させるだけですよね。実際10年経ったら、組織風土はもう徹底的に傷んでいるわけですよ。
山口:今の話を聞いて、以前ボードメンバーミーティングで、樋口から「バットニュース・ファーストの文化もきちんとつくろう」と言われたのを思い出しました。「悪いニュースを持って来てくれた部下に、まずありがとうと言ってください。伝えにくいことを伝えてくれたことに、まず感謝してください」と。
遠藤:悪いことを言えるような雰囲気、空気感をつくるのが経営者の仕事ですよね。日本企業はなまじ現場力があるから、何か問題が起きたときに自分たちでなんとか解決しようとしてしまう。それでどうにもならないと、遂には不正に手を染めてしまう。健全な会社経営のためには、まず現場の人が上にきちんとバッドニュースを報告できるカルチャーをつくることが大切だと思いますね。
先日ある企業で、出社しても誰とも会話しないで、パソコンの前から動かず、ランチも1人で食べて挨拶もしないでそのまま帰る社員がいる、という話を聞きました。面倒くさい人間関係やコミュニケーションを避けたいのはわかりますが、それで楽しいのでしょうか。
山口:ここ数年、パーパス経営が注目されているのも納得できます。「目標に向かってチームで努力して、達成したらみんなで喜ぶ」というのが、私たちの世代からしたら心地よいんですけど、そう思わない若い人も増えている。パーパスがあることで、共通の目標に向かって一体感をもって仕事をするというカルチャーが醸成されやすくなりますよね。
遠藤:昔の名経営者、例えば本田宗一郎さんや松下幸之助さんも、カルチャーという言葉は使わなかったけど、みんなが一致団結して働ける環境づくりとか、雰囲気づくりにすごく配慮していたと思うんですよね。本田宗一郎さんは、いつもツナギを着て現場にいて、社員から「オヤジ」と呼ばれていたんですから。みんなをやる気にさせて、楽しそうに働ける環境を整えるのは、やはり経営者の重要な役目です。
称賛文化のきっかけは“1ミリの変化”でいい
山口:どうしたら、現場で働く人がやる気を出しやすい雰囲気がつくれるとお考えですか?
遠藤:「称賛文化」を根付かせることです。やはり、人間には承認欲求がありますから、それを褒めて満たしてあげることが大切だと思います。
トヨタは「改善文化」で成功しましたが、実は改善の大きな目的は、効率化やコスト削減ではなく、「人づくり」なんですね。どんな些細なことでも、問題を発見して改善にチャレンジした人をちゃんと褒めるんですよ。褒められれば、人はやる気になるし、成長する。「改善文化」と「称賛文化」が連動したことで現場力がどんどんあがって、世界一になれた。私はそう思っています。
山口:一人ひとりの承認欲求が満たされると、企業全体の競争力にも影響がでる。
遠藤:本当にその通りです。たまに「何を褒めればいいのかわからない」という方もいますが、極端に言えば褒めるポイントは何でもいいんですよ。とにかく、いいところを見つけてあげる。例えば、レポートを受け取ったときに、中身に問題があったとしても、まずちゃんと納期を守って作成したことを褒めてあげる。そのあとに、悪いところを指摘してあげればいい。
山口:一度、受け止めてあげるわけですね。私も社員から何か相談を求められ「ちょっといいですか?」と聞かれたとき、一言目には「もちろん!」と返すようにしています。内容に問題がある場合は、「ただし、ここだけは修正して進めてね」と伝える。それだけでも、モチベーションってずいぶん変わると思うんですね。
遠藤:「そこを修正しないとダメだ!」と頭から言われるより、断然いいですよね。承認されて褒められたことが成功体験となって、「また次も山口さんに相談しよう」という気になる。
ただ、一つ伝えておきたいのは、承認されたり、褒められたりするためには、自らアクションを起こさないといけないということです。それは、“1ミリの変化”でいい。それまで挨拶をしてなかった人に「おはよう」と言ってみる。オフィスの棚を掃除してみる。強制ではなく、自主的に1ミリの変化を積み重ねれば、いずれ大きな変化につながります。何より、「変わること」への抵抗がなくなると思います。
山口:「変化」=「刺激」ですよね。日常のなかで、小さくても刺激がたくさんあったほうが仕事は楽しいし、どんな些細なことでも勇気を出して提案してくれたら「すごいね」って褒めたい。誰かが「変えた」「変わった」ことを皆で認めて称賛する文化が生まれれば、きっと会社全体がすごいスピードで変化していきますよね。企業のカルチャーをつくるための戦略として、「称賛文化」はすごく大切だと思いました。
遠藤:最近、「リスキリング」という言葉をよく聞きますが、その前に大事なのは社員のやる気を出す「リブート」ですね。スイッチが入れば、人は自分でどんどん変われるわけですから。
山口さんは、一緒に働く方々のスイッチを入れるために、何か伝えたいメッセージはありますか?
山口:パナソニック コネクトの仲間たちに改めて言いたいのは、勇気を持って、一歩を踏み出してほしいということです。私はボードメンバーの一員として、さまざまなカルチャー改革に取り組んでいますが、一番の主役はやはり現場の方々なんですね。だから、「これは健全なカルチャーではない」と違和感を覚えたり、「ここを変えたらもっと働きやすくなるのに」と思うことがあったりすれば、現場からどんどん声を上げてほしい。
声をあげてアクションに移すことは、とてもエネルギーを使うし、直属の上司に言いにくいこともあるかもしれません。その場合は、同僚でもいいし、上司をすっ飛ばして、その上のポジションの人にでもいいので、「現状を変えたい」ということを伝えてもらいたいです。「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」。まずはパナソニック コネクトのより良いカルチャーづくりのために、現場の皆さんの力を貸してほしいですね。
遠藤:本気で変わろうとしていますね。まずは、カルチャーを経営のど真ん中に据えているパナソニック コネクトがこれからも進化をつづけて、どんな会社になっていくのか、楽しみにしています。そして、みなさんを起点に健全なカルチャーが広まり、日本の企業が元気を取り戻すことで、いずれは社会全体が変わっていくことを期待したいと思います。