パナソニック コネクトでは、経営戦略の柱の1つとして「DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)」の浸透に取り組んでいます。その施策のひとつがパナソニック スポーツとの連携によるアスリートのセカンドキャリア形成です。
本記事では、パナソニック女子陸上競技部『パナソニックエンジェルス』のGM丸山治さん、元陸上選手で現在はパナソニック コネクトで働く森田詩織さん、そしてパナソニック コネクトのDEI推進室の油田さなえさんの3名が、一見遠く思えて実は関わりの深い「企業スポーツとDEI」をテーマに語り合いました。
1.DEIと元アスリートのセカンドキャリア支援
パナソニック コネクトはDEI推進の一環として、パナソニック スポーツと連携し所属するアスリートのセカンドキャリアを支援。多様な視点を取り入れ、企業のイノベーションを促進している。
2.コミュニケーション能力の重要性と実践
パナソニックエンジェルスでは、SNSとホームページを通じた情報発信活動の企画、編集、投稿を選手に任せることで、コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力を高め、競技力とビジネススキルの向上を図っている。
3.企業とアスリートの理想的な関係性
パナソニックエンジェルスは、スポーツチームを通じて社員の一体感を高め、社員雇用を通じて選手と企業の深い繋がりを構築。セカンドキャリア支援をDEIの取り組みとして他の企業とも連携を深めることを目指す。
森田 詩織
パナソニック コネクト株式会社
現場ソリューションカンパニー 構築ソリューション部
神奈川県荏田高校陸上部で活躍後、2014年よりパナソニック女子陸上競技部「パナソニックエンジェルス」に所属。専門は長距離で、2017-2018年にはチーム初の全日本実業団女子駅伝連覇を経験。2020年からは主将を務め、2023年3月に現役引退。同4月より現職。自治体向け防災無線などの製品生産の発注業務などに携わる。
丸山 治
パナソニック スポーツ株式会社
パナソニック女子陸上競技部 ゼネラルマネージャー
1991年に松下通信工業株式会社に入社し、事業所用無線通信システムの開発設計・プロジェクトマネジメントを担当。その後、パナソニックグループ労働組合連合会本部にて経営労働政策局局長として、グループ全社の処遇制度・退職金年金制度改革、グループ経営政策などを担当。国会議員の公設秘書を担当後、通信システム・ドキュメント機器を開発・製造するコネクティッドソリューションズ社(現:パナソニック コネクト株式会社)ビジネスコミュニケーションビジネスユニットの事業企画部で主に新規事業開発を担当。2022年から現職。
油田 さなえ
パナソニック コネクト株式会社
人事総務本部 DEI推進室 シニアマネージャー
1999年に松下電器産業に入社。入社後は、システムエンジニア(SE)として、お客様の課題解決のためのソリューション開発を担当(現:現場ソリューションカンパニー)。その後、2017年にパナソニック システムソリューションズジャパン株式会社人事部門に異動。ダイバーシティ・人材育成・組合連携等の仕事を担当。2021年10月より、パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社(現:パナソニック コネクト株式会社)人事センター ダイバーシティ&インクルージョン推進室(現:人事総務本部 DEI推進室)室長。
実業団選手のセカンドキャリアとDEIの関係とは
――パナソニック コネクトでは、パナソニック スポーツの実業団に所属する選手たちのセカンドキャリアを支援されていますが、DEI推進とどのような関連性があるのでしょうか?
油田:そもそもパナソニック コネクトがなぜ、DEIを推進しているかというと、ひとつはダイバーシティがある組織のほうがイノベーションを生みやすく、意思決定の質や企業競争力が高まりやすいという理由です。ただ、これは他の多くの企業でもよく発信されていることでもあります。
私たちがそれ以上に重視をしているのが、人権を尊重するということ。まだまだ当社は女性比率が低いので、ジェンダーという観点もありますし、LGBTQ+、育児、介護、そして元アスリートなど、多様な人がしっかりと働ける環境を整備することに尽力しています。
実際、私が所属する人事総務本部にもエンジェルス出身の方や、野球部出身の方がいらっしゃいますが、普段は特にスポーツ選手ということを意識することはなく、同僚の〇〇さんとして接しています。時には元アスリートならではの観点、私たちが持っていない視点でのお話をしてくださることがあり、はっと気づく場面も多いです。お互いを認め合いながら、いい会社を作っていくというのは、DEI推進室として目指しているところでもあります。
丸山:アスリートたちが出場を目指すオリンピックの憲章には、こんな一文があるんです。
「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種、 肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会的な出身、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」
この考え方は、まさに人権を尊重するパナソニック コネクト株式会社のDEIの考え方と同じではないかと思います。スポーツは分かりやすく、見れば理解することができるので、多くの言葉も必要なく、国境など様々な違いを越えやすいと考えています。
――たしかに、共通点を感じますね。パナソニックエンジェルスとは、具体的にはどのような座組みで連携されているのでしょうか。
丸山:以前、パナソニックエンジェルスは、パナソニック コネクティッドソリューションズ社(現・パナソニック コネクト)のチームでしたが、2022年のグループ再編のタイミングで、パナソニック ホールディングスのチームとなり、そのときに新たに事業会社として設立されたパナソニック スポーツが、日本代表選手を多数輩出しているラグビーの埼玉パナソニックワイルドナイツやバレーの大阪ブルテオン、サッカーのガンバ大阪、野球のパナソニック野球部とともに、パナソニックエンジェルスを運営しています。
エンジェルスの新規採用選手の発掘はチームが行いますが、選手たちはパナソニック コネクトまたはパナソニック オートモティブシステムズの所属となり、パナソニック スポーツに出向しているという形です。そのため、競技引退後は各社で勤務しますが、現役中の競技・業務はパナソニック スポーツで行うことになっています。
また、競技に専念する実業団チームもあると思いますが、私たちは引退後にシームレスにセカンドキャリアに移行することができるよう、競技と業務の両方を行うことにこだわっているんです。
――元選手であり、現在はパナソニック コネクトに勤務している森田さんはどのように感じていますか。
森田:私としては、若い選手たちにもっと「セカンドキャリア」という言葉が浸透して欲しいと考えています。
私は高校卒業後にパナソニックに入社しました。実業団クラスの選手になると、それまでの人生において陸上中心の生活を送ってきており、ビジネスの経験は少ない傾向にあります。それにもかかわらず引退と同時にセカンドキャリアにどう向き合うか、という問題に直面するわけです。
特に女子中長距離陸上選手は競技人生が短く、20代で引退する選手も多いので、自分に何ができるのかわからず、自分の可能性を理解しないまま陸上以外の一般社会に出なければなりません。今思えば現役中に引退後の人生を考えることは「競技に集中できていない」ということなのでは、という思い込みもありました。
もっと若い世代の人たちも自分ごととしてセカンドキャリアという考え方を知り、様々な選択肢があることに気づいてもらいたいと感じています。
油田:そうだったのですね。自分の人生のことなのに、「思い込みからセカンドキャリアについて考えることを控えてしまう」という気持ちの問題もあると気付かされました。森田さんがロールモデルになることで「引退後の人生のことを考えてもいいんだよ」というメッセージを発信していきたいですね。
競技でも仕事でも重要なのは自律的に挑戦できるコミュニケーション能力
――実際にセカンドキャリア支援のために、どのような取り組みをされているのでしょう。
油田:パナソニック コネクトでは「自律的に学習・成長・挑戦する会社」を目指しているのですが、丸山さんがエンジェルスで実施されていることも非常に近いですよね。
丸山:そうですね。私は、どのような職場でも活躍するためには、自分が考えていることを相手にしっかり伝えることができるコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力が大切だと考えています。
これはビジネスだけでなくスポーツにも通じる話で、我々はスポーツ企業でスポーツを生業にしているチームですので、まずは強いチームをつくって、勝つことが命題です。そのうえで、その勝利やスポーツの価値をどのように高めて、表現するかということも重要だと思うんです。
では、この価値をどのように表現していくのか。ここでコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力が問われるわけです。
その能力やノウハウを研修という形で選手たちがスキルアップすることはできるのですが、人間は忘れる生き物なので、それだけでは一過性でどうしても身につかないんです。せっかく習得したスキルを日常的に使い続けないと体得できないので、エンジェルスでは、思い切ってフロントスタッフの業務であったSNSやホームページ運営などの広報活動を選手に任せることにしました。
記事の内容やペルソナ、投稿する時間帯なども精査し、企画から編集まですべて選手たちが企画資料を作り、提案をし、推敲過程も経て、公式アカウントでの投稿に至ります。陸上競技について選手自らの言葉で表現すること自体、非常に価値が高いこととも考えています。
また、エンジェルスは「横浜から、世界へ。」のスローガンのようにオリンピアンなどグローバルで活躍する選手輩出も目標としています。海外にも活躍の幅を広げるという意味で、多くの選手に英会話のレッスンを受けてもらい、語学スキルの向上も行っています。
――自分たちで活動内容を発信し、その価値を表現する。まさにビジネスにも通ずる自律的な姿勢が求められる環境ですね。
丸山:元々はセカンドキャリアのための施策だったのですが、副次的な効果も出てきました。選手たちは競技という単一キャリアで実業団に入ってきているケースが多いので、陸上以外の知識が横に広がりづらい。そのため壁にぶつかったときに、閉鎖的な考え方になってしまうケースもあるんです。
ところがコミュニケーション能力が向上すると、自分で考えて、話す・書く・聴くことを通じて、競技をしているだけではわからない多くの気づきを得て、考え方に柔軟性も出てくる。そこからさらに考えを深めていく。
自ら考える力が養われれば、競技力向上にも繋がるケースもあり、また広報活動を通じて選手間での競技以外での会話も増える。そのなかでお互いの特長も見え、結果的にチーム力の向上にも繋がったと言ってくれる選手も出てきました。その言葉を聞いたときに、選手たちが自ら前向きに自分たちの価値を高めることに取り組んでくれている結果だと思い、本当に嬉しくなりました。
森田:わかります。選手は目標とするレースなどに向けていつまでに何を達成しなければならないかを常に意識して、計画的にトレーニングしています。でも、競技力を強化する過程で身体への負担による怪我やモチベーションの問題など、計画通りにトレーニングが進まず、走ることが困難な状況に繋がる場面があります。
その時に、無理にトレーニングを続けずに、目標に対しての道筋やチームへの影響を考え、監督やコーチに、ただ「足が痛いので、休ませてください」と起こってしまった状態のみを伝えるのではなく、目標やレースや、重要な練習に対して良い状態で迎える為に、プランを自発的に考える。そしてコミュニケーションすることで自分の意図がちゃんと伝わると、選手としても競技人生を長く続けることに繋がると考えています。コミュニケーション能力は、ビジネスや競技に限らず重要なことだと私自身も感じています。
企業スポーツとDEI推進のこれから
――企業とアスリートはどのような関係性が理想だと思われますか?
油田:パナソニックエンジェルスは、チーム名に会社名が入っていますね。他の企業の方とDEIに関する情報交換をする機会が多いのですが、よく言われるのが「会社名を冠したスポーツチームがあるというのはいいよね」ということ。身近にスポーツの楽しみがあることで、社員に一体感が高まるだけでなく、企業と地域や社会とのつながりが生まれる。すごく素敵なことだと思っています。
森田:選手時代に他のチームの方とお話をする機会も多かったのですが、「競技を終えたら、契約によって会社を辞めないといけない」とか「競技に専念をしているから、会社との繋がりも少なく、職場の皆さんとの繋がりが薄い」という方もいたんです。企業と実業団選手は、より深い関係性になってもらいたいと思っています。
パナソニックの場合は社員としても、職場に所属して関わりが深いことから、レースの時には同じ職場の方が一緒に悔しがったり、喜んだりしてくださいます。それを強く感じることが出来たのが、クイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝競走大会)です。全国の社員の皆さんが集まって沿道から応援してくださいます。自チームだけではなく、職場のみんなのためにも頑張ろうと思えたことが、競技を続けるひとつの活力にもなりましたし、恵まれた環境だと思っています。
丸山:つながりという意味では、選手自身が会社の状況を知っておくことも大事です。そのため、2年前からエンジェルスでは月1回、会社の決算内容やグループ方針、パナソニック スポーツの他クラブのトピックを共有したり、選手たちの広報活動の企画内容を議論したりする全員参加の全体会議を行うようにしています。スポーツ企業なので競技外のことに時間を割くことについて悩みましたが、会社の一員であるという意識を培うことや、選手の広報活動を日々ブラッシュアップすることは、セカンドキャリアは勿論、パナソニック スポーツに属する選手として必須だと考え、実施しています。
また、これまでパナソニック コネクトに在籍しているエンジェルスOGの安留ゆかりさんに、DEI研修を担当してもらったほか、ここにいるOGの森田詩織さんに工場見学を実施してもらいました。このような機会を通じて選手たちが会社をより知ることはもちろん、引退後に活躍している先輩方の姿を見ることで、選手たちが自らセカンドキャリアを考え、新家CHROが進めているキャリアオーナーシップの実践にもつながっていると思います。
油田:スポーツチームを持つ企業はたくさんありますが、セカンドキャリア支援をDEIの取り組みとして捉えるという観点は、今まで持つことができていませんでした。今後は、DEIに本気で取り組んでいる私たちが牽引役となって、パナソニック スポーツを中心に、他の企業とも連携していくなど、さまざまな新しい挑戦をしていきたいと考えています。